昼は超地味子で夜は美人と俺|2ちゃん馴れ初め風エピソードまとめ【終電で拾った女が嫁になった】

昼は超地味子で夜は美人と俺|2ちゃん馴れ初め風エピソードまとめ【終電で拾った女が嫁になった】

この馴れ初め話は著作権フリーで改変も自由・YouTubeの素材やSNSでご使用いただいても問題はありません。ただ以下のリンクを張っていただけたら幸いです。
はっくなび

なんで俺に話しかけてきたの、あの派手な女

すっごい地味なあの子と、俺のこと

(俺の話を少しだけ。まあ、誰も興味はないと思うけど)

俺は人事部で働いてる。ただのサラリーマン。年は35。無表情で通ってて、いつのまにか「仏(ほとけ)」ってあだ名がついた。なんかの冗談だろうと思ってたけど、周囲はわりと真顔でそう呼ぶ。何が面白いんだか。

怒らない、笑わない、話しかけづらい。そう思われてるらしい。別にそんなつもりはない。ただ、感情が顔に出ないだけなんだ。

会社では、あんまり目立たない。同期ももう少なくなったし、日々、面談の予定と書類に追われている。とくに今年は人員整理もあって、正直しんどい。

そんな俺の目の前で、毎日そわそわしてる女がいた。

嫁子。

若い、というよりは「若く見える」地味な女の子。仕事は不器用。社内チャットの返事も一言だけ、しかもいつも遅い。電話なんか出るとき手が震えてる。

教育係の谷口さんが、たまにきつく当たってるのを見かける。「ちゃんと書類チェックした?」「このレベルで提出する気?」なんて声が飛ぶと、嫁子は縮こまって、小さくうなずくだけ。

でも、彼女は決して逃げない。

注意されても、怒られても、黙ってそこに立ってる。そして、次の日も会社に来てる。それが、なんとなく印象に残ってた。

(……でも、名前以外の情報は、正直ほとんど知らなかった)

あの日までは。

終電前の駅。ありえないくらい派手な女

残業が終わったのは、23時過ぎ。

部署を出て、誰もいないエレベーターで一階まで下りる。オフィスビルの自動ドアが開いた瞬間、ひんやりした深夜の空気が、スーツの下まで入り込んだ。

俺は駅に向かって歩き出す。頭の中では、明日処理する書類の山と、来週の面談日程のことばかり。

駅に着くと、売店の灯りがぽつんと点いてた。

「こんな時間に、あんたも大変だねぇ」

顔なじみの売店のおばちゃんが声をかけてくる。ここまで来ると、会話も半分日課だ。

「はい、いつも通りです」

(それだけ言って、コーヒー牛乳と肉まんを買う)

「電車、そろそろ来るよ」

おばちゃんの声に、俺は会釈して改札に向かう。

改札前で、スマホを見て立ち尽くしてる女がいた。

……見た瞬間、目を奪われた。

真っ赤なジャケット、太ももが半分見えるようなスカート、唇は真紅。長いまつ毛とアイラインが、遠くからでもくっきりわかる。

(なんだこの人……この時間に、クラブ帰り?)

そう思った。完全に別世界の人間だった。

目をそらそうとした瞬間、その女が俺に近づいてきた。

まさかと思った。

「……俺さん、ですよね?」

耳慣れた声。

(え……?)

言葉が出なかった。

目の前の、ド派手な女が――嫁子だった。

嘘だろ、これ、現実?

「……あの、気づかないですよね、すみません」

(動揺してるのは俺だけじゃない。彼女の声が、少し震えていた)

「すごく変な格好してるの、わかってます。でも……」

少し口ごもったあと、嫁子は小さく息を吸ってから言った。

「終電逃すと不安で、たまに……こうなるんです」

彼女の視線は、俺の胸の少し下あたりを見ていた。目が合わない。

「誰も知らない場所で、別の自分になれたら、ちょっとだけ安心するから」

(何を言ってるのか、最初は正直わからなかった)

でも、少しずつ理解していった。

――仕事中の自分では、耐えきれない夜がある。

――誰にも見られないと思ってるから、派手な服を着る。

――でも、こんな日に限って、俺に会ってしまった。

その全部が、彼女の瞳の奥で混ざってた。

「……こんな格好、ほんとは見られたくなかったです」

声は小さかったけど、どこか、ホッとしたようにも聞こえた。

(……なんで俺に、そんなこと言うんだろう)

返す言葉が見つからなかった。

「電車……来ましたね」

彼女が改札を抜けたのを、少し遅れて俺も追った。

座席はバラバラ。でも、俺は窓越しに、斜め前に座った彼女の横顔を見てた。

彼女は窓に映る自分の姿を見つめていた。

どこか、泣きそうな顔で。

(派手だけど、すごく繊細な人なんだと思った)

そして俺は、たぶん――そのとき、心のどこかで決めてた。

次に会社で会ったら、声をかけようって。


会社でまた会ったら、目を合わせられなかった

翌朝、いつもと同じ風景なのに

翌朝、会社のエレベーターを降りて、自席に着いた瞬間から、空気の感じが違った気がした。

(気のせいかもしれない。でも、あれだけのことがあったんだ。俺の方が勝手に意識してるだけだろう)

周囲は、いつものように業務の準備を始めていた。

メールチェック、電話の呼び出し、書類をめくる音。それが「日常」だと、体が知っている。でも、心だけが、妙に浮いていた。

(昨日のあの出来事が、現実だったのかも、ちょっと疑ってる)

なんとなく、社員の出入り口を眺める。

そして、見つけた。

エントランスの奥から、小さな歩幅でこちらに向かってくる地味な女――嫁子だった。

彼女はいつも通りのスーツ、ベージュのカーディガン、髪も下ろしたまま。何も変わってない。いや、変わってないように見えるだけ。

(顔が……少し赤い?)

目が合いそうになった瞬間、俺はとっさに視線を逸らした。

(なんだ、俺……)

たかがそれだけのことなのに、心臓が変に跳ねる。

おはよう、のひと言が出なかった

嫁子は俺の横を静かに通って、席についた。何事もなかったようにパソコンを立ち上げてる。まるで、あの夜のことはなかったみたいに。

(……いや、違う。ちゃんと覚えてる。たぶん、俺も、あの人も)

ほんの数メートルの距離なのに、声をかけるタイミングがつかめない。

(せめて「おはよう」って、言えたら)

言葉が喉で止まったまま、午前中が過ぎた。

電話応対、採用書類の確認、ひとつひとつの業務をこなしてるうちに、昼休憩のチャイムが鳴る。

俺が社内のカフェスペースへ向かおうとしたとき、ふと、後ろから小さな声がした。

「……俺さん」

振り返ると、嫁子が、資料を胸に抱えて立っていた。目は、昨日と同じように、俺の胸の下あたりを見てる。

「昨日は……ありがとうございました」

(やっぱり覚えてたんだ)

「……うん」

それだけ返すのがやっとだった。

「……へんな姿、見せちゃって、すみません。忘れてもらえたら……」

(なぜか、それは違う、って思った)

「……忘れないよ」

俺の声は、たぶん少し低くて、思ってたより真剣だった。

嫁子は目を大きくして、俺を見た。

初めて、真正面から目が合った気がした。

そして、軽く、微笑んだ。

その笑顔が、やけに印象に残った。

教育係の谷口さんが、じっとこっちを見てた

午後の業務が始まって少ししてから、嫁子が谷口さんに呼ばれていた。

「ちょっと、いい?」

会議室のドアが閉まるのを横目に見ながら、俺はモニターを見つめた。

(叱られてるのか?……それとも)

10分ほどして戻ってきた嫁子の顔は、意外なほど晴れていた。頬にほんのり赤みが差していて、歩き方も少しリズムがついている。

(あれ……なんか、昨日より、今日の方が明るいな)

谷口さんも戻ってきて、自席に座るなり、俺の方をちらっと見た。

そして、ぼそっと言った。

「なんか、顔つき変わったね、あの子」

「……そうですか?」

「うん、たぶん……あんた、なんかしたでしょ?」

(そう言われて、思わず背筋が伸びた)

「俺は、何も……」

「まあ、いいけどさ。いい方向に向かってんなら、それでいいのよ」

谷口さんは苦笑いしながら、マグカップを手に立ち上がった。

(優しい人だ。口調はきついけど、ちゃんと見てる)

そんなふうに思えたのは、たぶん、初めてだった。

ふたりの会話が、ちょっとだけ長くなる

その日の夕方。

「……俺さん、これって、この書き方で合ってますか?」

嫁子が、俺に業務の相談をしてきた。しかも、初めて自分から。

「ん、見せて」

俺は資料を受け取り、目を通す。以前よりずっと丁寧にまとめられていて、正直、驚いた。

「うん、よくできてる」

そう言った瞬間、彼女はぱっと顔を明るくした。

「……ほんとに? よかった……」

(こんなふうに笑うんだ、って思った)

「あと、この文末、少し敬語が重なってる。『いたします』が連続してるから、片方だけでも」

「なるほど……気づかなかったです」

「慣れれば自然にわかる。焦らなくていいよ」

(自分でも、驚くくらい自然に言葉が出てきた)

「ありがとうございます」

嫁子は深く頭を下げたあと、ふと、小さく言った。

「俺さん、前より優しい気がします」

(それは、たぶん……君が前より強くなったからだよ)

言えなかったけど、心の中ではそう答えていた。


小さな成功と、ありがとうの言葉

失敗ばかりの人が、ちょっとだけ変わった日

週が明けて、月曜の朝。

部署全体がやや重たい空気の中、嫁子はいつもと同じように席についていた。でも、先週までとは、ほんの少し違って見えた。

背筋が伸びていて、机の上もきちんと整っている。書類を出す動作も、ちょっとだけスムーズ。

(少しずつ、自信がついてきてるのかもしれない)

そんなふうに感じてたのは、俺だけじゃなかった。

「おいおい、嫁子、今日は早いな」

「朝からPC立ち上げてたって、どうしたんだ?」

周囲の同僚たちが、ちょっと驚いたように声をかけていた。

嫁子は小さく笑って、「え、はい……ちょっとだけ、早起きしました」と答えていた。

(表情に余裕がある。それだけで、こんなに違うんだな)

そんな朝に、ある出来事が起きた。

ちょっとした提出書類、でも全部通った

「俺さん、すみません、ちょっと確認お願いしてもいいですか」

彼女が持ってきたのは、外部研修申請に関する書類一式だった。

複数部署と連携が必要な面倒な仕事。間違いや抜けがあると、すぐ突き返される内容だ。

(これは……簡単じゃない。俺でも神経使うやつだ)

一枚一枚、丁寧にチェックする。

……意外なほど、しっかりできていた。内容の過不足もなく、印鑑も全部そろってる。添付資料まできちんと確認済み。

「すごい。よくここまで仕上げたね」

「……ほんとですか?」

「うん。問題ない。これならそのまま提出していい」

「……よかった……」

(嫁子は、ほんの数秒だけ、目を閉じて深く息を吐いた)

そして、ぽつりとこぼした。

「誰かに『ちゃんとできてる』って言われるの、はじめてかもしれません」

「……そう?」

「はい。……ずっと、できない人間だと思われてるって、自分でも思ってて。でも、誰かに『大丈夫』って言ってもらえたら、それだけで、なんか違うって思えて……」

(その言葉に、胸が少し締めつけられた)

「……そっか。俺も、誰かにそう言ってほしかったから、わかる気がするよ」

そう言った瞬間、彼女は俺をじっと見つめて、目を細めて笑った。

「……俺さんって、やっぱり優しいです」

(不思議だった。彼女が笑うだけで、こんなに安心するなんて)

夜、また終電ギリギリで会った

その日の仕事は、結局、残業になった。

全体の進捗が遅れていたのと、突発的な人事報告書の修正が入ったためだ。

俺が帰路についたのは、22時半を過ぎたころ。会社を出て、駅へ向かう。寒さは、夜が深くなるごとに強くなっていく。

そして、改札前。

また、あの姿があった。

「……あ、俺さん」

その声に振り向くと、嫁子が立っていた。

でも、今回は派手な服じゃない。普通のコート、マフラー、リュック。

「今日は、普通です」

彼女は小さく笑って言った。

「……でも、ちょっとだけ、待ってました」

(待ってた、って……俺を?)

「この前のことが、まだ心に残ってて……ちゃんと話したいと思ってたんです」

「うん、いいよ。話そう」

自然と、並んでホームへ降りていった。

電車の中、静かな時間が心地よかった

空いていたので、並んで座れた。

発車までの数分間、沈黙が流れる。でも、嫌な沈黙じゃなかった。

彼女がふと、手のひらを見つめながら言った。

「今日、小さな仕事がうまくいったんです。俺さんに、報告したかっただけなのかもしれません」

「……それは、嬉しいな」

「ありがとうございます。……私、会社で一番怖かったのが、俺さんでした」

(やっぱり、そうか……)

「でも今は、一番話したい人です」

(なぜだろう。心が少し、あったかくなった)

「……終電乗る前に、コーヒーでも飲んで帰りませんか?」

(自分からそんなことを言うなんて、今までなかった。でも、自然に出ていた)

嫁子は少し驚いた顔で俺を見て、それから、うなずいた。

「……はい」


終電前のコーヒーと、ちょっとだけ本音

駅前のベンチと、自販機のコーヒー

終電に乗る前、駅の出口近くにある小さなベンチにふたりで座った。

嫁子の手には、ホットコーヒー。自販機で買ったあつあつの缶コーヒーだった。俺も同じものを買って、となりに腰を下ろした。

静かな駅前。タクシーのエンジン音が時々響く。

あたりは静かで、ふたりの声だけが夜の空気に溶けていった。

「……こうして、外で誰かと話すの、何年ぶりだろ」

(嫁子の声は小さくて、でも穏やかだった)

「俺も……会社以外でこうして誰かと時間過ごすなんて、久しぶり」

「……俺さんも、ですか?」

「うん。ずっと“会社の人”としか、話してなかったかも」

(俺の言葉に、嫁子は少しだけ微笑んだ)

「わたし……この前、あんな姿見せたじゃないですか。……あれって、誰にも言えなかったことなんです」

「“もうひとりの自分”ってやつ?」

「はい。ほんとは、そういう自分がいるって、情けないと思ってたんです。仕事もできないし、人間関係も苦手だし……だから、ああいう姿のときだけ、自信持てるというか……」

「でも、それも自分なんだと思うよ。俺は、悪いとは思わなかった」

「……そう思ってくれるの、俺さんだけかもしれません」

(なんでだろう。俺も、どこかで同じような気持ちを持ってた)

心の中にある、自分でも知らなかった「弱さ」と「誰かに受け止めてほしい」という感情。それが、目の前の彼女に重なっていた。

俺たちは、あたたかい缶コーヒーを持ったまま、しばらく黙って空を見ていた。

冬の空は、すごく澄んでいた。

ほんの少しの距離が、ちょっとだけ縮まった

ベンチに座って、もう20分以上が過ぎていた。

終電の時間が迫っているのに、なぜかふたりとも立ち上がらなかった。

「……俺さん」

「ん?」

「もし、またこうやって話せるなら、私……ちゃんと、笑える気がします」

(彼女の言葉は、夜の冷たい空気の中でも、ほんのりあたたかかった)

「じゃあ、また話そう」

「……約束、してくれますか?」

「うん。絶対に」

そのとき、なぜか自然と、俺は右手を出していた。

嫁子は一瞬びっくりしたような顔をしたあと、そっと自分の手を重ねた。

手は冷たかった。でも、その触れ方が、すごく優しかった。

(こんなこと、俺の人生であるなんて思ってなかった)

「……行きましょうか」

「うん、行こう」

そしてふたりで並んで、改札を通った。

いつもより、少し足取りが軽かった気がした。

それから、何度も“終電前の時間”ができた

それから数日間、嫁子と俺は、何度か終電前に一緒に駅前のベンチで会話をするようになった。

たわいもない話。たとえば、

「子供の頃、好きだったアイスは?」

「ランドセル何色だった?」

「初めて行ったライブって?」

(そんな小さな質問を、互いに出し合って)

一問一答みたいなやりとりの中で、俺たちは少しずつ互いを知っていった。

嫁子は、意外と昔は活発だったらしい。姉がいて、その影響で音楽やおしゃれに興味を持ったと話していた。

「でも、親に厳しくて……『女の子がそんな格好して』って怒られて。だんだん、そういうの言えなくなったんです」

「俺は逆に、親が感情的で。いつも怒鳴ってて、だから感情出さないようになったのかも」

「そっか……私たち、ちょっと似てるのかもですね」

(あの時の言葉が、すっと胸に入ってきた)

「俺さん、目立たないけど、すごくちゃんと見てくれてる。そういう人、いままで周りにいなかったです」

「……俺も、君みたいに頑張ってる人、ちゃんと見てなかったかもしれない」

嫁子は、少しだけ俯いてから言った。

「ありがとう、って……言ってもいいですか?」

「うん、もちろん」

彼女は、少し涙をにじませながら、俺に微笑んだ。

その夜、帰りの電車の中で俺はずっと考えていた。

――これが、恋ってやつなんだろうか。


誰かに支えてもらえるって、初めて知った

地味な子が、みんなの前で話した日

金曜日の午後。社内での業務改善提案の発表会があった。

全社員対象ではないが、毎月、3人が簡単なプレゼンを行う決まりだ。テーマは自由。改善策や効率アップの案が出れば、それが採用されることもある。

そして、今回の3人のうちの1人に、嫁子の名前があった。

(正直、びっくりした)

あれだけ人前が苦手で、言葉も少ない彼女が、全員の前で話すなんて。

「なんで出ることにしたの?」

休憩中、俺はそっと尋ねた。

「……実は、谷口さんに言われたんです。“逃げてもいいけど、一歩出たら景色変わるよ”って」

「……なるほど、谷口さんらしい」

(あの人、ほんとに厳しくて優しい)

「それで……俺さんにも、話してみたくて。ここで話せば、少しでも“わたし”を見てもらえるかなって」

(俺は、もう十分見てたつもりだった。でも彼女は、ちゃんと“自分から”見てほしかったんだな)

昼過ぎ、小会議室に10人ほどの社員が集まる。

嫁子は、資料を手に震えながら前に立った。

スライドも凝ってるわけじゃない。でも、必要な情報はすっきり整理されていて、何より、彼女自身の言葉で語っていた。

「……私は、事務処理に時間がかかる人間でした。だからこそ、“わかりにくさ”を感じやすくて……その経験から、このマニュアルを作りました」

(声が震えてる。でも、ちゃんと伝わってる)

「これを見て、次の人が“ここでつまずかなくて済む”と思ってくれたら、それだけで嬉しいです」

発表が終わった瞬間、部屋の空気が変わった。

拍手が自然に起きた。俺も、その中にいた。

(拍手って、こういうときに出るんだな)

となりにいた営業部の先輩がぽつりとつぶやいた。

「……あの子、こんなに芯があるとは思わなかったな」

(そうだ。誰も気づいてなかっただけで、あの子はずっと中で燃えてたんだ)

そして、会議室を出たところで、嫁子が俺に駆け寄ってきた。

「……俺さん、見ててくれましたか?」

「もちろん。すごくよかったよ」

「……ほんとに?」

「俺、嘘つかないから」

その瞬間、彼女の目が潤んだ。

「……誰かに、支えられるのって、こんなにあったかいんですね……」

その言葉が、胸に刺さった。

(俺も、そんなふうに思われたこと……あったかな)

「ありがとう、って何回言っても足りないです」

「じゃあ、また何回も言ってよ。何度でも聞くから」

ふたりは少しだけ笑った。

(気づけば、俺たちの会話に、自然な“笑い”が混じるようになっていた)

仕事の帰り道、コートの袖がふれた

その日の帰り道。

「終電前、いつものベンチ……寄っていきませんか?」

嫁子がそう誘ってくれた。

「うん、行こう」

ベンチに座り、自販機のコーヒーを手に、ふたりで缶を開ける。

「……今日の発表、ほんとに怖かったです」

「そう?」

「でも、終わった瞬間、なぜか“生きてる”って思いました」

「発表して、生きてるって思えるのは……すごいことだよ」

「……俺さんって、何でも受け止めてくれるから、つい甘えたくなっちゃいます」

「……いいよ、甘えて」

(それは、俺の本音だった)

沈黙。

でも、心地よい沈黙だった。

風が冷たくて、無意識に俺がポケットに手を入れたとき――

彼女の手が、そっと俺の袖口にふれた。

一瞬だった。でも、ちゃんと伝わった。

(……ああ、もう離れられないかもしれない)

そう思った。

目が合ったまま、帰れなかった

終電の時間が近づいても、どちらも立ち上がれなかった。

「俺さん……わたし、変ですか?」

「どこが?」

「こうして、会社の人とこんなに話してること自体が、なんかもう、信じられないっていうか……」

「俺もだよ。まさか、こんな時間がくるなんて思ってなかった」

「……じゃあ、私だけじゃないってことですね」

(その安心した顔を見て、俺も安心した)

しばらくして、ようやくふたりで改札を通った。

電車に乗って、となりに座った。

何も言わなくても、心が近くにあると思えた。


終電過ぎて残ったのは、好きって気持ちだった

コーヒーが冷めても帰りたくなかった夜

その日も、残業だった。

でも、もう“しんどい”とか“つらい”って感覚はなかった。

むしろ、嫁子と終電前のベンチに座ることが、一日の終わりのご褒美みたいになっていた。

その夜も、自販機の前で自然と顔を合わせた。

「今日、寒いですね」

「うん。……でも、コーヒー買う?」

「もちろんです。俺さんと飲むこの缶コーヒー、わたし、好きなんです」

(それが“俺と一緒にいる時間が好き”って意味なんだと、わかってた)

ふたりで缶を握って、いつものベンチに座る。

その日は特別寒かった。でも、俺の手の中のコーヒー缶と、となりに座る彼女の存在が、それ以上にあたたかかった。

「……今日、すごく話したいことがあるんです」

嫁子が、缶のふたを指でなぞりながら、ぽつりとつぶやいた。

「俺さんにだけは、ちゃんと伝えたいって、ずっと思ってました」

「……うん、聞くよ」

俺も缶を置いて、体を少しだけ彼女の方へ向けた。

「わたし、人との距離がずっと怖くて……ちゃんと向き合ってくれる人なんて、いないって思ってました」

「うん」

「でも、俺さんは……違ってた。怒らないで、無理に笑わないで、黙って見ててくれた。そばにいてくれた。それが、すごく、嬉しかったです」

彼女の声が、ほんの少し震えていた。

でも、言葉はまっすぐだった。

「俺さんがいてくれたから、わたし、ちゃんと歩けた気がします」

(たぶん、俺も……そうだった)

俺も同じように、誰かに支えられたかった。誰にも言えない気持ちを、そっと受け取ってくれる誰かを探していた。

だからこそ、彼女の言葉が、心の奥にすっと入ってきた。

そして――

「……俺、好きです」

自然に、言葉が出ていた。

計算も覚悟もなかった。ただ、そう言わずにはいられなかった。

「君が頑張ってる姿、君がちょっと不器用なところ、黙って泣きそうになるところ……その全部が、俺は好きです」

嫁子が、ゆっくりこちらを見た。

その目は、潤んでいて、でも真っ直ぐだった。

「……それ、本気で言ってます?」

「うん。嘘つく理由、ないから」

「……俺さん……」

(時間が止まったみたいだった)

ふたりの間に、言葉のいらない空気が流れた。

嫁子は、静かに目を閉じて、少しだけ俺の肩にもたれた。

「……信じます。わたしも、俺さんが……好きです」

その言葉が、夜の駅前に、ふわっと落ちた。

誰もいない、冷たい風の吹くホームで。

俺たちはただ、同じ気持ちで、同じ時間を過ごしていた。

終電が行ってしまっても、怖くなかった

「……あ、終電、行っちゃいましたね」

嫁子が、ホームの時計を見ながら言った。

「いいの?」

「いいんです。……もう、ひとりじゃないから」

(そう言った嫁子の声は、いつもより力強かった)

「タクシーで帰る? 送っていくよ」

「はい、お願いします。……でも、もう少しだけ、このままで」

ふたりはベンチに並んで座ったまま、夜風に揺られていた。

缶コーヒーはもうとっくに冷たくなっていたけど、心はずっとあたたかかった。

そのとき、俺ははっきり思った。

――この人と、これから一緒にいたい。

「……ねえ、嫁子」

「はい?」

「いつか……一緒に住まない?」

「……急ですね」

「うん。でも、ちゃんと考えてる。本気だから」

「……そういうの、嫌いじゃないです」

(少し照れたように、彼女は笑った)

そして、空を見上げた。

雲の切れ間から、月が見えていた。

静かに、優しく、ふたりのことを照らしていた。


俺たち、付き合ってるんだよなって思う瞬間

ふたりの関係は、なにも変わってないようで

交際をはじめたからといって、社内での俺たちは特に何も変わらなかった。

嫁子は相変わらず地味で静か。俺も、今まで通り無表情で「仏」のまま。

ただ、朝の「おはよう」が、ほんの少しだけ柔らかくなった。

昼のタイミングで、たまたま(という体で)給湯室で鉢合わせることが増えた。

「今日のお弁当、すごく栄養バランス考えて作ったんです」

「へえ。俺のより絶対うまそうだな」

「見ます? ……あ、でも、恥ずかしいです」

(なぜか嫁子は、俺にだけちょっとおしゃべりになる)

そんな小さなやり取りが、俺の一日を変えていた。

教育係の谷口さんが、また何か気づいていた

ある日、俺が書類を整理していると、谷口さんが横にきて言った。

「最近、嫁子の目つき、全然違うよね」

「そうですか?」

「うん。なんていうか……“大事にされてる人の顔”してる」

(俺は、思わず手を止めてしまった)

「……それって、バレてます?」

「さあね。私は言ってないよ。でも、見ればわかる。あの子、今すごくいい顔してる」

(谷口さんは、昔から、そういうとこに敏い)

「俺さんも、顔は変わらないけど、雰囲気はすごく変わった」

「そうですか?」

「うん。なんかこう……“居場所がある人”っていうか」

その言葉に、俺は黙ったまま、目を伏せた。

確かに、あの頃より毎日がずっと“ちゃんとして”きた。何もかもが、整い始めていた。

嫁子と一緒にいるだけで、そうなった。

「大事にしなよ」

谷口さんは、それだけ言って、自分の席に戻っていった。

(あの人、やっぱりこっちが何も言わなくても全部見てる)

俺は小さく深呼吸した。

終電ベンチは、まだふたりだけの時間

夜の駅、終電前のベンチ。

付き合い始めても、あの場所だけは変わらなかった。

「今日、あったかいですね」

「うん。春が近い」

「……俺さん、最近すごく笑うようになりましたね」

「……君のせいだよ」

(嫁子が照れて、笑って、俯く)

「ねえ、俺さん」

「うん?」

「……私たちって、付き合ってるんですよね?」

「もちろん」

「でも、私、家では何も言ってないんです」

「言わなくていいよ。タイミング、君が決めていい」

(そう言った俺に、彼女は安心したようにうなずいた)

「……じゃあ、そろそろ言ってもいいかも」

「うん、言って。俺も、そろそろ“紹介して”って思ってる」

そう話してるうちに、終電が来た。

でも、その日はなぜか、乗らなかった。

ふたりで、タクシーを待った。少しだけ、夜が長くてもいいと思った。

ふたりで決めた、小さな未来

「俺さん……」

「ん?」

「もし、わたしが、今みたいに派手な格好してたら……」

「うん?」

「将来も……そうしてたら、嫌ですか?」

「そんなことない。君がそうしてるときは、ちゃんと意味があるってわかってるから」

(そう言うと、嫁子は涙ぐんで、そっと俺の手を握ってきた)

「わたし……自分をわかってくれる人がいるって、ほんとに奇跡だと思うんです」

「俺もだよ」

「じゃあ……」

「ん?」

「結婚、しませんか?」

(――その言葉を、まさか嫁子の口から先に聞くとは思ってなかった)

俺は驚いて、一瞬だけ言葉が出なかった。

「……俺から言おうと思ってたんだけどな」

「……先に言った方が勝ちです」

「……はい、勝ちました。よろしくお願いします」

ふたりで、タクシーの中で、ずっと笑っていた。

こんなに笑ったのは、人生で初めてかもしれないと思った。


婚姻届は、終電帰りに出すって決めてた

式はなくても、ちゃんと結婚だった

結婚を決めてからも、俺たちの生活は大きくは変わらなかった。

嫁子は相変わらず控えめで、俺も今まで通り「仏」の顔をして人事部で働いていた。

ただひとつ変わったのは――

“安心”が、ふたりの間にしっかり根を下ろしたことだった。

ある日、昼休みにふたりで資料室に向かう途中、嫁子がぽつりと言った。

「……ねえ、結婚式、どうします?」

「やりたい?」

「うーん……ドレスはちょっと興味あるけど、人前に立つのは苦手だし、家族にもあんまり言いたくなくて……」

「……じゃあ、やらなくていい。ふたりで届けだけ出そう」

「……終電帰りに?」

「うん。俺たちらしくていいと思う」

嫁子は、少しだけ目を丸くして、照れたように笑った。

「……はい。じゃあ、終電で“夫婦”になりましょう」

(その言い方が、なんか泣きそうになるくらい愛しかった)

残業終わりの夜。ふたりで役所に向かった

届けを出す日は、金曜日にした。

その日の仕事もやっぱり残業だった。遅くまで照明が灯るオフィスで、それぞれの業務を淡々とこなしていく。

20時すぎ、谷口さんが俺のところにきて言った。

「……今日だって?」

「え?」

「嫁子から、ちょっとだけ聞いた」

「……はい、今日、提出します」

谷口さんは、口元だけで微笑んで、小さくうなずいた。

「いい日になるといいね」

それだけ言って、足早に自席に戻った。

(あの人のそういうとこ、ほんとにずるいくらい沁みる)

21時すぎ、俺と嫁子は、会社を出た。

終電までは、まだ少しだけ時間があった。

駅の前、いつものベンチに一緒に座る。

「なんか……実感、わかんないですね」

「俺も。でも、こうしてると、ちゃんと“これから”って感じがする」

嫁子が、自分の膝の上で手を組んで、指をぎゅっと握った。

「この用紙、濡らしたらダメですもんね」

「うん、婚姻届って、意外と紙質がしっかりしてる」

「俺さん、ちゃんと記入欄に“濁点”つけて書いたって噂ですよ?」

「……それ言う?」

「ふふ、でも、好きです。そういうとこ」

ふたりで笑いながら、夜の駅前を歩いた。

手には、しっかりと折られたA3サイズの婚姻届。

これが、俺たちの「約束」だった。

やっと、自分の居場所ができたって言った

夜間受付の役所は、静かだった。

受付カウンターの奥にいた女性職員が、俺たちに気づき、カウンターへ出てきた。

「こんばんは、どうされました?」

「婚姻届の提出です」

嫁子が答えた。声が少しだけ震えていた。

「確認しますね。こちら、おふたりで?」

「はい」

記入漏れがないか、係の人が静かにチェックしていく。

その間、俺はふと、となりに立つ嫁子の顔を見た。

まっすぐ正面を見ている。でも、目の奥が赤い。

(たぶん、こらえてるんだろうな)

「はい、内容に不備ありません。これで正式に受理されます。ご結婚、おめでとうございます」

その瞬間――

嫁子が、声もなく泣き出した。

ポロポロと、涙が頬を伝って落ちた。

「……やっと……やっと、居場所ができた気がします」

(それを聞いた瞬間、俺も目が熱くなった)

「俺さん、ありがとう。ほんとに、ありがとう……」

「こちらこそ。出会ってくれて、ありがとう」

誰もいない、夜の区役所のカウンター。

静かで、あたたかくて、ふたりだけの時間だった。

その夜、帰り道でふたりで見た月は、すごくまるくて、やけに明るかった。


終電で拾った女が、今、俺の隣にいる

「拾った」って言ったら怒るかな

金曜日の夜。ちょっとだけ早めに退勤できた俺は、スーパーで弁当をふたつ買って帰った。

ワインも一本。

普段はあまり飲まないけど、今日はちょっとだけ特別だから。

玄関を開けると、台所から「おかえりなさい」の声がする。

「今日は、はやかったですね」

「うん、なんとなく、早く帰りたくなった」

「……ふふ、それは私の料理が恋しかったってことですか?」

「いや、冷蔵庫の中、昨日のカレーしかなかったけど」

「う……」

(嫁子はすぐに口を尖らせる。でも、それがかわいいと思う)

キッチンにふたりで並んで、晩ごはんの支度をする。

といっても、半分は総菜で、温め直したカレーの残りと、俺が買ってきた弁当の盛り合わせだ。

ソファに並んで腰を下ろして、ふたりで食事をとる。

テレビでは、なにかバラエティが流れているけど、音はほとんど耳に入ってこない。

「俺さん、これ、ちょっと辛いかも」

「俺もそう思った」

「……私たち、こうしてると、ほんとに普通の夫婦ですね」

「……君は、普通じゃないよ」

「ひどっ」

「……いい意味で」

「……むぅ。でも……なんか、信じられないですね。あの頃と比べると」

(あの頃――地味で、声が小さくて、夜になると誰にも見られない自分になってた彼女)

「……あの日、俺が終電前の駅で君を見かけなかったら、今ここにいなかったんだろうな」

「……そうですね。でも、私、あの日のことずっと忘れないと思います」

「君が『俺さん、ですよね?』って声かけた瞬間、俺、正直こわかったよ」

「ふふ……変な服だったでしょう?」

「いや、正直、誰かに絡まれてるのかと思った」

「……失礼です」

「でも、そのとき思ったんだ。“この人、助けが必要なのかもしれない”って」

嫁子は、一瞬だけ黙ってから、笑った。

「……それ、昔なら泣いてました。今は、あったかいって思います」

(彼女は変わった。でも、変わったのは、俺も同じだった)

幸せって、案外こういうもんだった

食事が終わって、ふたりで片付けをする。

洗い物を終えて、俺がタオルで手を拭いていると、嫁子がふいに言った。

「俺さん」

「ん?」

「わたし、最近……夜、ひとりでいても怖くなくなりました」

「そっか」

「だって、隣に俺さんがいるから。もう、逃げなくていいから」

俺は、ただ「うん」とだけ答えた。

それで、充分だった。

ソファに戻って、隣同士、くっつくように座る。

テレビの音もBGMにしかならない。

時間がゆっくりと流れていく。

「ねえ、俺さん」

「ん?」

「私、ほんとはあのとき、自販機の前で“助けて”って言いたかったんです。でも、言えなかった」

「……うん」

「でも、俺さんは、何も聞かずに横に立ってくれて。そういうのが、いちばん、救いになりました」

(たぶん、俺も、誰かにそうしてほしかったんだと思う)

「じゃあ、これからも、隣に立ち続けるよ」

「……ほんとに?」

「うん。どこにも行かないから」

嫁子は、俺の肩に頭を預けて、そっと目を閉じた。

静かな夜。深呼吸の音だけが、部屋の中に響いていた。

俺にとって、嫁子は“灯り”だった

電気を少し暗くして、ふたりでぼんやりしている時間が続いた。

俺は、自分の胸の中にずっとあった言葉を、ようやく出した。

「……あのとき、俺は、君を“拾った”って思ってた」

「……拾った?」

「終電の駅前で、たまたま出会った派手な女。声をかけられて、びっくりして。でも、なぜか目をそらせなかった」

嫁子は、少し笑って答えた。

「それ、もし他の人が聞いたら、すごく失礼ですよ?」

「でも、俺にとっては、人生の一番大事な出会いだった」

「……うん、わたしも。俺さんがいてくれなかったら、たぶん私は、今でも夜の駅に立ってたと思う」

「もう立たなくていい。もう、隠さなくていい」

嫁子は、俺の手をそっと握った。

「俺さんのそばが、いちばん安心できる場所です」

「……ありがとう」

(俺にとって、君は“灯り”だ)

(見えなかった場所を、照らしてくれる。そんな存在だった)

その夜、窓の外にはまた、まるい月が浮かんでいた。

同じ月の下で、あの夜、ふたりは出会った。

そして今、ふたりで同じ時間を生きている。

それが何より――しあわせだった。