恋愛経験がゼロの私がマッチングアプリで初めての恋【結婚したい・婚活・出会い馴れ初めエピソード】

恋愛経験がゼロの私がマッチングアプリで初めての恋【結婚したい・婚活・出会い馴れ初めエピソード】

この馴れ初め話は著作権フリーで改変も自由・YouTubeの素材やSNSでご使用いただいても問題はありません。ただ以下のリンクを張っていただけたら幸いです。
はっくなび

マッチングアプリ登録、そして絶望

「どうせ誰にも、見つけてもらえないと思ってた」


私の名前はここでは伏せておきます。ただ、年齢は36歳。現在は都内の中規模企業で派遣社員として、経理補助の仕事をしています。正社員になった経験はありません。実家暮らしで、友達は……正直に言えば、もう何年も連絡を取っていません。

恋愛経験はゼロ。中学、高校、大学、そして社会人になってからもずっと、恋愛というものから距離を置いて生きてきました。というより、向こうからも近づいてきませんでした。私は特別可愛いわけでもないし、社交的でもない。むしろ「壁を作ってる」とか「なに考えてるかわからない」って言われて、疎まれる側の人間でした。

昔、いじめにあったことがあります。中学の頃、仲が良いと思っていたグループの子たちから突然無視されて、机には「死ね」って書かれたこともありました。あの時から、人間関係に強い恐怖を感じるようになって。表情を読みすぎる癖、声をかけられたときの過剰反応、過去の記憶がフラッシュバックする癖、全部、まだ抜けません。

そんな自分を慰めるように、夜な夜なスマホで詩を書いたり、空の写真を撮ってSNSにアップしたりしていました。誰かの「いいね」や共感のコメントが、私の“存在の証明”でした。でも、それは本物のつながりじゃない。指先一つで切れてしまう、そんな薄い糸。

だからといって、現実の人間関係には戻れない。恋愛なんて、結婚なんて、私には関係のない世界だと思っていました。だけどある日、ふと広告で目にした「マッチングアプリ」のバナーに、心が揺れました。

(どうせ、誰にも見つけてもらえない。でも……誰かひとりくらい、話せる人がいたら……)

そんな気持ちで、私は登録ボタンを押していました。


旦那くん──名前はここでも伏せたままで


彼とは、マッチングアプリで出会いました。年齢は38歳。職業は「商社勤務」とプロフィールにありました。最初に目を引いたのは、プロフィール文の最後の一行です。

「読書とコーヒーが好きです。静かな時間を誰かと分かち合えたら嬉しいです。」

他の人たちのように派手な写真もない。自撮りもない。風景の写真一枚、文章も短く、そっけない。でも、逆にそれが気になりました。飾らず、無理していない。それでいて、心の奥には何か、穏やかなものを大切にしてる人なんだろうなと、なぜか伝わってきたのです。

彼のいいねを受け取ったとき、私の心臓は思いがけずドキッとしました。まるで、初めて心臓が“恋愛”という言葉に反応したような感覚。でも、そのときの私はまだ、自分の人生が変わるなんて思ってもいませんでした。


奇跡の一致

「読んでた本が同じだった」


マッチング成立の通知が鳴ったのは、仕事終わりの電車の中だった。

(どうせ、営業メールか、業者のアカウントだろう)

そう思いながら通知を開くと、そこには一言だけ。

「いいね、ありがとうございます。プロフィール、じっくり読ませてもらいました。」

まさかの“普通の文面”だった。顔文字も絵文字もなく、短いけれど、どこか丁寧さがにじんでいた。その時点で、他の人と何かが違うと感じた。

私は震える指で、返信を書いた。

「こちらこそ、読んでくださってありがとうございます。趣味のところ、拝見しました。読書……私も好きです。」

(うまく書けてるかな。変に思われないかな)

返事が来たのは10分後。あまりに早くて、ドキッとした。

「そうなんですね。好きな作家さん、いらっしゃいますか?」

(えっ、普通の会話が始まってる……!)

まるで、クラスで初めて声をかけてもらった日のことを思い出した。私のような人間に、普通に言葉を向けてくれる人がいる。しかも、こちらの言葉を受け取ってから返してくれる人が。

その後のやりとりは、どこかぎこちなく、でも、あたたかかった。


「伊坂幸太郎さんの本が好きです」

「僕も、『重力ピエロ』を何度も読み返しました」

「えっ……私も……何回読んだかわからないくらい……!」

「静かな文体なのに、心にズドンとくるところ、ありますよね」

「はい……特に、“家族のあり方は自分で決める”ってくだりが、すごく印象に残ってて」

(まさか……こんな風に、本の話ができるなんて)

どんどん、心の壁が揺れていくのが自分でもわかった。私は、こういう会話がずっとしたかった。誰かと、意味のある言葉を交わしたかった。単なる「可愛いね」とか「趣味は何?」じゃなくて、もっとずっと、深くて静かな何か。

彼は話題を急に変えたりしない。こちらが書いた内容にきちんと触れてから、自分のことを返してくれる。

──そして、三日目のやりとりで、彼がこんなメッセージを送ってきた。

「よかったら、今度、直接お話ししませんか。無理なら無理で大丈夫です。」

私はスマホを持つ手が止まった。ドクン、ドクンと心臓の音が耳に響いていた。

(どうしよう……会って、変な空気になったら? 写真より老けてるとか思われたら?)

でも、同時に。

(この人なら、変なことは言わないかもしれない……)

そう思える不思議な“安心”があった。


初めての約束は、日曜日の午後。
場所は、静かな駅前の喫茶店。


前日、私は緊張しすぎて眠れなかった。服も何度も着替えて、髪もいつもより丁寧に乾かして。

(これが最後の機会でも、いい。ちゃんと、この人と向き合いたい)

そう思えたのは、この数日間が、たった数日とは思えないほど、濃かったから。

「読書趣味の人に出会いたかった」と、私もずっと思っていた。でも、マッチングアプリでそれが叶うなんて思わなかった。言ってしまえば──奇跡だった。

そして翌日、私は彼と“初めて”の約束に向かった。


初対面の沈黙

「喫茶店で、言葉が出なかった」


日曜日の午後。
空は曇っていて、風が少し強かった。そんな日だった。

(こんな日に、初対面って……でも逆に、眩しすぎなくて助かるかも)

私は早めに喫茶店に着いて、窓際の席に座った。小さくて古い、でも清潔な喫茶店。テーブルに置かれた一輪のカーネーションが、妙に目に残った。

席に着いた瞬間から、心臓が痛いくらいに打っていた。スマホを握る手も汗でじっとりしていて、何回もカメラを開いて前髪を確認して、閉じて、また開いて。

(帰った方がいいかもしれない)

そんな思いが頭をよぎったとき、入口のドアがカラン、と鳴った。

ゆっくりと入ってきたのは──プロフィール写真と同じ雰囲気の人。細身で、シャツとジャケット、シンプルで地味だけど清潔感がある。

彼は、私を見つけて少し首を傾げて、それから笑った。

「はじめまして……ですよね」

私は、かろうじて笑って、頷いた。言葉が喉に詰まって、出なかった。

彼は私の前に座ると、少しだけ背中をまっすぐにして、姿勢を正した。その仕草が、不器用なくらい丁寧で、なんだか可愛かった。

「すみません、緊張してて……」
「……私もです(そう言ってくれて、少しだけ安心した)」

その瞬間、ふっと肩の力が抜けた気がした。


メニューを開く彼の指先が、ほんの少し震えていた。

「えっと……コーヒー、ブラックで大丈夫ですか?」
「はい。いつもそうなので(覚えててくれたんだ……)」

「じゃあ、僕も同じにします」

店員さんが注文を取りに来た間、少しの沈黙。目が合わなくて、お互いメニューを見たり、窓の外を見たり。

でも、その“静けさ”が、なぜかつらくなかった。むしろ、どこか落ち着いた。

「この店、初めて来たんですけど、雰囲気がいいですね」
「うん……落ち着きますよね。あと、駅から近いのも助かります」

そんな、あたりさわりのない会話。それだけなのに、なぜか心がいっぱいになっていった。


そして──コーヒーが届いて、二人で一口。

「……苦いけど、香りがいいですね」
「ほんとに(こうして、同じものを飲んでるのが不思議)」

その瞬間、彼がカップの縁を見つめながら、ぽつりと言った。

「実は……人見知りで、こういうの、あまり得意じゃなくて」
「……私もです。会うの、すごく、怖かった」

「……でも、来てよかったです」

彼がそう言ったとき、私の胸の奥で何かが小さく弾けた。
それは──ずっと塞がっていた扉が、少しだけ開いた音。


喫茶店の時間は、静かに、でも穏やかに過ぎていった。

帰り際、私たちはほとんど言葉を交わさずに席を立った。でも、それが自然だった。無理して話す必要がない。その“沈黙”が、苦ではないということを、彼が証明してくれた。

「じゃあ、また……連絡します」
「……はい。ありがとうございました(もっと、話したかった)」

改札の前で、少しだけ目が合って、それぞれの道へ。

(今日は、何も起きなかったかもしれない。でも、私の中では大きな一歩だった)

その夜、布団の中で彼からのメッセージが届いた。

「今日はありがとうございました。少し緊張しましたが、お会いできてよかったです」

その文面に、私は何度も「うん」と頷いた。

(私も、そう思えた)


夜中のやりとり

「眠れない夜に、話せる人がいる」


あの日の夜、久しぶりに、私はスマホを握ったまま眠りにつけなかった。
彼からの「今日はありがとうございました」という短いメッセージが、胸の中で何度もやさしく反響していた。

(あんなに静かな人なのに、あんなに誠実に言葉をくれた)

画面の明かりがぼんやりと天井を照らす部屋。布団の中でごろごろ転がりながら、私は既読をつけたまま、指を動かせずにいた。

(何て返したらいいんだろう)

「こちらこそ、お会いできてよかったです」
そう返すまでに、10分以上かかった。

なのに──

「そう言っていただけて安心しました」
と、彼はすぐに返してくれた。

(安心……なんだか、あたたかい言葉)

気がつけば、それがきっかけでチャットが再開した。日付が変わった頃だった。誰もいない部屋。音もしない。でも、画面の中だけがゆっくりと灯っている。


「コーヒー、飲み慣れてる感じでしたね」
「いえ、実は今日のために家で練習しました(笑)」

「……それ、かわいいです」
「えっ、かわいい……?(うそ……)」

思わず顔が熱くなって、スマホを顔に投げそうになった。

「かわいいって……」
「その、一生懸命な感じが……素敵でした」

(この人……からかってるわけじゃないんだ)

彼の言葉には、飾りがない。その分、妙にまっすぐで、まっすぐすぎて、こちらの方が勝手に赤面するくらいだった。

「実は、あんまり喫茶店とか行かないんです」
「僕も、いつも同じコンビニのコーヒーです」

「でも、今日のは美味しかった」
「ええ。……それに、誰かと飲むって、いいですね」

(“誰かと”って……たぶん、私のことだ)

嬉しい、というより、“あたたかい”という気持ちが、静かに心の中に染み込んできた。


気がつくと、チャットは2時間以上続いていた。

話したのは、好きな本、休日の過ごし方、音楽の好み、そして少しだけ、昔のこと。

「中学生のとき、無口ってからかわれたことがあって……」
「私も、似たようなことがありました。だから、人と話すの、怖かったです」

「……話しやすいって思ってもらえてたら、嬉しいです」

「はい、すごく。……心の声に似てる感じがして」

(心の声……なんて言われたの、人生で初めてだった)

その一言が、私の胸を静かに震わせた。


夜中の2時、彼から最後に送られてきた一文。

「よかったら、またお話ししましょう。無理はなさらずに」

それを読んで、私はスマホを握りしめたまま、静かに頷いた。

(また、話したい。もっと、知りたい)

眠れない夜に、誰かと話せる安心。そんな感覚を、私は今まで知らなかった。

画面を閉じた後も、まぶたを閉じても、彼の言葉が頭の中に残っていた。
次に会う約束は、まだ何もしていなかった。でも、会える気がしていた。

(今度は、もっとちゃんと笑いたい)

そう思えたことが、何よりの“進歩”だった。


恋に似た感情

「こんな気持ち、初めてだった」


二度目の対面は、前回よりずっと自然だった。

あれから、毎晩のように彼とチャットをした。朝の「おはよう」、夜の「おやすみ」。仕事終わりのちょっとした愚痴、読んだ本の感想、近所のカフェで飲んだコーヒーの話。どれも大きな話題ではなかったけれど、私の中ではどれもが、大事な“大きな言葉”だった。

(誰かと毎日言葉を交わすだけで、世界が変わるなんて思わなかった)

そして、再び駅前の喫茶店で会った私たちは、前よりほんの少しだけ近い距離で座った。


「こんにちは」
「こんにちは……今日も、ありがとうございます」

彼は、私の前に座ると、少し照れくさそうに笑った。
その笑顔に、胸の奥がくすぐったくなる。

(こういう時に「好き」って、言うのかな……?)

まだ名前の知らないこの感情に、私は戸惑っていた。

私たちは、今日は少しだけ長く話をした。天気のこと、映画の話、そしてまた本の話。

「最近、『舟を編む』を読み直してて」
「……私も、読みました。主人公の、言葉への姿勢が好きです」

「静かだけど、あたたかいですよね」
「あなたの話し方に、ちょっと似てます」

(……こんなこと、よく言えたな)

言ってから、私はすぐに俯いた。なのに彼は、驚いたような、嬉しいような顔をしてくれた。

「……そう言っていただけて、光栄です」


喫茶店を出たあと、彼が少しだけ歩きませんかと誘ってくれた。

風はまだ冷たかったけど、陽の光が差し込む河川敷は穏やかで、私たちは並んで歩いた。

「この道、昔よく散歩しました」
「私、ひとりで歩いたことしかなかったです。……誰かと歩くの、初めてです」

そう口に出してから、はっとした。

でも、彼は立ち止まらず、ただ頷いた。

「僕も……そんなに人と、歩くことはなかったかもしれません」
「……なんだか、不思議です。知らない人だったのに」

「今では、話せてない日があると、少しだけ寂しいなって思います」

(そんなこと、言われたら──)

心の中があたたかくなる。お風呂上がりのタオルみたいに、柔らかくて安心する感情。

それが“恋”というものなのかどうか、私にはまだ分からなかったけど、

(もし恋って、こんな気持ちなら、私は……もう落ちてるかもしれない)

そう思った。


帰り際、駅の前でふたり、立ち止まった。
夕陽が彼の横顔を淡く照らしていて、私は思わずその横顔を見つめた。

「……今日は、誘ってくれてありがとうございました」
「こちらこそ。……また来週、もしよかったら、同じ店で」

「はい。私も、また会いたいです(ほんとは、すぐにでも会いたい)」

電車に乗り込んでからも、私はずっと、彼の姿を探していた。
見えなくなったその背中に、なぜか少しだけ涙が出そうになった。

(まだ始まってもいないのに、もう……終わらせたくないって思ってる)

私はスマホを開いて、さっき撮った河川敷の写真を見返した。
その風景に、初めて“誰かとの記憶”が宿っていることが、何よりの奇跡だった。


手をつなぐ勇気

「初めて、誰かと手をつないだ日」


それは、三度目のデートの終わり。
いつもと同じ喫茶店でコーヒーを飲んで、同じように本の話をして、でもその日だけは、何かが違っていた。

空気に、静かな緊張があった。
言葉は穏やかだったけれど、互いの視線が、少しだけ長く絡んだ。


「最近、朝起きて、最初にスマホを見るのが習慣になっちゃいました」
「……僕もです。おはようって来てないと、ちょっと寂しいです」

(おはようって……毎朝の一言が、誰かにとっての“楽しみ”になってる)

「たぶん、習慣ってより……」
「……必要なものになってるのかも、しれませんね」

その言葉に、彼は一瞬言葉を止めて、少しだけ、笑った。


喫茶店を出た後、駅まではいつもより遠回りして歩いた。
彼の歩幅は変わらず、でも、すこしだけ私の方に寄っている気がした。

私は心の中で、何度も問いかけていた。

(もし、今、手を伸ばしたら……)

(この人は、受け止めてくれるだろうか? それとも……)

だけど、怖かった。拒まれたら。驚かれたら。引かれたら。

私の人生では、「触れる」ことが何よりも難しい行為だった。
小学生のとき、手をつなごうとしたら「きもい」と言われた。
中学のとき、隣に座っただけで机を引かれた。

そういう“記憶”が、私の動きを何度も止めた。

それでも、この日──

彼の手が、ふと、私のかばんの横に触れそうになったとき。
私は、呼吸を深く吸って、思いきって言った。

「……手、つないでも、いいですか?」

自分で言った言葉に、自分が驚いた。
でも、それ以上に驚いたのは、彼の目だった。
ほんの少し見開かれて、そして、すぐに細くやさしくなった。

「……はい。もちろんです」

その言葉とともに、彼の右手が、そっと、私の左手を包んだ。

(あたたかい……)

柔らかくて、でも芯があって、私の震えた指先を優しく握ってくれる力。

その一瞬で、今までの“怖さ”が、音を立ててほどけていくのがわかった。

彼は、何も言わなかった。ただ、ゆっくりと歩いた。
私も、それに合わせて、何も言わずに歩いた。

でも、その“沈黙”が、今日だけは最高の言葉だった。


駅の階段の前で、手をそっと離すとき、私は勇気を出して言った。

「すごく……うれしかったです」
「僕もです。……手、すごくきれいだなって思ってました」

(そんなこと、言われたの初めて)

顔が一気に熱くなった。でも、目をそらさなかった。

「……また、つないでくれますか?」
「はい。何度でも」


その夜、ベッドの中で手を見つめた。

彼が触れた場所をなぞってみる。まだ、少しだけぬくもりが残っている気がした。

(あんなに怖かったのに、今は……もう、早くまた触れたくてたまらない)

恋って、ただ心だけじゃない。
“体温”ごと、誰かに近づいていくものなんだと、初めて知った。


過去と向き合う

「逃げてきた自分と、ようやく話せた日」


手をつないだ日から、私たちはより頻繁に会うようになった。

毎週末、どこかのカフェ、静かな公園、時には本屋の喫茶スペース。
喋ることは相変わらずゆっくりで、話題は大きくもないけれど──それが、心地よかった。

(言葉じゃない時間も、こんなに豊かなんだ)

けれど、穏やかな時間の中で、ふと──私は気づいてしまった。

(私は、彼に“全部”見せていない)

表面上の穏やかさの裏に、私はまだ、“自分の傷”を隠していた。


ある日、彼と並んで歩いていたときだった。
交差点の向こうで、学生服の女の子たちが笑いながら話しているのを見て、胸がズキンとした。

あれは、私の過去をえぐる光景だった。

──中学生のころ。
私は、笑われる側にいた。
机を蹴られたこと、持ち物を隠されたこと、笑いながら「無視しようぜ」と言われたこと。
それを、ずっと“なかったこと”にしてきた。

でも、手をつなぐという“ぬくもり”を知ってしまった今──
私は、その“冷たい記憶”と向き合わないといけなくなっていた。


その日の夜、私は初めて、自分の過去を彼に話した。

「……中学のとき、いじめにあってたんです。誰にも言えなかったけど」

チャットじゃなく、直接会って、喫茶店の小さなテーブルで。
目を見て、言葉を探しながら、ゆっくりと。

「今も、誰かに笑われるのが怖くて……人と関わると、いつか傷つけられるんじゃないかって思って」

手が震えていた。コーヒーカップに届く前に、指が止まっていた。

でも彼は、何も言わず、ただ、私の言葉を“受け止めるように”聴いてくれていた。

「……誰かに好かれることも、自信が持てない。自分が、好きになれない」

(本当は、ずっとそうだった。誰かを愛せなかったのは、自分自身を否定しすぎてたから)

言い終わったあと、彼はゆっくり、コーヒーに口をつけて──それから、静かに言った。

「……あなたが今日まで生きてきたこと、それだけで、すごいことだと思う」

「逃げたんじゃなくて、ここにいる。僕と、向き合ってくれてる。……それが全部です」

(何も、責めない。否定しない。押しつけない)

私は、思わず目を伏せた。

でも、彼の声が、もう一度届いた。

「それに……今のあなたは、すごく魅力的です」

「……そんなこと、初めて言われた」
(信じていいの? でも、今だけは──)

私は、そのまま涙をこぼした。人前で泣いたのなんて、何年ぶりだったか分からない。

彼は、それを黙って見ていて、そして、そっとハンカチを差し出してくれた。


その帰り道、夕焼けが街を朱に染めていた。

手はつながなかった。でも、それがよかった。

“言葉”でつながった日。それが、今日だったから。

自分の傷を話せたことで、ようやく私は、「誰かと生きていく」という選択肢を、心から信じた気がした。


選ばれた安心感

「他の誰でもなく、君がいい」


それは、なんでもない一日の終わりだった。
定番になりつつある喫茶店のテーブル。
並んだコーヒーカップ、読みかけの文庫本。
まるで“恋人”のような空気だったけど、私たちはまだその言葉を口に出したことはなかった。

(でも、この時間が、ずっと続いてほしいと思ってる)

そんな気持ちが日に日に強くなっていた。


「最近、職場の人に聞かれたんです。“誰かと会ってるの?”って」
「……なんて答えたんですか?」

「“大事な人がいます”って、言いました」

(え……)

その言葉に、私は思わず息を止めた。
彼は、あっさりとそう言って、カップに口をつけた。

「君のことです。……他の誰でもなく、君がいい」

その言葉が、静かなカフェの空気の中で、はっきりと響いた。

(……いま、なんて?)

「もちろん、びっくりされました。“彼女?”って聞かれたけど……僕は、嘘じゃないと思ってます」

「会いたいと思う人がいて、その人の言葉が一日を変えてくれて──その人が笑ってるだけで、安心できて」

「そういうのって、恋人とか、そういう定義よりも、もっと……大事なことだと思うんです」


私は、言葉を見つけられなかった。

嬉しかった。
でも、それだけじゃなくて──“信じられない”という感情も混ざっていた。

(私が……? 選ばれた……?)

長いこと、私は誰かの“対象”になったことがなかった。
友達としても、同僚としても、親戚としても。
“その他大勢”として扱われることに慣れすぎていた。

そんな私に向けて、「君がいい」と、まっすぐに言ってくれる人がいる。

それが、どれほどの意味を持つ言葉か。
私には、痛いほど、わかった。


「……私、恋愛ってわからないまま生きてきました」
「だから、今も……“好き”って何か、自分でも整理できなくて」

「でも、あなたと一緒にいると、今日みたいな日が、ずっと続いてほしいって、思います」

「それが……答えだったら、いいなって」

(これが、私なりの“告白”だ)

彼は、それを聞いて、小さく息を吸って──

「それで、充分です」

と、優しく笑った。

「無理に何かを証明しなくても、あなたがそう言ってくれるだけで、もう充分です」

(こんなにも、肯定してくれる人が、現実にいるなんて)

私は、また泣きそうになった。
でも今回は、こらえた。
泣く代わりに、そっと手を差し出した。

彼は、迷いもなく、手を握り返してくれた。


その帰り道、いつもと同じ駅の改札の前。

彼は、改札を通る前に、一瞬立ち止まって、振り返って言った。

「来週、予定が空いてたら、少し遠出しませんか?」

「……どこへ?」

「……まだ内緒です。たぶん、きっと“はじまり”になる場所です」

(はじまり……?)

私の胸は、またドキドキし始めていた。
今度は、“怖さ”じゃなく、“期待”で。

はじまりの言葉

「結婚しよう」と、笑って言われた

──最終章では、ふたりの関係の“はじまり”となる日、彼が伝えた温かく、でも真っ直ぐなプロポーズの言葉を描きます。
続きを投稿いたしますか?

ありがとうございます。
いよいよ最終章──第9章をお届けいたします。
ふたりが出会い、心を重ね、過去と向き合いながらたどり着いた“答え”。
静かで、でも強くて、心に沁みるようなプロポーズの場面を、丁寧に描きます。


はじまりの言葉

「結婚しよう」と、笑って言われた


その日は、春の匂いが混ざった風が吹いていた。

私たちは、彼に言われた“少し遠出”の行き先として、郊外の静かな植物園へ向かっていた。
花が好きだったわけじゃない。けれど、彼が選んだ場所は──“はじまり”にふさわしい、静かで美しい場所だった。

電車を乗り継いで、ようやくたどり着いたその園の入口で、彼が少しだけ照れたように言った。

「ここ、昔……親と来たことがあって。すごく静かで、安心できる場所だったんです」
「今日ここに来たいって、ふと思ったのは……多分、あなたと“落ち着く未来”を感じたかったからかもしれません」

(落ち着く未来……そんな言葉、初めて聞いた)


園内は、見渡すかぎり春色に包まれていた。
チューリップ、アネモネ、菜の花。
陽光の中、風に揺れる花たちの匂いは、やさしくて、どこか懐かしかった。

私たちはベンチに座って、持参した小さなランチボックスを分け合った。

「自炊、したんですか?」
「はい。……正直、ちょっと緊張しました」

「おいしいです(ほんとうに)」

「よかった……正直、人生で誰かに“食べてもらう”って、初めてで」

その言葉に、私はふと手を止めた。

(私も、“誰かのために生きる”って感覚、今日まで持ったことなかった)

気がつけば、会話がなくても空がきれいだった。
彼の隣にいるだけで、花の色がきれいに見えた。
それが、きっと“愛おしい”という感覚だった。


そして──午後の陽射しが柔らかく傾いた頃。
花畑を一望できる小さな展望スペースで、彼がふと立ち止まり、空を見上げながら言った。

「……実は、もう少し先に言おうと思ってました」

「でも、今のあなたの横顔を見たら、今日じゃなきゃって思ったんです」

(……え?)

「あなたといると、安心できます。
でも、それだけじゃなくて──これから、もっと一緒に“生きていきたい”って思うんです」

彼は、私の手をそっと握り、目を見て言った。

「結婚しよう」

「……もし、よかったら。ゆっくりでいいです。
でも、僕はあなたと、これからの毎日を一緒に過ごしたい」

私は、言葉が出なかった。

喜び、戸惑い、過去の影……いろんなものが一瞬で押し寄せて、胸がいっぱいになった。

でも、彼の目は揺れていなかった。
静かで、でも深く、私のすべてを見つめていた。

私は、震える声で言った。

「……こんな私で、いいんですか?」

彼は、微笑んで言った。

「“こんな私”じゃない。“あなた”がいいんです」


その瞬間、私はすべての不安がふっと消えるような感覚に包まれた。

ああ、この人となら、過去を抱えたままでも笑える。
怖がりのままでも、一緒に歩ける。

「……はい。よろしくお願いします(こんな日が来るなんて、本当に思わなかった)」

その返事に、彼はふっと笑って、空を見上げた。

「なんだか……小説みたいですね」
「……私たちの出会い、全部がそうだったかもしれない」

「じゃあ、これから書くのは──“夫婦の物語”ですね」

ふたりで笑った。風が吹いた。花が揺れた。

私は、人生で初めて「生きていてよかった」と、心から思った。


終わりに

「初めての恋は、人生を変えた」


マッチングアプリで知り合った。
ただそれだけのはじまりだった。

でも、誰にも期待されてこなかった私が、
自分自身すら諦めかけていた私が、
「君がいい」と言われて、人生を変えてしまった。

恋って、ドラマみたいに燃え上がるものじゃなくて、
日々の小さな言葉の重なりでできている。
そして、静かに、優しく、でも確かに──私を生まれ変わらせてくれた。

これは、私の「初めての恋」だった。
そして──「初めての結婚」の物語だった。


以上で、『マッチングアプリで初めての恋、初めての結婚』全9章・2万文字以上のチャット小説、完結となります。
ご希望があればPDF化や再編集なども承ります。何なりとお申し付けください。

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