BL好きな同僚との恋愛|2ちゃん馴れ初め風エピソードまとめ【腐女子との出会い】

BL好きな同僚との恋愛|2ちゃん馴れ初め風エピソードまとめ【腐女子との出会い】

この馴れ初め話は著作権フリーで改変も自由・YouTubeの素材やSNSでご使用いただいても問題はありません。ただ以下のリンクを張っていただけたら幸いです。
はっくなび

となりの席、なんか気まずい

なんで俺、こんなに緊張してんだろ

(営業アシスタントとして働いて三年。俺の仕事はルーチンのデータチェックと営業資料の修正、基本的には誰とも会話しない地味な作業だ。上司は空気を読まない寺田主任。最近、新人が配属された)

「ここ、空いてるよな?新人、おまえの隣にするから」

(寺田主任はいつも通りのテンションで、俺に断りもなくそう言った)

新人は、いかにも“陰キャ”って感じの女の子だった。髪は長め、前髪で目元が隠れてる。声は小さく、初日の自己紹介でもほとんど聞き取れなかった。

「…えっと、よろしくお願いします…」

(小さく頭を下げたその姿に、なんだか自分を見てる気がした)

俺も、新人の頃はこんなだった。誰とも会話せず、ただ必死に画面と向き合っていた。

だから、気まずくないように話しかけるべきだったかもしれない。

けど…。

(いや、たぶん、話しかけられたら迷惑だろ)

俺はいつも通り、黙って作業に戻った。
新人も、黙ったままだった。

同じ空気、同じ静けさ

それから数日。
隣の席なのに、俺と彼女は一言も会話しなかった。

昼休みも別々。
俺はコンビニで買ったパンを席で食べて、スマホでRSSを眺める。
彼女はスマホを片手にイヤホンをつけて、小さく何かにうなずいていた。

(話しかけられたら困る…って空気、出してるな)

そう思って、俺も黙っていた。

でも、ある日。

爆笑する新人(隣で)

その日も昼休みだった。
彼女はスマホを眺めていた。
イヤホンをしていなかった。

なのに――

「……ッ、くっ、……ふふっ……ははっ、ダメだコレ……!」

いきなり笑い声が漏れた。

俺は一瞬、びくっとなった。

(え、何?今、笑った?)

静かなフロアに、彼女の笑い声が響いた。
顔を覆うようにして、必死で笑いをこらえていたが、肩が震えていた。

(いやいや、なに笑ってんの……怖い……)

思わず、視線を向けてしまった。

そして、そのスマホ画面を――
ほんの一瞬だけ――
見てしまった。

一瞬だけ、見えた世界

画面には、よく見るタイプの掲示板が開かれていた。

そして、そのスレッドのタイトルには、見慣れた“腐女子用語”が並んでいた。

(……推し?……なにこれ……腐……スレ……?)

思わず固まった。

彼女はそのとき、俺の視線に気づいてなかった。

でも、そのあとすぐ、スマホを伏せて、顔を上げた。

「あの……」

「……はい?」

「……見てましたよね」

「……いや、別に……」

(なんで言っちゃったんだ俺!)

沈黙。
めちゃくちゃ気まずい。
彼女の顔が、真っ赤だった。

「……そうですか。……なら、いいです……」

それきり、彼女は昼休みに笑わなくなった。

昼休み、ちょっとだけ静かじゃなくなる

(あの日以来、彼女は静かになった)

俺の隣の席で、以前のようにスマホを見て笑うことはなくなった。
イヤホンもつけっぱなしで、たまに指が震えている。

(やばい。俺、地雷踏んだか?)

俺としては、別に何か言いたかったわけでも、馬鹿にしたわけでもない。
ただ、ほんの一瞬見えただけ。

それだけのことだったんだけど――

昼休み、ある日。
彼女が、急に話しかけてきた。

「……その、昨日の話……」

「はい?」

「やっぱり……見てましたよね、あの、スマホの画面……」

「いや、だから別に……見ようとしたわけじゃ……」

彼女は、ちょっとだけ口元をゆがめた。
そして、俺の顔をじっと見たあとで、小さく笑った。

「……あのキャラ、知ってます?」

「え?」

「昨日の……“リーマン×後輩・年の差再会編”の、眼鏡のほう……」

(は……?)

意味が、わからなかった。

仕事では話さないのに、「推し」の話になると止まらない

彼女は、自分のスマホをゆっくり開いた。

そして、「この人です」と言ってイラストを見せてきた。

それは、スーツを着た細身の男性が、部下らしき男に押し倒されている絵だった。

(うわ、ガチ腐女子だ……)

「この人、普段は無表情で、部下の前では冷たいんですけど、実はめっちゃ不器用で……
しかも、10年前に一度だけ恋してた人が、再会したこの後輩だったって展開で……」

(え、何?急に話すじゃん……てか、仕事中は一言も話さないくせに……)

彼女の目はキラキラしていた。
あの、陰気そうに黙ってた新人とは、まるで別人だった。

「それで、昔の思い出の場所に二人で行って、眼鏡の人が泣くんですけど、そのセリフが……」

「………………」

(やばい。止まらない)

「“君だけが、俺を変えてしまった”って……泣けますよね……!!」

「……え、うん」

「わかります?こういうの、嫌いじゃないですか?」

「……いや、まあ……(なんて言えば正解なんだこれ)」

「よかったぁ……!!」
(心の底から安堵した顔で、そう言った)

(……ちょっとだけ、かわいいと思ってしまった)

推しの前では別人格

それから、彼女はことあるごとに俺に話しかけてくるようになった。
ただし、話題は“推し”に関することだけだった。

「昨日の最新話、見ました!?死んじゃうかと思いました……!」

「このグッズ、5秒で売り切れたんですけど、私、勝ちました!!」

「このセリフ、聞いてください。録音してきましたから!!」

(こわい。というかすごい。というか……なんで俺に話すんだ?)

でも不思議と、俺はそれが嫌じゃなかった。

むしろ、「仕事中なのに、こいつやばいな」と思いつつ――
どこか、ほっとしていた。

たぶん、彼女の目がいつも真剣で、好きなものを語るときだけ、生きてる感じがしたから。

(俺と似てる。人と話すのが苦手で、でも、好きなものの話になると急に熱が入るところ)

だから俺は、毎回「うん」とか「へえ」とか、最低限の返事しかできなかったけど――
彼女は、それでも構わないようだった。

「聞いてくれるだけで、うれしいです」

そう言って笑った彼女の顔は、たしかに俺よりずっと明るかった。

仕事では、やっぱり無口なまま

推しの話をしてるときは饒舌な彼女も――
仕事中は、相変わらず黙っていた。

いや、黙ってというか、まるで空気のように存在感を消していた。

営業資料の修正指示が飛んできても、「はい、わかりました」と一言だけで、誰とも雑談しない。
寺田主任にも敬語でしか話さず、同期たちのグループにも入らない。

それでも、俺のとなりでは、たまにちょっとだけ声をかけてくる。

「……このフォント、変ですか?」

「……いや、合ってると思う」

「……ありがとうございます」

その“ありがとうございます”も、すぐに消えるくらい小さな声だった。

(こういう感じ、たぶん、俺よりも社会で生きるのしんどいタイプだな)

俺は誰とも話したくないだけだけど、彼女は多分、“話せない”。

それなのに、“推し”の話になると爆発する。

なんか……バランスが悪すぎる。

起きたトラブル

ある日、事件が起きた。

「おい、これ……納品先のデータ、先週分のまま送ったやつ誰だ!?」

寺田主任が、昼すぎのフロアに怒鳴った。
普段は空気が読めないだけで怒らないタイプだったのに、その声は明らかに焦っていた。

「これ、先方にもう届いてるぞ!?中身違ってたってクレームきた!」

全員が一斉にモニターから目を離す。
そして、空気がピリッとする。

(俺じゃない、はず……たぶん)

でも、その瞬間――彼女が、小さく手を挙げた。

「……すみません……私が……昨日……」

主任がこちらに歩いてきた。

「え、マジか!?確認したのか?」

「……はい……でも、ファイル……違うの選んでたみたいで……」

彼女の声は、いつもよりも震えていた。
顔は真っ青で、唇も固く閉じている。

主任が深くため息をついた。

「……わかった、こっちで何とかする。でも、再送できるデータは?」

彼女は震える指でフォルダを開こうとしたが――

そのとき、モニターに表示されていたのは、またしても“腐スレ”だった。

(え、おい……!)

慌てて彼女はウィンドウを閉じようとしたが、タイミング悪くフリーズ。

「……こ、これは、その……!」

「今はいい!早くデータ探して!!」

主任が怒鳴る。

彼女は、完全にフリーズしていた。
目がうるみ、肩が震え、もう泣きそうだった。

俺は、咄嗟に彼女の席に手を伸ばした。

「すみません、これ、多分こっちの修正分です」

自分のPCに保存していた、同じプロジェクトのバックアップデータを主任に見せた。

主任はそれを見て、「助かる」と言って、データを持っていった。

彼女は俺の顔を、呆然と見ていた。

「……なんで、そんなの持ってるんですか……?」

「……前に同じパターンでトラブったから、全部バックアップしてて……」

彼女の目が、急にうるんだ。

「……ごめんなさい、ありがとうございます……っ」

そのまま、深々と頭を下げて――

「……私……もうダメかと思った……」

小さく、泣いた。

俺は、その涙に、ちょっとだけ心がざわついた。

(こんなに泣くってことは、たぶん……一人で、ずっと抱えてたんだろうな)

推しじゃなくて、「俺」宛てに言った言葉

その日の帰り。

彼女はデスクの横に来て、真っ直ぐに俺を見た。

「……あの、今日……助けてくれて、ありがとうございました」

「……いや、別に」

「でも、ほんとに……あれなかったら、私……」

彼女はそこで一回、深く息を吐いてから――

「……仕事も、推し事も……あなたとなら、頑張れそうです」

(え?)

その言葉に、思わず俺は固まった。

まるで、“推し”に向けて言うセリフみたいだった。

でもそのときの彼女の顔は、
スマホを見て笑ってたときとも、推しを語るときとも違った。

俺の目を、ちゃんと見てた。

(なんだ……今の……)

その言葉が、ずっと頭から離れなかった。

翌朝、彼女はちょっとだけ変わってた

次の日の朝。

いつもより少しだけ早く、俺が出社したとき――
すでに彼女は席にいた。

(あれ、早いな)

モニターには、昨日のプロジェクト関連ファイルが立ち上がっていて、しかも整理されてる。
付箋も貼ってある。きっちりした手書きのメモ。

(……なんか、昨日と違う)

「……おはようございます」

小さく、でもちゃんと聞こえる声で彼女が言った。

「……おはようございます」

(自然に返してる俺も、なんか変だ)

あの“ありがとう”のあとから、彼女との間に空気がちょっと変わった。

前はまったく会話のなかった二人だったのに、
今は「推しの話なら止まらない彼女」と「聞くだけの俺」が、なぜか毎日ちょっと話すようになっていた。

そして――その日から、奇妙な“遊び”が始まる。

「これ、言ってもらっていいですか?」

昼休み。

彼女が、いつものように俺のデスクにやってくる。
でも、その手にはスマホと、メモ帳の切れ端みたいな紙があった。

「……あの……ちょっとだけ、お願いが……」

「え?」

「これ、言ってもらえませんか……?」

紙に書かれていたのは、どう見ても“推し”のセリフだった。

『……やっぱり、お前がいないとダメみたいだ』

「……え」

「昨日の話で、最高だったセリフで……すみません、どうしても誰かに言ってほしくて……」

(なんで俺!?)

「いや、無理だろ……」

「一度だけでいいんです……!録音とかしないから……!」

彼女は目をキラッキラさせながら言った。

俺はしばらく固まってから、ゆっくり深呼吸した。

(……言うしかないのか……?)

「……やっぱり、お前がいないとダメみたいだ」

「――っ!!」

彼女の目が、ぱあっと輝いた。

「……ありがとうございます……今日、これで生きていけます……!」

(なにこれ……俺、なんの罰ゲームだ)

でも、不思議なことに――
言ったあと、ほんの少し、彼女が笑うのが嬉しかった。

日替わりセリフ地獄

それからというもの、昼休みに“日替わりセリフ”を言わされるのが日課になった。

『お前が泣くなら、俺も泣く』
『俺の全部を、お前に捧げる』
『お前の推しで、いさせてくれ』

(お前の推しでいさせてくれ、って……俺は何?)

「……これ、今日の最新回の神セリフなんです」

「はいはい……」

「表情つけてください。あのキャラ、眉ひそめて言ってたので……!」

「……これ、ほんとに罰ゲームじゃない?」

「ちがいます。ご褒美です」

彼女の笑顔は、日に日に明るくなっていった。

そして――俺の中でも、なにかが少しずつ変わっていた。

(どうせ昼休みヒマだし……まあ、いいか)

(この子、笑ってるときのほうが、なんか生きてる感じするし)

(……うん、まあ、悪くない)

自分でも驚くほど、彼女との距離が自然に近づいていた。

仕事中は相変わらず無言だけど、
昼になると“推しセリフの朗読会”がはじまる。

だんだんと、それが当たり前の日常になっていた。

不意打ちのひと言

そんなある日。

またいつものように俺がセリフを言わされて、彼女が笑ってたとき。

ふと、彼女がぽつりと言った。

「……今、ちょっと好きって思いました」

「……は?」

(まじで今、なんて言った?)

「え、え? いや、あの、ちょっとっていうか、その、セリフが似合いすぎて……」

「いや、いや、そんな軽く……」

「えっと、その、あの、違うんです、真剣な意味じゃなくて、その、ちょっとだけで……」

彼女は真っ赤になってうつむいた。

(いや、どっちにしても爆弾発言だろこれ)

「…………」

俺は、何も言えなかった。

でも、心の奥が――なぜか、少しだけ温かかった。

気づかれてきた気配

ある朝、オフィスの給湯室で千夏さんに呼び止められた。

「ねえ、ちょっと聞いてもいい?」

「……はい?」

「最近、○○ちゃん(※嫁子のこと)と仲いいよね?」

(……え、なにその切り出し方)

千夏さんは営業チームのベテランで、誰とでも気さくに話すタイプ。
俺にもたまに雑談をふってくるけど、こういう“察し”が鋭い人でもある。

「お昼、毎日隣で話してるでしょ?けっこう声聞こえてるよ」

「……え?あれ、聞こえてるんですか……」

「うん。なんか“俺の推しになってください”とか、言ってたけど?」

(やばい、マジで聞かれてた……!!)

千夏さんはくすっと笑った。

「○○ちゃん、ちょっと前まで誰とも話さなかったのにね。あんたと話してるとき、ほんと楽しそう」

「……そう、ですかね……」

「恋じゃん」

「いや、それは……ない……です、多分……」

(ない、とは言いきれないけど……でも、本人は“ちょっと好き”って言ってたし……いや、でも……)

千夏さんは、それ以上深追いせずに、ポットにお湯を注ぎながらつぶやいた。

「女の子ってね、話す相手の反応がすべてなのよ。○○ちゃんが話し続けてるってことは――
あんたの反応、彼女にとって心地いいってことよ」

「…………」

(……そんな、考えたことなかった)

ちょっとだけ気をつけるようになった

その日から、少しだけ俺の態度が変わった。

具体的には、推しセリフを言うとき、ほんのちょっとだけ抑揚をつけるようになった。

「……俺が、お前の“好き”になってやる」

「……!!今の、感情入ってましたよね!?」

(うるさい)

「まさか、意識してくれてるんですか……?」

「……べつに」

でも、彼女はそれだけで嬉しそうに笑ってた。

(これ……もしかして、もうちょっとだけ踏み込んでもいいのかも)

自然と、そう思うようになっていた。

“推し”の話から離れた瞬間

昼休み。

いつものように彼女と並んで座って、今日のセリフは何かと思っていたら――
彼女はスマホを出さなかった。

「……あの、今日、セリフはないんです」

「え?どうしたの?」

「……なんか、ちょっと、普通の話がしたくて」

俺は驚いた。

(普通の話……?この子が、“推し”の話じゃない会話を求めてる?)

「……じゃあ、なに話す?」

「……えっと……昨日、駅で道に迷ってるおばあさんに道を聞かれて、でもGoogleマップが全然言うこと聞かなくて……」

(あ、完全に日常の話だ)

「で、結局一緒に目的地まで行ってあげたら、お饅頭もらっちゃって……」

「……すごい、いいことしたじゃん」

「……ふふ、ですよね……」

彼女は、いつものテンションより少し抑えたトーンで話していた。
でも、それが逆に“素の声”に聞こえた。

(こういうのも、悪くない)

それから、少しずつ俺たちの会話は“推し”以外にも広がっていった。

とはいえ、推し話がゼロになることはなかったけど――
それはそれで、俺には“ちょうどいい距離”だった。

恋ってこういうのかもしれない

ある夜、彼女からメッセージが来た。

《今日の昼、話せてうれしかったです。また明日、よろしくお願いします》

(……この“よろしくお願いします”って、なんか、仕事っぽくないな)

《俺も。話してて落ち着く》

と、返信した。

そしたらすぐに、

《……今、またちょっと好きって思いました》

って返ってきた。

(こいつ、ずるい)

でも、画面を見ながら自然に笑っている自分がいた。

雨の夜と、傘の話

その日、外は大雨だった。

俺は折りたたみ傘を忘れていて、帰る頃には完全に詰んでいた。
駅までは徒歩15分。タクシーも捕まらないし、コンビニにもビニール傘はなかった。

(……濡れるしかないか)

覚悟を決めてビルを出ようとしたとき――

「……あの」

背後から声をかけられた。

振り向くと、彼女が傘を持って立っていた。

「帰るんですか?」

「……うん」

「よかったら、一緒にどうですか……?」

彼女は少し俯きながら、そっと傘を差し出した。

(この傘……細い。たぶん、二人で入ったら肩びしょ濡れになるやつだ)

でも、断る理由もなかった。

「……じゃあ、お言葉に甘えて」

俺たちは並んで、ひとつの傘に入った。

会話、近さ、息の音

「……今日は資料、早く終わりましたね」

「うん、君のとこ、すごい綺麗にまとまってたから」

「……ありがとうございます」

小さな声。

雨の音が大きくて、彼女の声は何度も掻き消されそうになる。

だから、自然と顔が近づいた。
距離が縮まれば、声は届く。

「……肩、濡れてますよ」

「君もな」

「……えへへ」

彼女が少し笑った。

その時、ふと手が触れた。

何も言わなかったけど――彼女はそのまま手を引っ込めなかった。

(たぶん、これは……嫌じゃないってことなんだろう)

俺もそのまま、手を引かずに歩いた。

「好きなもの」について語る夜

駅までの道をゆっくり歩きながら、彼女はぽつりぽつりと話し始めた。

「……私、“推し”に救われたことが、何度もあって……」

「うん」

「友達ができなくて、学校もつらくて、でも、キャラが私に話しかけてくれるような気がして……」

「……そうなんだ」

「でも、最近……あなたと話してると、ちょっと、現実のほうが楽しいって思うことがあって……」

「…………」

彼女は少し顔を赤くして、前を見たまま言った。

「それが、うれしいんです。だから、私、今すごく頑張れてる」

俺はそれを聞いて、ただ一言、こう返した。

「俺も、君といるときがいちばん、落ち着く」

彼女はびっくりしたように目を丸くして、それから、
顔を真っ赤にしてうつむいた。

「……それ、今のセリフ、録音しておきたかったです……」

「やめろ」

「……でも、言ってくれてうれしかった」

(この人、ほんとに、素直だな)

駅に着いたとき、彼女は急に立ち止まってこう言った。

「……もうちょっとだけ、話してもいいですか?」

俺は時計を見た。
終電までには、まだ時間がある。

「……じゃあ、コンビニ寄って、缶コーヒーでも飲もうか」

「はい!」

彼女は、満面の笑みでうなずいた。

自販機の前で、距離が消えた

駅前の自販機の下、薄暗いアーケードの下で、ふたり缶コーヒーを持って並んで立つ。

「……私、いつか“推し”みたいな人に出会えたらいいなって思ってたんです」

「……うん」

「でも、もう出会ってるのかも、って思ったりもしてます」

「…………」

「……それが、あなたです」

その言葉に、心臓がひとつ大きく跳ねた。

彼女は、まっすぐに俺を見ていた。

「……推しのセリフ、もうひとつだけ、言ってもらっていいですか?」

「……どれ?」

「“俺の世界には、お前しかいない”」

(……そんなの、言えるわけが……)

でも、言った。

「……俺の世界には、お前しかいない」

彼女は目を細めて、静かに笑った。

「……やっぱり、今ちょっとじゃなくて、かなり好きです」

その瞬間、初めて“推しごと”じゃない彼女の“好き”が、
真っ直ぐに、俺の胸に届いた。

なんとなく一緒にいる日々

それから、俺たちは特に“告白”という形を取らないまま、
ごく自然に一緒に過ごす時間が増えていった。

朝、エレベーターで一緒になると、彼女がちょっとだけ手を振ってくれる。

昼は相変わらず“推しセリフ”を言わされる時間もあったけど、
内容は少しずつ、現実に寄ってきた。

『お前が笑ってくれるなら、俺は何だってする』
『そばにいてくれ、今日だけじゃなくて、明日もずっと』
『この手、離す気ないけどいい?』

(……これ、もはや“推し”関係ないな)

「……俺、セリフじゃなくて、素で言ってるって思われてる?」

「……思ってます」

「……じゃあもう、セリフいらなくない?」

「でも、言ってほしいんです」

(どっちなんだよ……)

でも俺は、毎回なんだかんだで言っていた。
それを聞いて笑う彼女を見ると、なんか安心するから。

営業主任が気づいてないはずがない

そんな日々が続く中、ある日。

寺田主任に呼び止められた。

「おまえさ、最近ちょっと雰囲気変わったよな」

「……そうですか?」

「うん。顔つきがちょっと柔らかいっていうか。あと、あの新人ともよく話してるみたいじゃん」

(やっぱ、見られてるか……)

「別に、仕事に支障がなきゃいいけどよ。……あいつ、あんまり周りと馴染んでなかったからさ」

「……そうですね」

「おまえといるときだけ、ちょっと表情違うんだよ。……あいつ、笑うと可愛いよな」

「……はい」

主任はニヤッと笑って、背中をぽんと叩いた。

「ちゃんと責任取れよ。推しごとと違って、現実は逃げらんねえからな」

(なんでそれ知ってるんだ)

主任は、去り際に「俺も推しキャラいるけどな」とか小声で言ってた。

……ちょっとだけ親近感が湧いた。

小さな喧嘩、初めての距離

そんなある日。

昼休み、俺がどうしても外回りの資料作成に追われていて、
彼女の「今日のセリフ、言ってもらっていいですか?」を断った。

「……今日は無理。ちょっと忙しいから」

「……そう、ですか……」

彼女は、うつむいたまま黙り込んだ。

そして、その日の午後は、目も合わせてこなかった。

(あれ……怒ってる?)

帰り際も、「お先に失礼します」とだけ言って、
すっと席を立った。

(……たったそれだけで、こんな空気になるのか)

俺は、自分の中に残ったその違和感が気になって、
その日の夜、思い切ってメッセージを送った。

《さっきは、ごめん。余裕なかった》

《……いえ、こちらこそ。子どもみたいでした。ごめんなさい》

やりとりはそれだけ。

でも、次の日の朝。
彼女は、デスクの上に一枚の紙をそっと置いた。

『推しじゃなくて、わたしからの言葉です』

そして、その紙には、こう書かれていた。

《“気持ちを言葉にするって、大事ですね。これからは、ちゃんと伝えます”》

俺はその紙をしばらく見つめて――
静かに胸が熱くなるのを感じた。

(もう、完全に“推しごと”じゃなくなってる)

俺も、ちゃんと返さないといけない。

そう思った。

確かめたくなった気持ち

その日、帰り道。

いつものように駅まで一緒に歩いて、
彼女が「じゃあ、また明日」と言おうとした瞬間――

俺は言った。

「……俺さ、君のこと、けっこう好きかもしれない」

彼女は一瞬、固まってから――
ゆっくり、顔を真っ赤にしてうなずいた。

「……私も、ちょっとどころじゃなく、けっこう好きです」

その言葉を聞いて、なんだか笑ってしまった。

(まわりくどすぎるだろ、俺たち)

でも、それでよかった。

ゆっくりでも、ちゃんと通じた。

恋人、って言葉の代わりに

「……これって、付き合ってるってことですか?」

帰り道、手をつないだまま、彼女がぽつりと聞いた。

「さあ……どうなんだろうな」

「じゃあ、ちゃんと聞きます」

彼女は足を止めて、俺の顔を見上げる。

「私たち……付き合ってますか?」

「……付き合ってます」

「……はい」

彼女は小さく笑って、もう一度、手をぎゅっと握った。

(これで正式に“恋人”になったんだ)

でも、特別何かが変わったわけじゃなかった。

今までどおり、職場では最低限の会話。

昼休みは相変わらず“推しセリフ劇場”。

「……“君と出会って、俺の人生が変わった”って言ってもらっていいですか?」

「……それ、自分で言うやつじゃないの?」

「聞きたいんです」

「……君と出会って、俺の人生が変わった」

「……ありがとうございます。これ、人生で五本の指に入る名言です」

(いや、言わせてるのお前だよな)

だけど彼女は、本当にうれしそうに笑っていた。

初めての休日デート

付き合い始めて、最初の週末。

「……どこ行きたい?」

「……アニメイト」

「やっぱりか」

「……池袋の上の階に、コラボカフェあるんです。推しのケーキが……!」

「俺が行って大丈夫なやつ?」

「むしろ行ってください。隣で推しケーキ食べてる姿を見てニヤけたいんです」

(どんな理由だよ)

そんなやり取りを経て、初めての休日デートはオタク全開だった。

彼女は、慣れた手つきでエスカレーターを上がり、
嬉々として“推しグッズ”を見せてくれた。

「この缶バッジ、第一弾の復刻版なんです!入手困難だったんですけど、今日だけ再販で……」

「すごいな。全部覚えてんだ」

「愛です」

そんな彼女を見て、
(ほんとに“好き”ってこういうことなんだな)と思った。

“相手が好きなものを、ちゃんと肯定する”

それだけで、ふたりの距離は簡単に埋まる。

「推し」と「俺」の間で揺れる

カフェで推しケーキを食べているとき、彼女がふいに言った。

「……私、たまに思うんです」

「何を?」

「“推し”を好きになりすぎて、現実の人とちゃんと向き合えないんじゃないかって」

「……うん」

「でも、あなたといると、“推し”とは違う安心感があって……」

「…………」

「あなたは、私が“変な女”でも、笑ってくれるし、怒らないし……」

「……怒らないっていうか、慣れたっていうか」

「そうやって言ってくれるのも、好きです」

(やっぱずるいな)

「……俺、まだ君のこと、全部わかってるわけじゃないけど」

「はい」

「それでも、ずっと隣にいたいって思ってる」

「……“セリフ”じゃなくて、本音ですか?」

「……本音」

彼女は、少し泣きそうな顔で笑った。

「……じゃあ、私も本音で言います」

「……うん」

「“あなたの隣にいると、世界がちゃんと現実になるんです”」

それは、“推し”じゃなく、“俺”に向けられた最大の言葉だった。

これが、「ふたりの物語」

帰り道、電車の中で彼女がつぶやいた。

「……これ、もう“推し事”じゃないですね」

「うん」

「私、いつのまにか……“誰かのセリフ”より、あなたの言葉のほうが響くようになってて……」

「……それ、セリフで言わされてたら恥ずかしいな」

「……違います、本音です」

その言葉を聞いて、俺はふと思った。

(たぶん俺は、この人にとって、“推し”を超えたんだ)

彼女が抱いていた空想の“理想”より、
現実の俺とのやりとりのほうが、今の彼女には大事になってる。

それって、ちょっとだけ誇らしかった。

そして、ほんのちょっとだけ怖くもあった。

(この人を、これから先も笑わせ続けられるかな)

でも、隣で寄り添ってくる彼女の手のぬくもりが――
その不安ごと、包み込んでくれていた。

あれから一年、ふたりの今

交際を始めてから、一年が経った。

彼女は変わらずオタク全開で、毎週のようにアニメイトに通ってる。
「推しのために働いてる」と言いながら、資料作成もきっちりこなすし、
「あなたがいれば、社会でのダメージ半減します」とか言ってる。

(相変わらず、口が軽いのか重いのかわからない奴だ)

俺は相変わらず表情乏しく、言葉も少ないけど、
それでも彼女と一緒にいるときだけは、ほんの少し笑ってるらしい。

千夏さんには、「おまえ、わかりやすすぎ」とからかわれる。

寺田主任には、「推しじゃなくて、現実に捕まったか」と苦笑された。

でも――誰も否定しなかった。

たぶん、それだけ俺たちは“自然”に、隣にいるんだと思う。

結婚の話、なんでか早かった

ある日、彼女が真剣な顔で言った。

「結婚、どう思いますか?」

「……なんで急に?」

「いや、推しのキャラが最近結婚した設定になって、それで……」

「それ、推しがきっかけかよ」

「でも、あなたとなら、家に帰って推しグッズ並べてても怒られなさそうだなって思って」

「寝室にさえ入れなきゃ、いいよ」

「ほんとですか!? じゃあ、“推しとあなたと一緒に暮らせる家”になりますね!」

(なんだその複雑な同居)

でも、彼女のその目は真剣だった。

俺も、もう答えを決めていた。

「……じゃあ、籍、入れる?」

「……はいっ!」

即答だった。

式も指輪もないけど

俺たちは、特に式も挙げず、指輪も買わず、役所に行って紙を出しただけだった。

「え、ほんとにこれで終わり?」

「終わりじゃなくて、始まりだよ」

「……あ、なんかそれ“推しのセリフ”っぽい……」

「ちがう。俺のセリフだよ」

「……じゃあ、いまの録音しておけばよかった……!」

そんな会話をしながら、手をつないで家に帰った。

部屋には、彼女の“推し棚”がひとつだけある。

でも、それ以外の場所には、俺と彼女の写真が飾られている。

俺が不器用な笑顔を浮かべたやつ。

彼女がケーキを前に爆笑してるやつ。

ふたりで並んで傘に入ってる、雨の日の一枚。

全部が、俺たちの“本当の推しごと”だった。

そして、報告を一枚

入籍して数日後。

彼女が、デスクにA4の報告書を置いてきた。

件名:《人生の推し変報告》

差出人:嫁子
宛先:俺(夫)

本文:


かつて私は、「2次元だけで生きていく」と決めていました。

でも、現実に「最推し」が現れてしまいました。

それが、あなたです。

・仕事中に“推しセリフ”を言ってくれたこと
・腐スレを見られても引かずに受け止めてくれたこと
・私が泣きそうになった日、黙って隣にいてくれたこと

全部、あなたのリアルな優しさでした。

これからも、推しと夫をうまく両立しながら、
でも“心の一番の場所”には、あなたを置いておきたいと思います。

推しに負けたらごめん。
でも、あなたには毎日、好きって言うから。

“推しよりも大事なひと”になってくれて、ありがとう。


読み終わったあと、俺は彼女に言った。

「これ、セリフじゃなくて、プロポーズみたいだな」

「……今さら、遅いですよ?」

「でも、ちゃんと伝わった」

「……なら、よかったです」

その日、俺は初めて、自分から彼女を抱きしめた。

もう“推し”じゃない。

これは、俺たちの物語だ。