シングル子持ち同士|2ちゃん馴れ初め風エピソードまとめ【保育園での出会い】

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はっくなび

はじまりは砂場の小競り合い

砂場でけんか、俺たちの出会い

「やめてよ!それ、○○ちゃんが使ってたの!」

「ぼくが先に見つけたもん!」

(……またか。今朝もギリギリだったのに)

朝の保育園の一角、俺は娘の叫び声で我に返った。手には会社の資料を入れた鞄、頭には始業前の会議のことしかなかった。だけど、目の前で起きていたのは、砂場でのおもちゃの取り合いという、保育園らしい、けれど案外面倒な“戦場”だった。

娘は顔を真っ赤にして、見たこともない男の子とスコップを取り合っていた。相手の男の子は、丸顔で元気がありそうな、どこか手慣れた雰囲気の子。年齢はたぶん同じくらい、ということは……。

「あの……すみません、うちの子が……」

その時だった。横から声がした。俺が顔を上げると、そこには一人の女性が立っていた。

整った顔立ちに、スーツに合う落ち着いた色合いのトートバッグ。髪は一つに結ばれていて、首元には仕事用と思われる社員証が揺れていた。――彼女が、その男の子の母親だった。

「いえ、こちらこそ……娘が急に大きな声出して、驚かせたと思います」

(なんだろう、この気まずさ……)

お互い、忙しさの隙間にねじ込んだ登園時間。言葉を選びつつ、子ども同士の衝突をどう収めるか考えていた。

間に入った保育士・浜田さん

「おはようございます。二人とも、今日も元気だねえ」

そこに現れたのが、浜田さん。30代半ばくらい、ベテランの保育士で、園内では“調整役”として保護者の間でも知られた存在だった。

浜田さんは慣れた手つきで、娘と男の子の手をそっと取り、少し離した。

「○○ちゃん、△△くん。スコップはひとつだけど、交代で使えるよね?どっちが先でもケンカになっちゃったら、楽しくなくなっちゃうよ?」

「……うん」

「わかった……」

浜田さんの言葉に、二人はコクリとうなずいた。親の介入よりずっと滑らかに、子どもたちは納得していた。

「お父さん、お母さん、朝は忙しいと思いますが、砂場は人気なんで、どうしてもこういうことが起こるんですよね。よければ、明日はちょっと早めに来て、それぞれ違うおもちゃを持たせてあげるのがいいかもしれません」

「……そうですね、ありがとうございます」

「助かります」

俺と彼女は、まるで同じマニュアルでも読んだかのように、同じタイミングで頭を下げた。

無言のまま園を後に

その後、特に会話もなく、子どもたちを預けて保育園を後にした。彼女とはまだ名前も知らない、ただ“お互い謝る立場だった親”としての接触だけだった。

(妙に疲れた朝だ……)

足取り重く駅に向かいながら、俺は今朝のやり取りを思い出していた。別に悪い印象じゃない。でも、何かひっかかる。彼女のあの曖昧な笑み、どこか無理して笑ってるような気もした。

子ども同士の小競り合い。朝のバタバタ。謝罪と反省。

その中に、なぜか不思議な“始まりの予感”が混じっていた。


登場人物の紹介

■ 俺
35歳、営業職のサラリーマン。平日は朝から晩まで会社に缶詰。4歳の娘を一人で育てているシングルファーザー。妻とは2年前に離婚。子どもは大事だけど、どこかで「仕事が優先」と思ってしまっている自分に罪悪感がある。最近は、朝の登園と夜の迎えだけが、娘と過ごすわずかな時間。

■ 嫁子(名前は語らず表記)
同じく社会人で、年齢は俺と同じくらい。4歳の息子を育てているシングルマザー。スーツ姿から察するにオフィスワーカー、仕事帰りに保育園に迎えに来る姿がよく見られる。穏やかに見えるが、芯は強そう。初対面の印象は「落ち着いてるけど、少し張り詰めてる人」。

■ 浜田さん
保育園の保育士。子どもにも親にも信頼されている。的確に状況を読んで対応できるタイプ。場の空気を壊さずに和らげる技術に長けている。

■ 佐々木さん
保育園でよく顔を合わせるパパ友。週末の公園でよく会う。気さくでフレンドリー、子育てに積極的で、俺とは違って「家族優先」がモットー。後々、俺と嫁子の距離をぐっと縮めるキーパーソンになる。


気まずい朝のあいさつが、少しだけ変わった

また砂場で――今度は笑顔?

「おはようございます」

(……うわ、やっぱり今日もいた)

翌朝。俺が娘と手をつないで保育園に到着すると、昨日と同じ場所、同じ時間に、また彼女と息子がいた。

砂場には、すでに二人の子どもたち。昨日はあんなにもめたのに、今日はなぜか、並んでバケツに砂を入れている。取り合いじゃない。むしろ、協力しているようにも見える。

「……仲直りしたのかもしれませんね」

彼女が、俺の視線を察したのか、小さくつぶやいた。

「……たぶん。子どもってすごいですね。昨日の今日なのに」

(俺らのほうがまだ気まずいままだ)

「うちの子、人と関わるのあんまり得意じゃなくて。でも、今朝は“昨日の女の子来るかな”って、楽しみにしてたみたいです」

「……そうなんですね。うちのも“スコップの男の子また遊んでくれるかな”って言ってました」

二人の間に、ようやくほんの少しだけ笑みが浮かんだ。

名前を聞かない、名乗らない

とはいえ、俺たちは名前をまだ知らない。

「○○ちゃん、△△くんって呼ばれてましたよね、先生に」

「……はい。でも、なんとなく、まだ名前を聞くタイミングが……」

(同じ気持ちだったか)

本来なら、こういう会話が出た時点で名乗るのが自然なんだろう。でも、俺も彼女も、どこかで“境界線”を引いていた。

それでも、会話が途切れないように、子どもたちの姿を話題にし続けた。

「砂をバケツに詰めるの、夢中ですね」

「うち、家では全然片付けないのに、砂は丁寧に入れるんですよ。不思議です」

「……わかります。うちも服は脱ぎ散らかすくせに、スコップは整列させてます」

笑いがこぼれた。

その笑いに、今朝の空気がやわらかくなるのがわかった。

保育士・浜田さんのフォロー再び

「おふたりとも、今朝は良い雰囲気ですねえ」

唐突に入ってきた浜田さんの声に、俺も彼女も少しだけ体を硬くした。

「昨日のこと、ちゃんとお子さん同士で解決できたみたいです。成長ですね」

「本当に……ありがとうございます、浜田さん」

「……助かります」

二人の返事はまたしても同時だった。

「この調子なら、親御さんたちも安心ですね。あ、来週、園でちょっとした水遊びイベントがあるんですよ。もしよければ、朝の送迎で簡単な準備を一緒に見ていただけると助かるんですが」

「水遊び……?」

「砂場の近くに水を引いて、子どもたちが小川づくりとか、泥遊びできるようにしてるんです」

「面白そうですね」

(でも、朝からそんな余裕あるかな……)

「うちは、息子が興味持ってて。昨日から“砂場に川つくるんだ”って騒いでて……」

「娘も、“水持ってこようよ”って言ってました。たぶん、そういう遊びに巻き込まれてますね」

「なら、一緒に見ててもいいかもしれませんね」

俺と彼女は、思わず顔を見合わせた。

目が合って、ふいに気まずくなり、俺は視線をそらした。

(……こんな朝も、悪くないな)

佐々木さんとの偶然の遭遇

その日の夕方、迎えのタイミングで、週末によく顔を合わせるパパ友・佐々木さんと園の門前で鉢合わせた。

「お、○○パパ! おつかれー。あれ? さっき、女の人と喋ってなかった?」

「……ああ、ちょっとした……砂場でな」

「ほう、まさかの“砂場きっかけ”?それ、新ジャンルだな」

(また余計なことを……)

佐々木さんは冗談まじりに笑いながらも、目は鋭かった。あいつは見逃さないタイプだ。俺のわずかな動揺も、きっと全部見抜いている。

「で、そのママさん……いい人?」

「……まあ。たぶん、しっかりしてる人だと思う」

「ふーん。そっか。いいじゃん。最近、君、疲れてる顔してたしな。ちょっとくらい、日常に会話があるのも悪くないって」

(……たしかに、そうかもしれない)

俺はその日、帰り道で少しだけ足取りが軽かった。


朝の関係が、変わり始める

たった数回の会話。

でも、昨日の気まずさはどこかへ行き、今日は自然に言葉が出た。子どもたちが一緒に遊んでいる姿に、俺たちの言葉も少しずつ重なっていく。

名前はまだ知らない。連絡先も知らない。ただ、朝の保育園でだけ会う“話す相手”。

でもそれが、案外、大事な関係の始まりだったのかもしれない。


水を運ぶって、こんなに大変だったっけ

子どもたちの“約束ごと”

「水、持ってくるんだよ! △△くんといっしょに!」

朝の支度中、娘が突然そんなことを言い出した。

(え……水?何の話だ)

よく聞くと、昨日の砂場で、△△くん――つまりあの彼女の息子と、砂場に“川”をつくる計画を立てたらしい。どうやって水を持ってくるつもりなのか、聞けば「ペットボトルで!」とのこと。

俺は慌てて水を詰めた500mlのペットボトルを一本、かばんにねじ込んだ。

(どう考えてもそれじゃ足りない気がするんだけど……)

それでも、子どもの“約束”は侮れない。裏切れば、機嫌が一日中悪くなる。小さなことで世界が崩壊する。それが4歳児という存在だ。

砂場に集まる“水運び隊”

登園すると、やはり彼女と息子がすでに砂場にいた。今日はなんだか、彼女もスポーティーな格好だった。スカートではなく、パンツスタイル。いつもより動きやすそうな服。

「あ……おはようございます。やっぱり、水、持ってきてくれたんですね」

「はい……まあ、娘がずっと言ってたんで」

「うちも、“○○ちゃん来るかな”って、朝から張り切ってました」

二人の子どもは、すでにバケツとペットボトルを構えてやる気満々。だが肝心の“水源”がない。

「で……どこから水を?」

彼女が微妙に困った顔をして、俺に尋ねる。

「……いや、俺も分からないんですよ。園の人が用意してくれてるのかと……」

その時、浜田さんが通りかかった。

「あら、もう始めてるんですか? 今日はホースまでは出せないけど、園の横にある水道を使ってくださいね」

「あ、はい!ありがとうございます!」

子どもたちはさっそくバケツを抱えて水道の方へ走っていった。俺たち二人は、すぐ後を追う。

「……なんか、俺らが手伝う感じになりますね」

「そうですね。思ったよりも本格的になってきました……」

笑いながら言い合いながら、俺たちはバケツを満タンにし、そっと子どもたちのところへ。

(水って……こんなに重かったっけ)

ひさびさの全力バケツ運び。腕がじわっときた。

「わ……重い……!」

「無理しないでください、こぼれちゃいますよ」

「いや、子どもに見せつけないと、“父の威厳”が……」

(もう、威厳なんてカケラも残ってないな)

俺と彼女は、子どもたちの「もういっかい!」に応える形で、水道と砂場を何度も往復した。気づけば、シャツの袖もズボンの裾もびしょ濡れだ。

ひと休みと、初めての素顔

ようやく落ち着いたころ、子どもたちは水と砂でぐちゃぐちゃの“川”に満足しきって、お互いに指さして笑っていた。

「△△くん、ほら、そこに橋つくってよ!」

「○○ちゃん、それ池にしようよ!」

二人は完全に一つのチームだった。

俺たちは、少し離れた木陰のベンチに腰をおろした。

「……おつかれさまです」

「ほんとに。朝からいい運動でしたね」

彼女が、ペットボトルの水を俺に差し出した。

「飲みます? 余ってるんで」

「……助かります。あの子、何回バケツ運ばせれば気が済むんだか」

「うちも同じですよ。でも……」

「でも?」

「なんか、最近やっと、“子育てってこういうのかも”って思えるようになってきたんです」

その言葉に、俺はふと彼女の横顔を見た。

いつも仕事モードのような顔つきだった彼女が、今日はどこか穏やかだった。髪も風で少し乱れていて、目元には疲れと、それ以上の満足感が混ざっていた。

「前は、息子が何か言っても、ちゃんと受け止める余裕もなかったです。でも……なんというか、最近、やっと“話を聞こう”って思えるようになって」

(……それは、たぶん俺にも当てはまるかもしれない)

境界線が少しにじむ

「子どもにとっては、こういう朝が“日常”なんでしょうね」

「ええ。親はバタバタでも、本人たちは大事な時間なんでしょうね」

「……なんか、俺らが協力してるって思われてるのかな」

「たぶん、そうでしょうね」

彼女は、少し照れたように笑った。

名前もまだ知らないまま。でも、砂場の水を一緒に運んだだけで、まるで“チーム”みたいな感覚があった。

子どもたちは、すっかり満足したのか、二人で泥の上に寝そべって笑っていた。

「さすがに着替えさせたほうがいいですね……」

「ですね……着替え、持ってきてないんですけど」

「ありますよ。もしよかったら……」

俺が言いかけたとき、彼女が、ふっと笑って小さく首を振った。

「大丈夫です。なんとかしますから」

その言葉に、“あ、この人……俺とは違う強さ持ってる”って思った。


迎えの時間に見た、ひとりの母の姿

夜の保育園は、ちょっとだけ静かだった

「……遅くなったな」

その日は、会議が押しに押して、保育園の迎えが閉園ギリギリになってしまった。

(娘、怒ってないといいけど……)

小走りで園に着いた俺は、薄暗くなりかけた駐輪場で、ある“見覚えのある後ろ姿”を見つけた。

灯りに照らされた園の窓際、ガラス越しに見えたのは、絵本を読む彼女の姿。そして、その隣には息子と……娘もいた。

二人で彼女の膝を挟むようにして座り、まるで“家族の夜”みたいな、そんな空間がそこにあった。

(……なんで、うちの娘が)

気になって中へ入ると、浜田さんが先に声をかけてきた。

「あ、○○ちゃんのお父さん。おつかれさまです。今夜は遅かったですね」

「すみません、残業で……あの、娘は?」

「あちらにいますよ。△△くんのママさんが、読み聞かせしてくれてます」

(……そういうことか)

俺が戸を開けると、彼女が少し驚いたように顔を上げた。

「……あ、おつかれさまです。○○ちゃん、少し前に泣きそうになってて。閉園近くなってから、私のところに来たんです。ほっとけなくて」

「……ありがとうございます。助かりました」

「いえ、うちの子も“○○ちゃんがひとりでかわいそう”って言ってたから」

娘はというと、俺を見つけたとたん、少し照れたように「パパ、きたー」とだけ言って、また彼女に寄り添っていた。

(……甘えてる。俺には見せない顔だ)

彼女のそばにいる娘の表情は、なんというか、やわらかくて素直だった。

少しだけ、踏み込んだ会話

外に出て、二人で駐輪場を歩きながら、俺は思わず口にしていた。

「……本当に、ありがとうございました。あの子、寂しがりやで、でも俺には甘えてこないんです」

「うちも、です。最近やっと“抱っこして”って言ってくれるようになって。でも、会社帰りだと、荷物もあるし……つい、“あとでね”って言っちゃって」

「……わかるな、それ」

「私……前までは“仕事も子どもも”って、全部ちゃんとやらなきゃって思ってたんです。でも、無理でした。どっちも中途半端で、息子にも“きょうはママ怒ってばかり”って言われて……それで離婚も」

彼女は、夜風に少し揺れる髪を押さえながら、ゆっくりと言葉を紡いだ。

「……俺も同じです。最初は“養うのが役目”って思ってて、でも……気づいたら、何も届いてなかった」

「……それ、わかるかも」

俺たちは、似ていた。表面的には“ちゃんとやってる”親。でも中身はいつも手探りで、どこか自信がなくて、誰かに“いい親だね”って言われたくて。

でも、子どもたちの前では、ちゃんとした顔をしなきゃいけなかった。

「……だから、今日助けてもらって、すごく嬉しかったです」

「私のほうこそ。○○ちゃんが、“△△くんママがいい匂いする〜”って言ってたのが、地味に嬉しかったです」

「はは、それは褒め言葉ですね」

自然と笑いがこぼれた。

夜の保育園前。誰もいない駐輪場に、ふたつの影が並んで立っていた。

名前を知らない関係。それでも、少しだけ“味方”に思えた夜だった。

子どもたちの、見えない気遣い

帰り道、娘がぽつりと言った。

「△△くんママ、ぎゅってしてくれたよ」

「そうだったのか」

「でも、パパも、ぎゅってしてくれていいよ?」

(……え)

思わず立ち止まり、俺はしゃがんで娘を見つめた。

「ぎゅってしていいの? ほんとに?」

「うん。きょうは、パパのにおいがする」

俺は娘をそっと抱きしめた。小さな背中に、心がじんわりとあたたかくなった。

(ああ、今日……間に合ってよかった)


カレーの話で輪ができた

「なんでうちの子、そんなに“△△くんちのカレー”好きなの?」

その日の朝、娘が言った。

「きのう、△△くんのママが、カレー作ったって」

「へえ、そうなんだ」

「それでね、“うちのよりおいしいかも”って!」

(……おい)

出勤前の忙しい時間だったが、その一言が妙に引っかかった。
カレーは我が家で唯一“自信作”だった。
市販のルウを3種類混ぜて、コクと深みを出す“俺の黄金比”。
それを軽々と超えてきた存在に、なぜか勝手に対抗心が芽生えた。

(どんなカレーなんだ……)

まるで子どもの恋バナを探る親のように、俺は朝の園庭で、自然なふりして話題を振った。

「……あの、昨日ってカレー作られたんですか?」

「えっ? あ、はい。なんか息子が急に“カレーがいい!”って言い出して。冷蔵庫の整理ついでに」

「うちの子、それ聞いてました。“こっちのほうがおいしいかも”って……ちょっとショックで」

「あ、それは……すみません! うち、ほんとに何でも入れるんですよ。トマトとか、インスタントコーヒーとか……あと、ケチャップとか」

「ケチャップ……!?」

「え、使いません?」

「俺は3種のルウ派ですね。“ジャワ・バーモント・ディナーカレー”で混ぜてます」

「うわ、それガチ勢ですね……!」

砂場の横で始まった“カレー談義”

子どもたちはすでに夢中で砂遊びを始めていたが、大人二人は砂場の横で“本気のカレー談義”を展開していた。

「肉は牛ですか?豚ですか?」

「……安い日は豚。こだわる日は鶏の手羽元」

「手羽元……それは強い……!」

「でも骨付きだと子どもが面倒くさがるんですよね」

「わかる! だから私はルウを入れる前に一度抜くんです、身だけ残して」

「……なるほど、参考になります」

子育て、家事、仕事――バラバラに散ってたはずの話が、“カレー”というだけでなぜかまとまっていく。

(こんなにしゃべれるんだな、俺)

気づけば、今までで一番自然に彼女と話していた。

園庭にできた“輪”

そこに現れたのが佐々木さんだった。保育園に息子を送ったあと、少し立ち話することがあるパパ友だ。

「ん? 二人して何の話?」

「カレーです。子どもが“うちのより△△くんのほうがおいしい”って言ったから、ちょっと悔しくて……」

「うわー、それ俺もある! “佐藤くんちの肉じゃががおいしかった”って言われて、帰りに肉じゃが勉強したわ」

「その気持ち、わかります」

「てかさ、いっそ“パパママ料理選手権”やる? 園のバザーとかで」

「それ、いいですね!」

話は一気に広がった。保育園での家庭料理交流。子どもたちの“好きな味”を集めて、ミニイベントにしようという話まで飛び出した。

「“おうちカレーNo.1”決定戦とか、盛り上がるかも」

「それ、優勝商品は“園長先生からの表彰状”で」

「……本気でやります?」

「やりますか」

まさかの展開。でも、不思議と悪くなかった。

俺たちは、ただの送り迎えの親同士から、“何かを企む仲間”になっていた。

娘がポツリと、言った

帰り道、娘が俺の手を引きながら言った。

「パパ、きょうはよくわらってたね」

「……そうか?」

「うん。△△くんのママと、いっぱいしゃべってた。たのしそうだった」

(そんなふうに見えてたのか)

「……パパもね、ちょっと楽しかったんだよ」

「じゃあ、こんどみんなでカレーつくって!」

その声に、俺は思わず立ち止まった。

「みんなで?」

「うん。△△くんと、ママと、パパと。いっしょがいい!」

娘は、満面の笑顔でそう言った。

(……いつのまにか、そうなってたのか)

家族って形じゃないけど、いつのまにか“輪”の中に彼女も入っていた。


居酒屋で話した、“あの日のこと”

子守を引き受けた夜

その日、俺は大きなトラブル対応で帰りが大幅に遅くなることが確定していた。保育園に迎えに行けない。しかも、実家の親にも頼れない日だった。

(どうしよう……)

そんなとき、ふと浮かんだのが、彼女の顔だった。

(まさか、頼めるわけ……いや、でも)

迷った末、勇気を出して、夕方前に保育園で会った彼女に小声で話しかけた。

「……あの、今日なんですけど。迎え、俺どうしても間に合わなくて」

「はい?」

「もし、よかったら……○○のこと、うちに連れてってもらえないでしょうか。無理なら大丈夫です、もちろん……!」

自分で言ってても、ずうずうしい頼みだった。でも彼女は、ほんの一瞬驚いた顔をしたあとで、うなずいた。

「……わかりました。息子と一緒に、ごはんでも食べさせておきます。迎えには、何時ごろ来られそうですか?」

「21時には、どうにか」

「じゃあ、それまでに風呂まで入れておきますね」

「……本当に、ありがとうございます」

彼女の横顔が、ものすごく頼もしく見えた。

(……なんだろう、この信頼感)

そして21時過ぎ、俺は彼女のアパートの前に立っていた。

はじめて見た“生活感”

ピンポンと鳴らすと、すぐにドアが開いた。中からは、息子くんの「パパきたよー!」の声と一緒に、娘のはしゃいだ声が聞こえてきた。

「おじゃまします……」

「どうぞ。靴、脱ぎっぱなしでごめんなさい」

玄関から見えたリビングは、思っていたよりずっと“生活感”があった。おもちゃが散らばり、子どもの落書きが壁に貼られ、テーブルにはカレーの残りの鍋が置いてあった。

「うちのと違って、ちゃんと“子どもの家”って感じですね」

「散らかってるって意味ですね?」

「いえ、あの、そういうつもりじゃ……!」

彼女がクスッと笑った。

「気にしないでください。うち、ずっとこんなですから」

娘はというと、ソファに深く沈み込みながら、すっかりくつろいでいた。

「△△くんと、いっしょにアンパンマン見たよ!」

「ふたりとも、だいぶ仲良しですよね」

「そうですね、自然と。親が言うのも変ですけど」

自然と、ダイニングテーブルの椅子に並んで座っていた。

俺と、彼女と。

二人の間に、子どもはいなかった。だけど、言葉はぽつりぽつりと、ちゃんと交わっていた。

あの日のこと

「……こういうの、ほんと久しぶりです」

彼女が言った。

「誰かを家に入れて、ごはん作って、ちょっとしゃべるだけで……なんか、満たされるというか」

「わかります。うちも、誰か来るとしたら、実家の母ぐらいでしたから」

「でも……夫婦だった頃は、こういう夜がむしろ一番つらかったです」

(……)

「隣にいても、会話なくて。子どもが寝たあとも、スマホばっかり見てて。『家族』ってなんなんだろうって、よく思ってました」

彼女の声が、夜の静けさにやさしく溶けていく。

「……俺も、同じでした。仕事で疲れてるのを理由にして、家のこと全部人任せにして……そのくせ、文句ばっかりで」

「“がんばってる”って言ってほしかっただけなんですよね。たぶん、どっちも」

沈黙があった。でも、それは居心地の悪いものではなくて、お互いの過去を、ゆっくり確かめ合うような、そんな時間だった。

初めての告白、ではなかったけど

「……こうして話せるの、俺にとってすごくありがたいです」

「私も……です」

「……君とだったら、家庭ってのも、悪くないかもな」

彼女が目を大きく見開いた。

それから、目をそらして、少しだけ笑った。

「それ、酔ってるときに言うのが普通じゃないですか?」

「今、シラフです」

「……じゃあ、なおさら重たいです」

「重たくてごめん。でも、嘘じゃない」

それきり、彼女は何も言わなかった。

でも、ほんの少しだけ近づいた指先が、机の上で、俺の小指に触れた気がした。


卒園式で肩を叩いた小さな手

園舎の中、きらきらした春の光

「卒園おめでとうございます」

園長先生の挨拶が終わったとき、俺は胸の奥が少しだけ熱くなっていた。
平日の午前。スーツを着て娘と並んで座ったホールの椅子。
薄くカーテンを透ける春の光が、園児たちの頭を照らしていた。

(……卒園、か)

たった3年。でも、その中で俺の娘は、ちゃんと人と関われるようになって、言葉も、態度も、ずいぶん“お姉さん”になった。

俺はこの子の成長を、ちゃんと見てこれたんだろうか。

「おとうさん、なに、ないてるの?」

(泣いてねぇし……ちょっと、鼻がムズっとしただけ)

隣で小声で言ってくる娘の顔は、今日に限って少しだけキリっとしていた。
胸元の白い花飾りがよく似合っていた。

彼女も、同じ場所にいた

ふと反対側の席を見ると、彼女がいた。
彼女も、△△くんの手を握りながら、静かに笑っていた。
目が合って、ほんの一瞬だけ、会釈する。

それだけなのに、心の奥にふっと温かいものが広がる。

(よくここまで、がんばったな)

それは、自分に対してでもあり、彼女に対してでもあった。

子どもたちの成長は、親たちの努力の積み重ねでもある。
一人じゃできなかったことを、彼女と一緒にやってきた。
名も知らなかったあの朝から、気づけばここまで。

思えば、あの日の砂場の喧嘩がなければ、こんなふうに同じ場所に並ぶこともなかった。

「では、園児代表、あいさつを――」

子どもたちの声が重なり、俺はまた目頭を押さえる羽目になった。

(……やっぱり、泣いてんのかもしれない)

小さな手が、交互に肩を叩く

式が終わって、親たちは少し雑談しながら園庭へ向かっていた。

娘は、なぜか俺と彼女の間を行ったり来たりしていた。

俺の肩を「トン」、そして彼女の肩を「トン」。

また俺に戻ってきて、「トン」。
まるで、“両方一緒がいいんだよ”って言ってるみたいに。

「○○ちゃん、それ……」

彼女が言いかけた言葉を、俺が先に口にした。

「ねえ……こういうの、子どもって一番わかってるのかもしれませんね」

「……ええ、ほんとに。親の気持ちなんかより、よっぽど素直に」

△△くんも笑っていた。
“パパ”じゃない俺にも普通に話しかけてくれるようになっていた。

「また、あそぼうね!」

「こんど、うちでピザやこうよ!」

「○○ちゃんもくる?」

「もちろん!」

――あぁ、もう完全に“友だち”だ。

そして、彼女と俺は、そんな無邪気な子どもたちの姿を見ながら、ふたり並んで笑っていた。

何も言わなくても、自然と横に立つ距離感。
かつて、気まずかった“あの距離”とはまったく違っていた。

いつのまにか“当たり前”に

式のあと、園庭で撮った集合写真に、なぜか俺も彼女も自然とフレームインしていた。

「お二人、ほんとにいいチームですね〜」

そう言ったのは浜田さんだった。

「チーム……ですか?」

「ええ。私、最初からちょっと気づいてたんです。“この二人、きっとどこかで繋がる”って」

「……俺、最初、めちゃくちゃ気まずかったですよ」

「私も。子どもが喧嘩してる前で“すみません”の応酬、ほんと疲れてましたから」

「でも、今は?」

「……うん、今は、よかったと思います」

ふたりとも、そっと視線を交わした。
そこにはもう、名前を知らなかった頃のぎこちなさも、砂場の距離感もなかった。


ふたりで考える“これから”

「ふたりで暮らすって、どういうことだろう」

卒園式の数日後、佐々木さんに誘われて、久しぶりに居酒屋に行った。

子どもは実家に預けて、少し遅い時間に合流。
彼女も一緒だった。初めてじゃない、でも“ふたりでの外飲み”はこれが初めてだった。

「今日は……飲みましょうか。いっぱい」

彼女は少し照れながらも、グラスを掲げた。

「……おう、じゃあ乾杯」

(……もう、気取る必要なんてない)

「△△くん、最近“また○○ちゃんち行きたい”ってうるさいです」

「うちも、“△△くんママ、料理うまいよね”って。……カレーのこと、ずっと言ってる」

ふたりで笑った。
酒が入ると、妙に素直になれるのが不思議だった。

「……でもさ」

ふいに、彼女が箸を止めた。

「“ふたりで暮らす”って、実際どうなんでしょうね」

「……ああ」

「うちの子がね。昨日、“パパできたらいいのに”って言ったんです」

「……」

「“○○ちゃんのパパ、やさしいよ”って。……それ、ずるいですよね」

彼女の声が少し揺れていた。

「……君のせいじゃない。子どもって、いちばんちゃんと見てるだけだよ」

俺は、そっとグラスを置いた。

“家庭”という言葉に、まだこわさがあった

「前の生活が、ずっと頭に残ってるんです。ちゃんとしなきゃって思うと、逆に何もできなくて。あの頃の自分が、ずっと背中にいる気がして」

「……それ、俺も同じだよ」

「でも……あなたといるとき、あまり“ちゃんとしなきゃ”って思わない」

「それって、悪い意味?」

「ちがう。“無理しなくていい”って思える人、ってこと」

(……それなら、もう俺は決めてる)

俺は、彼女の目を見て、まっすぐに言った。

「君と一緒にいる時間が、俺にとっての“家庭”だと思ってる。形じゃない。住所や戸籍じゃなくて、朝、目が合って“おはよう”って言えるかどうか」

「……それ、言いすぎですよ。酔ってます?」

「酔ってるけど、言いたくて言ってる」

彼女は、俯いて、ちょっとだけ笑った。

「……じゃあ、もうちょっとだけ、付き合ってもらっていいですか?」

「もちろん。何年でも」

その瞬間、“未来”が少しだけ近づいた気がした。

帰り道、静かな夜風の中で

駅前の灯りがぼんやりと揺れていた。
ふたり並んで歩く道。会話はなくても、居心地はよかった。

「○○ちゃん、寝たかな」

「うん。今日は佐々木さんちで“お姫さまごっこ”するって言ってたから、たぶん爆睡してる」

「△△くんも、“パパの代わりになってくれないかな”って言ってた」

「……それは、うちも同じです」

彼女がそっと、俺の手に触れてきた。
指先が重なるだけで、言葉はもういらなかった。

ふたりの間には、名前も形式もない“約束”が、そっと結ばれていた。


砂場と離婚から、奇跡の再スタート

「ただいま」がふたつ、交わる家

引っ越しは、思っていたよりずっとあっさりしていた。

「荷物、意外と少ないですね」

「必要なものだけでいいって言ったの、君だろ」

「……そっか。言いましたね」

そう言って笑い合う、土曜日の午後。
ダンボールが積まれた部屋に、娘と息子の笑い声が響いていた。

「こっち、△△くんのスペース! ベッドも並べて!」

「○○ちゃんのぬいぐるみ、うちの棚に入れていい?」

(子どもたちの順応力って、すごい)

俺たちの新しい家には、名前のない境界線がある。
“父と娘”“母と息子”という、元々の線。
そして、ふたつの線が重なって、やわらかい円になる場所がある。

洗濯物を一緒にたたみ、買い物を交代で行き、夕飯を一緒に囲む。

気づけば、毎日が“共同作業”だった。

彼女が言った。

「“家庭”って、できあがるものじゃなくて、“つくる”ものなんですね」

「俺たち、けっこういい線いってる?」

「……合格点、あげてもいいかも」

(ほんとは満点だけど、って顔してた)

あの日の砂場に、また立ってみた

日曜日の午後、久しぶりに保育園の前の公園に家族で遊びに行った。

砂場は、あの日と同じ場所にあった。
スコップがふたつ、誰かの忘れ物が、ぽつんと残っていた。

娘が走ってきて、言った。

「ここ! ここで△△くんとけんかしたとこ!」

「えー! ぼく、もうわすれた!」

「うそだー!」

子どもたちは、スコップを手に砂をすくっていた。
あの時と同じ景色なのに、まったくちがう時間が流れている。

「……はじまりはここだったね」

彼女が、ベンチに座りながらぽつりとつぶやいた。

「名前も知らなかったね」

「“すみません”しか言ってなかった」

「そう思うと、よくここまで来ましたね」

「うん。奇跡だよ、まじで」

「……でも、ちゃんと努力しましたよ。お互いに」

(たしかに。どちらか片方じゃ、ここまで来れなかった)

彼女が俺の手にそっと触れた。
その手は、あの日の水を運んだ手で、
あの夜、娘をぎゅっとしてくれた手だった。

「……ありがとう」

「こちらこそ。君がいてくれてよかった」

どこかで子どもたちの笑い声が、空に抜けていった。
まぶしい光が、彼女の髪をきらきらと照らしていた。

最後の“報告”

後日、保育園の連絡帳にこう書いた。


報告:新しい生活について

○○の父より

このたび、○○は新しい環境の中で、△△くんと一緒に暮らすことになりました。
家庭の形が変わるというのは、簡単なことではありませんでした。
でも、子どもたちの関係性、大人たちの小さな協力が、
いつの間にか“奇跡”のような生活をつくってくれました。

はじまりは砂場の小さな喧嘩。
そこから育った、ふたりの家族のかたち。
“再出発”とは、こういうことなんだと知りました。

園の皆さま、そして浜田先生、
いつも支えてくださってありがとうございました。

これからも、“笑い声のある家”を目指します。


(完)