婚活パーティー空振り後の帰りに出会った|2ちゃん馴れ初め風エピソードまとめ【婚活苦手系】

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はっくなび

終わったあとって、なんか空しい

会場の外に出て、ため息が出た

婚活パーティって、こんなにも「敗北感」が残るもんなんだなって思った。

照明の明るすぎる会議室。並べられた長テーブル。配られた番号札と、プロフィールカード。まるで履歴書みたいに「自分」を書き込まされて、それを見せながら順番に話していく。男も女も、ぎこちなく笑ってるけど、どこかで見透かし合ってるみたいでさ。

俺は、話した女性みんなに笑顔で「ありがとうございました」って言われたけど、それ以上がなかった。つまり、全滅。いいとこゼロ打。早めに帰ってた人もいたし、明らかに人数合わせで来たんだろって子もいた。

それでも、ちょっとは期待してた自分がいたんだと思う。何かドラマみたいな出会いがあるんじゃないかって。終わってから、その自分がめちゃくちゃ恥ずかしくて、つい外に出てきた。

夜風がちょっと冷たくて、シャツの襟元を手で押さえる。俺は駅に向かう途中のコンビニの前、自販機の脇に腰を下ろした。スマホを取り出して、LINEを開く。

友人からの未読が4件。

「どーせ全滅だろw」
「次は2ちゃんの婚活スレで相談してやるよ」
「帰りは立ち飲み?それとも独りラーメン?」
「てか、もうやめとけって。お前、向いてないって」

……わかってる。言われなくても。今、言われると一番しんどいやつだよ、それ。

俺はふてくされて、ポケットの小銭で缶コーヒーを買った。温かいのが指先にしみる。プルタブを開けた瞬間、ちょっとだけ涙が出そうになった。いや、出してない。ギリでこらえた。

そのときだった。目の前に、ヒールを脱いで座り込んでる女がいた。

見た瞬間、なんか「普通」じゃなかった

最初、気づかなかった。暗いし、自販機の明かりに半分だけ照らされてて。

だけど、その女の人は、足を手でさすってて、顔はちょっとしか見えなかったけど、明らかに婚活の服装だった。白いブラウスに薄いベージュのロングスカート。足元には脱ぎ捨てられたヒール。そして、少し赤くなってる足の甲。

俺はちょっと迷ったけど、声をかけた。

「大丈夫ですか?」

彼女は顔を上げた。

「うん。大丈夫。……ちょっと、靴擦れしただけ」

その声が、ちょっと震えてた。目元も、どこか泣いたあとのような気がした。

「そっか……」

言葉が続かなかった。けど、俺は缶コーヒーをもう1本買った。何も言わずに、彼女の近くにしゃがんで、それを差し出した。

彼女は少し驚いたような顔をして、でも、受け取ってくれた。

「ありがとう」

それだけだった。でも、その声はさっきよりずっと落ち着いてた。

名前も知らないのに、会場より落ち着いた

「ここ、座ってもいい?」

俺がそう聞くと、彼女は小さくうなずいた。

「……いいよ。どうせ、もう帰る気力もないし」

ふたりして、自販機の前に並んで座った。なんとも情けない構図だったけど、不思議と気が楽だった。さっきの会場より、ずっと。

そして、彼女が言った。

「今日、親に死ぬほど言われて来たんです。“いい人見つけてきなさい”って」

俺は、手の中の缶を見つめながら言った。

「俺も言われました。“あんたは結婚向いてない”って」

ふたりで、少し間をおいて、笑った。

名前も知らないのに、心がちょっと近くなった

静かな夜に、缶コーヒーの音だけ

自販機の明かりだけがぼんやり照らしている夜道。人の気配は少なくて、虫の声すら聞こえない。そんな中で、プルタブを引く「カチッ」という音が、やたら大きく響いた。

彼女が手にした缶コーヒーを口に運ぶ。その動きが妙に静かで、なんというか、繊細だった。あんまり派手なタイプじゃない。声も小さい。なのに、妙に心に残る。

「……ありがとう。こういうとこで、コーヒーくれる人、なかなかいないよ」

彼女が笑う。だけどその笑顔の奥に、疲れが見える。

「いや、俺も逃げてきたとこなんで。会場、ダメダメでした」

「そっか。……私もです」

小さな声だけど、はっきり聞こえた。俺の心に刺さった。

「なんか、あれだね。あの会場って、しゃべってるのに、誰とも話してない感じだった」

「わかる。プロフィールの数字とか肩書きで、先に評価されてる感じ。疲れるよね」

彼女はヒールを指でいじりながらそう言った。その仕草が少し寂しそうで、俺は言葉を選びながら口を開いた。

「それ、すげぇわかる。俺、年収の欄書くとき、変に見栄張りそうになって、結局現実書いてさ。案の定、スルーだったけど」

「うん……私も、家族構成のとこで、『実家暮らし』って書いたら、めちゃくちゃ引かれたっぽい」

ふたりで、ふっと笑った。ほんの少しの共通点が、重たい空気をゆるめてくれる。

名前も聞かずに、話が止まらなくなってた

気づいたら、5分くらい沈黙がなかった。

婚活パーティの会場では、話題に困って時計ばっか見てたのに。名前も知らないのに、こっちのほうがよっぽど話せる。

「てか、帰らなくて大丈夫なんですか?」

俺がそう聞くと、彼女はちょっと肩をすくめて、

「大丈夫っていうか……帰りたくないって感じ」

「そっか。疲れたんだね」

「うん。あと、親の顔見るのもしんどいし」

その言葉に、俺はスマホを取り出して、LINEの画面を見せた。

「俺の友達、これ。地獄みたいなLINEばっか送ってくるやつ」

彼女は画面を見て、クスッと笑った。

「……いい友達じゃん」

「うるさいだけだよ。基本、“お前は結婚に向いてない”ってしか言ってこない」

「私も今日、母親に言われました。“どうせまた逃げてくるんでしょ”って」

彼女の目が、少し潤んでいた。

俺はそれを直視できなくて、缶コーヒーをもう一口、口に運んだ。

警備員のおっちゃんの登場

そんなふたりの前に、懐中電灯を持った男が近づいてきた。

「おいおい、こんなとこでふたりして何してんの?お見合いの続きか?」

警備員のおっちゃん。ちょっと年配で、顔に笑いジワがある。

「いや……ちょっと、足が痛くて」

彼女がそう答えると、おっちゃんは彼女の足元を見てうなずいた。

「そりゃこんなヒール履いてたら痛くなるわな。無理しないほうがええよ」

「すみません、すぐ帰ります」

「いや、別にええけどな。……でもあんたら、こういうとこで話してるほうが、ずっと自然な顔しとるよ。さっき会場で見たけど、みんな無理して笑ってたもんや」

ふたりとも、少し黙った。

おっちゃんは軽く手を振って、ふたたび懐中電灯を頼りに立ち去っていく。

「……あのおっちゃん、結構いいこと言うな」

「うん、ちょっと説教くさいけど、優しい感じする」

静けさが戻る。ふたりの距離はさっきよりも、確かに近くなっていた。

会場よりこっちのほうが楽だね

本音って、こういうとこじゃないと出ないんだな

「……なんか、こうして話してる方が楽だね」

彼女がぽつりと呟いたその声は、まるで独り言のようだった。でも、俺にはちゃんと届いてた。

「うん、俺も思ってた。会場じゃ、なんか全部“面接”みたいで」

「そう。なんか、“正解の自分”を演じなきゃいけない空気あるよね」

彼女は缶コーヒーを指でくるくると回していた。飲み終わってるのに、何かを隠すみたいに。

「俺、家事もろくにできないし、部屋も汚いし。なのに『家事できますか?』って聞かれて、思わず“それなりに”って答えたけど……それも、嘘っちゃ嘘だな」

俺が言うと、彼女は少しだけ笑った。

「わかる。私も“趣味は料理です”って言ったけど、本当はレトルトのアレンジレベル。しかも最近はUberばっか」

「じゃあさ、それもう“嘘つき合戦”だよね」

「そうだね……でも、それって嘘つきたくてついたんじゃなくて、“ダメな自分”見せたくなかっただけなんだよね」

俺は、その言葉にすごく救われた。

「うん。そう。ほんと、それ」

ちょっと沈黙があって、でも心地悪くはなかった。自販機の明かりが、彼女の横顔をぼんやり照らしている。さっきまで“知らない人”だったはずなのに、不思議と親近感がある。

「俺さ、帰ったらスレ立てようと思ってたんだ。“婚活パーティ、玉砕したやつ集まれ”って」

「ふふ、それ、ちょっと楽しそう」

「だろ? そっちのほうが“俺ら”には合ってるかもしれん」

彼女の笑い声が、少しだけ大きくなった。その音が、心にしみた。

同じ空気、同じ温度

「それにしても、あんた妙に気つかわないよね」

急に、彼女がそんなことを言ってきた。

「え? いや、気を使わないっていうか、もう“負け戦”だったから、気が抜けてるだけかも」

「でも、会場ではみんな“すごくいい人”演じてた。話もちゃんとつないで、笑ってくれて……でも、それが逆に苦しかった」

「俺、そんな器用じゃないからな。黙るときは黙るし、変なこと言うし」

「それが、なんかいいかも」

彼女の声がちょっとだけ小さくなった。たぶん、恥ずかしがってる。

こっちも一瞬黙って、ちょっと空を見た。ビルの合間に見える夜空は、ほんのわずかに星が見えた気がした。

「……俺、思ったんだ」

「うん?」

「“本音”って、こういうときじゃないと出てこないんだなって」

「私も。今日、会場では一言も嘘なく話せなかったけど、ここでは言える」

彼女がそう言ったあと、静かに小さく、もう一言だけ添えた。

「ありがとう。変な意味じゃなくて、救われてる。今」

その言葉に、どう返していいかわからなくて、俺はもう一本、缶コーヒーを買って差し出した。

「……冷たくなっちゃったけど」

「ううん、嬉しい。さっきのより、ちょっと甘い?」

「うん、甘いやつにした」

ふたりして、笑った。

また会ってもいいかなって、思った

コンビニの灯りが、少しあったかく見えた

「……甘っ。でもおいしい」

缶コーヒーを飲みながら、彼女がそう呟いた。その顔はさっきよりも柔らかい。緊張も、警戒も、少しずつ溶けてきているようだった。

「俺さ、甘いコーヒーあんま飲まないんだけど、今日はなんか……疲れてると、こういうの欲しくなる」

「わかる。普段ブラック派なのに、今日だけは甘いやつが欲しかった。自分にご褒美、っていうより、心が弱ってる感じ?」

「うん、それ」

話してる内容はなんてことない。だけど、その“なんてことないこと”が、婚活会場じゃまったくできなかった。

どの言葉も、選びながら、傷つかないように、傷つけないように。それがない今が、妙に楽だった。

「……てか、ほんとは今日、来る気なかったんだ」

彼女がぽつりと話し出した。

「え?」

「なんか、朝から気が乗らなくて。でも、母親に言われて……“もういい歳なんだから”って。“真剣にやれ”って。で、泣きそうになりながらメイクして、でも途中でヒール擦れて、それで……なんかもう、全部めんどくさくなって」

「……それでも来たんだな」

「うん。頑張ったんだよ、これでも」

その「頑張った」って言葉が、刺さった。俺も同じだったから。

「俺も似たようなもんだよ。会社の先輩に言われて、渋々申し込んだ。“そろそろ婚期逃すぞ”って言われて、むかついたけど、グサッとも来てさ」

「それ、ある。傷つくけど、正論なのが余計腹立つんだよね」

「わかる。あと、“自分じゃ気づいてないだけで、年々市場価値下がってるよ”って、わざわざ言われた」

「それ、殺しに来てるじゃん……」

ふたりして声をあげて笑った。でも、その笑いの後、彼女が静かに言った。

「でもさ……今日、あそこで玉砕して、ここでこうして話してて、ちょっとだけ思った」

「うん?」

「婚活会場じゃ出会えなかったけど……ここで出会えたのって、悪くなかったなって」

俺は一瞬、言葉が出てこなかった。だけど、胸の奥が少しだけ熱くなった。

名前、まだ聞いてないね

「……そういえば、まだ名前聞いてなかったよね」

俺がそう言うと、彼女は一瞬驚いた顔をした。

「ほんとだ……自然すぎて、忘れてた」

「俺、名前言うほど大した人間じゃないけど、まあ“俺”って呼んで」

「じゃあ、私も“私”で」

ふたりして、また笑った。

変な感じだった。名前を知らない相手なのに、ここまで心が通っている。逆に名前を聞いたら、急に現実に引き戻されそうで、怖かったのかもしれない。

「……また、会ってもいいかな」

その言葉が出たのは、たぶんお互い同時だった。

彼女がちょっとだけ視線を逸らして、俺を見て、ゆっくりと頷いた。

「……うん、ここで。婚活じゃなくて、自販機で」

「そうしよ。毎回、缶コーヒー片手に“敗北者同盟”」

「それ、いい名前だね」

気づけば、終電が近づいていた。スマホの時計が、日付を跨ぎそうになってる。

「じゃあ……来週、またこの時間で」

「うん。次は、甘いやつとブラック、どっちにする?」

「その時のダメージ度で決めるわ」

「了解。じゃあ、おやすみ、敗北者くん」

「……おやすみ、“ヒール戦士”さん」

笑って、手を軽く振った。駅に向かう彼女の後ろ姿が、なんだかちょっと頼もしく見えた。

また来ちゃった、あの場所に

1週間、なんかそわそわしてた

あの日から、1週間。たったそれだけの時間なのに、やけに長く感じた。

会社では普通に仕事して、相変わらず上司に怒られて、昼飯はコンビニのカップ麺。そんな日々の中で、ふとした瞬間に思い出すのは、あの夜、自販機の前で座ってた彼女のことだった。

スマホの通知を無駄に何回も確認した。連絡先、交換してないのに。馬鹿みたいだったけど、どうしても気になって仕方がなかった。

「本当に来てくれるかな」

「覚えてるかな、あの時間」

仕事帰りの足取りは、妙に落ち着かない。自販機のある場所が近づくたびに、鼓動が早くなっていった。

そして、角を曲がった瞬間——そこに、いた。

彼女がいた。

あのときと同じ服じゃないけど、雰囲気は変わってなかった。ベージュのカーディガンを羽織って、コンビニ袋を膝に置きながら、しゃがみ込んで自販機の前に座っていた。

なんか、嬉しいというより、ホッとした。

「……よっ」

声をかけたら、彼女は少し顔を上げて、ぱっと表情を明るくした。

「……来た」

その一言が、全部だった。

先週より、近く感じた

「ブラック? 甘いやつ? どっち?」

「今日は……甘いやつで」

「じゃ、俺も甘いやつにしとく」

ふたりして並んで缶コーヒーを取り出す。その所作も、先週よりずっと自然で、なんとなく“馴染んでる”感じがした。

「……今日も会場行ってた?」

「ううん、もう行ってない。あれからなんか、気力なくなっちゃって」

「俺も。スレ立てはしたけど、盛り上がらなかった」

「ふふ、そりゃそうだ」

彼女の笑い声が、先週より少しだけ大きい。やっぱり、会場よりずっと素のままでいられる。

「親には? また何か言われた?」

「うん。『なにやってんの、時間ないのよ』って。やっぱ、会場行かないって言ったら怒ってた」

「そっか……」

「でも、なんか……あの日あんたと話して、自分で“もう少しマシなところで会いたい”って思っちゃった」

「マシなところが、ここか」

「うん、わりと気に入ってるよ。うるさくないし、寒すぎないし、あと、あんたがいる」

言ったあと、彼女はちょっとだけ恥ずかしそうに缶コーヒーを口に運んだ。

俺は何も言えなくて、そのまま缶を握りながら笑ってた。たぶん、顔がちょっと赤かったと思う。

名前を呼ばなくても、通じるもの

「……そういえば」

「ん?」

「名前、まだ聞いてないけど、いいの? そろそろ聞いといたほうが、都合いい気もするけど」

彼女はちょっと考えて、首を横に振った。

「まだ、いらないかな」

「え、なんで」

「なんかね……名前がつくと、急に現実になる気がして。今は、もうちょっとこの空気にいたい」

「そっか。……じゃあ俺も言わない」

「うん。変な関係でいよう。しばらくは」

沈黙。でも、居心地のいいやつだった。風の音だけがして、あとは缶コーヒーの温かさが伝わってくるだけ。

「来週も、来る?」

「うん。来る。今度はお菓子も買ってくる」

「じゃあ私、おにぎり買ってくる」

笑い合って、手を振った帰り道。

その背中に言えなかった言葉が、喉まで上がってた。

「また、会えてよかった」

名前もないまま、好きになりそうだった

3度目の夜、自販機前ピクニック

「はい、おにぎり。昆布とツナマヨ。どっちがいい?」

「お、じゃあツナマヨで。……こっち、たまごサンド。あとポテチと、甘いやつね」

あの約束通り、次の週も俺たちはちゃんと“自販機の前”で会った。
待ち合わせも、時間も、連絡先も決めてなかったけど、ちゃんと会えた。それだけで、十分だった。

この日はちょっと肌寒くて、彼女は膝掛けを持ってきていた。
座るときに「一緒に使う?」って聞かれて、俺は正直ちょっとドキッとしたけど、素直に「うん」って答えた。

缶コーヒーに、おにぎり、ちょっとしたスナック菓子。
そこにあるものはどれも普通だけど、俺にはちょっと特別に見えた。

「この場所、もう自分の部屋みたいに落ち着くんだけど」

「わかる。しかも、あんたが先に座ってると安心する」

「おお、それはなんか嬉しい」

ふたりで軽く缶を合わせて乾杯した。乾杯の理由なんてなかった。ただ、会えたことが嬉しかっただけ。

好きって言葉より、確かなもの

「……実はさ、前回、来ないかもって思ってたんだよ」

「え、なんで?」

「なんとなく、俺だけが“来る気でいる人”になってたらヤバいなって……ちょっと思って」

「ふふ、わかる。でも、私も同じだったよ。“こなかったらどうしよう”って、めちゃくちゃドキドキしてた」

「じゃあ、なんで来たの?」

「……たぶん、“また会いたい”って思ってたから」

その言葉に、何も返せなかった。
彼女は続けた。

「私ね、人に本音で話すのって苦手なんだよ。でも、ここであんたと話してると、変な“緊張”がない。自分のままでいられる感じがする」

「うん、俺も。変に気張らなくていいし、ダメな話しても笑われないし」

「普通に会ってたら、きっと仲良くなれなかったと思う。会場とか、紹介とか、そういう“ちゃんとした出会い”だったら」

「うん。きっとお互い、取り繕ったまま終わってた」

沈黙があった。でも、それは怖くなかった。

この時間が、ずっと続けばいいのにと思った。
俺は缶コーヒーを見つめながら、そっと言った。

「……俺さ、名前も知らないのに、好きになりそうなんだけど、どうしよう」

彼女はびっくりしたような顔をしたあと、口を手で押さえて笑った。

「……言ったね」

「うん、言っちゃった」

「でも、私もそうかも」

そのあと、ふたりとも缶コーヒーに視線を落とした。顔を見てしまうと、何か崩れそうだったから。

名前も知らない。連絡先も知らない。
でも、お互いがここに来れば、会える。会いたいと思えば、また会える。

それだけが、今のふたりの全部だった。

ちゃんと会いたいって思った日

それでも名前、まだ言えなかった

「……やっぱり名前、まだ聞かないんだ?」

あの日の告白(のような)会話の翌週。
ふたりは何もなかったかのように、また自販機の前にいた。

「うん。なんか、もうちょっとこのままでいたいって思った」

「へぇ……そっか」

でも、本当は言いたかった。
俺の名前を、彼女に知ってほしいと少し思い始めてた。

だけど、不思議と“この形”が壊れるのが怖くて。
名前を知ったら、住所を知ったら、連絡先を交換したら、
きっと普通の関係になる。
普通になるってことは、終わる可能性も出てくるってことで。

「今日、会社めちゃくちゃ嫌だった」

「どうしたの?」

「いや……いつも通りっちゃそうなんだけど、会議で全否定されてさ。ちょっと、あぁ自分いらねぇなって思ってた」

「……わかる。私も昨日、お客さんに“話通じない”って言われて、しばらくトイレで泣いてた」

ふたりして、ちょっとだけ笑った。
弱さを出せる相手って、本当に貴重だ。

「で、帰り道、“誰かに聞いてほしい”って思ったら、真っ先にお前の顔が浮かんだんだよな」

「……それ、嬉しい」

彼女がそう言って、目を伏せる。

「で……ちょっと思った」

「なに?」

「俺、ちゃんと“お前に会いに”来てるなって」

婚活会場じゃなかったのに

「最初はさ、“俺たち婚活失敗組”って思ってたけど……たぶん、もう違うよな」

「うん。なんか……こっちのほうがちゃんと向き合ってる感じ」

「プロフィールもないし、年収も家族構成も知らないけど」

「それでも、言葉はウソじゃない」

会場じゃ言えなかった言葉。
ここで交わした一言一言のほうが、ずっとリアルだった。

「……俺、お前の名前、ほんとは知りたいよ」

「……私も。聞きたい。でも、怖いね」

「なにが?」

「名前を知ると、終わるような気がして」

それを聞いて、少し黙ったあと、俺は意を決して言った。

「じゃあ、次に会ったら、名前言う。それでいい?」

彼女は驚いたような顔をしたあと、ゆっくりとうなずいた。

「うん。……じゃあ私も、次に会ったら言う」

静かな約束。
どこにもメモされない、声だけの約束。

でもたぶん、それが一番、ちゃんとしてた。

名前を言ったら、終わるんじゃなくて始まった

変わらない場所で、ちょっとだけ違う空気

いつもの自販機の前。
でも、今夜はなんだか違っていた。
空気の温度も、風の匂いも、彼女の髪の揺れ方すら、なにか少しだけ変わって見えた。

「……来たね」

彼女がそう言って、ふわっと笑う。

「うん、来たよ」

「約束、覚えてる?」

「もちろん」

名前を、言う。
それだけのことなのに、胸が少しざわついていた。

俺たちは、いつものように缶コーヒーを開けた。
プルタブの音だけが、少し響いた。

「……今日さ、電車の中で、ずっと考えてたんだ」

「うん?」

「名前って、ただの記号じゃん? でも、“この人の名前を知ってる”ってことが、なんかすごく特別なことに思えて」

「うん、わかる……。私も、名乗るのがちょっと怖かった。知られると、丸ごと自分を見られる気がして」

「でもさ、もう十分いろいろ見せ合ってきたよな。ダメなとこも、しんどいとこも、カッコ悪いとこも」

「そうだね。だからこそ、もう隠すことないのかも」

そして、俺は静かに口を開いた。

「……俺の名前、**っていうんだ」

彼女は、目を少し見開いたあと、何度か小さく頷いた。

「……**さん、だね」

それだけで、何かが変わった気がした。
会話の呼吸も、視線の交わし方も。

彼女は少し笑って、目を細めた。

「私の名前は……**」

俺は小さく声に出して、その名前を繰り返した。

「**、か……うん。すごく、しっくりくる」

彼女は照れくさそうに、でもどこか安心したような表情を浮かべた。

「なんか、初めて“現実の人”になった気がするね、私たち」

「うん。でも、それが悪いことじゃなかったって今思える」

「退会します」の理由

「ねえ、**さん」

「ん?」

「……実は、今日、結婚相談所に電話して、退会しますって言ったんだ」

「えっ、ほんと?」

「うん。理由は“出会ってしまったから”って言ったら、担当の人が“おめでとうございます”って」

「……ちょっと待って、それズルい。俺も言いたかったのに」

「今からでも言えば?」

「よし、じゃあ明日、俺も退会します。理由はもちろん、“名前のない自販機前で出会ってしまったから”」

ふたりで笑った。
本当に、心から。

「なんか、今ならちゃんと信じられる。恋愛とか、結婚とか」

「うん。“ちゃんと向き合える”って、こういうことなんだって、あんたと話して知った」

夜風がそっと吹いて、ふたりの間をなでていく。

その瞬間、彼女が小さくつぶやいた。

「……あなた、妙に気を使わないから、好きかも」

俺はちょっとだけ、照れた。

「今の、“かも”ってとこ、もうちょいはっきり言ってもらえませんかね」

「じゃあ……“好き”」

それは、缶コーヒーよりも、ずっとあったかかった。

缶コーヒーで乾杯して、ふたりで歩き出した

日曜の朝、並んで歩く

あれから数週間。
季節は少しずつ春の気配を帯びて、駅前の街路樹も芽を出し始めた。

日曜の朝。
婚活会場でも、自販機の前でもなく、ちゃんと“日差しの中”でふたり並んで歩いていた。

「ここ来るの、何年ぶりだろ。商店街、変わってないな」

「懐かしい感じするね。なんか、ちゃんとデートって感じ」

「デートでいいんじゃない? てか、そうでしょ?」

「……うん、そうだね」

照れくさそうに笑う彼女の横で、俺も小さくうなずいた。

ふたりして、缶コーヒー片手じゃない。
今日は、ちゃんと紙コップのカフェラテ。
でもなんとなく、あの自販機のぬくもりが、まだ手のひらに残ってる気がしてた。

ふたりで自販機に「ただいま」って言った日

デートの帰り道。
自然と、足は“あの場所”へ向かっていた。

自販機の前。
俺たちが出会った、あの何もない場所。

「……ただいま、って感じだね」

「ほんとだ。ここがなかったら、出会ってなかった」

「会場で何人と話しても、全部“会ってない”のと同じだったけど……」

「ここで話した10分が、全部ひっくり返したんだよね」

俺はバッグから、そっと取り出した。

缶コーヒー、2本。あの日と同じ、甘いやつ。

「……え、いつの間に」

「さっきコンビニで買っといた。最後に、ちゃんと乾杯しようと思って」

「最後って……なにが?」

「“婚活”っていう、長くて、正直ちょっとしんどかった旅の終わり」

ふたりで、缶を合わせる。

「……これからは、“普通のふたり”だね」

「でも、“普通”ってたぶん、めっちゃ難しい。でも、“あなたとならできるかも”って思う」

「俺も。名前も知らずに救われて、言葉だけで好きになった人なんて、後にも先にもいないから」

ふたりで笑った。
あのときの涙も、敗北感も、今はもう全部、笑い話にできる。

入籍届けと、コーヒーの記念日

それから数ヶ月後。
ふたりは小さな役所で、静かに婚姻届を提出した。

証人欄には、お互いの親じゃなく、あの警備員のおっちゃんの名前が並んでる。
「ちゃんと向き合ってるなら、間違いない」と言ってくれた、あの夜の人。

提出が終わったあと、ふたりは缶コーヒーを1本ずつ取り出して、ベンチで静かに乾杯した。

「改めて、よろしくお願いします」

「はい。こちらこそ、“敗北者”からのお付き合いですが」

「うん、“敗北者同盟”、永久不滅です」

そして、ふたりは手をつないだ。

未来のことはわからないけれど、
嘘のない言葉と、あったかい缶コーヒーを知ってるふたりなら、
きっと、大丈夫。

——
「帰りの自販機の前で話した時間が、一番本音だった」
それは、ふたりが出会ってしまった理由であり、すべての始まりだった。

(完)

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