百味ビーンズってどう作ってるの?
──ハリーポッターの中でいちばんヘンテコなお菓子の秘密をさぐる──
そもそも、百味ビーンズってなんでこんなにおかしい味なの?
ハリー・ポッターの物語で、お菓子といえばたくさん登場するけれど、その中でも「百味ビーンズ」はちょっと特別。おいしい味もあるけど、耳あか味とかゲロ味とか、なんでこんなの入れたの?って本気でツッコミたくなるようなものも多い。初登場は第1巻『賢者の石』のホグワーツ特急の中、ロンが見せてくれた大量のお菓子セットの中にまぎれていた。
あのとき、ハリーが食べたのは緑色のビーンズ。味はなんと…芽キャベツだった。ダンブルドアも「昔、耳あか味に当たってからはやめてる」と言ってたし、誰もが一度はハズレを引いたことがあるお菓子。けど、それでもホグワーツ生にとっては人気の定番アイテム。じゃあ、この「百味」って、ほんとにどうやって作ってるの?
ここからは、原作・映画・舞台『呪いの子』まで全部ふまえて、このふしぎなお菓子の裏側を、思いっきり深掘りしていきます。
作者はなんで「まずい味」を入れたんだろう?
──J.K.ローリングのユーモアと、魔法世界のリアルさのために──
このお菓子、イギリスのお土産にもなってて、現実でも売られてるけど、そもそも「なぜこんな変な味を入れたのか?」って考えると、これはJ.K.ローリングが作った魔法界の“リアルな文化”の一部なんだと思う。
魔法の世界って、どうしても夢みたいでファンタジーになりがち。だけど、百味ビーンズのように「マズい味がある」って設定を入れることで、その世界がもっと人間っぽくなる。完璧じゃないし、予想もできない。たとえば、人間って「おいしいもの」だけじゃなくて、「うっかりまずいのも口に入れちゃった」って経験、あるよね。あれって、実はすごく“現実的な魔法”なんだと思う。
ローリングはインタビューで「魔法界は、現実の世界よりも少し面白く、ちょっとだけおかしく見えてほしい」と話していたことがある。百味ビーンズはまさにその象徴。魔法ってすごいけど、ちょっとズレてて、少しドジで、それでも楽しい──そういう感覚が、このお菓子の味から伝わってくる。
作ってるのは誰?どこの会社?
──魔法界にしかないお菓子メーカー、ハニーデュークスの秘密──
百味ビーンズを作ってるのは、「バーティー・ボッツ・フレーバービーンズ社」。でも、それを一番たくさん売っているのはホグズミード村にある「ハニーデュークス」。あの店、映画でも小説でも何度も出てくるけど、ほんとに夢みたいなお菓子屋さん。ガラスのショーケースにびっしり並んだキャンディー、勝手に跳ね回るチョコレート、食べると耳から蒸気が出る飴…。その中でも特に人気なのが百味ビーンズ。
バーティー・ボッツという人物は、昔、普通の甘い豆菓子を作っていたんだけど、あるとき間違って「靴下味の香料」を混ぜちゃった。ふつうなら失敗なんだけど、それが意外とウケたらしくて、いろんな味をあえて混ぜるというコンセプトが生まれた。まさに「失敗から生まれた大ヒット」。
その後、ビーンズはどんどん進化して、ハニーデュークスと提携して大量生産されるように。とはいえ、魔法で味を変えるには細かい呪文や調合の技術が必要。味はランダムに決まるようになっていて、しかも「どんな味に当たるかは運しだい」というルールまである。だから、売るたびに中身の味も変わる。
映画でも、ロンが「鼻くそ味」を食べて青ざめるシーンがあったけど、まさにそれが魅力(?)のひとつ。失敗さえも商品にしてしまう、それが魔法界のお菓子のすごいところ。
じゃあ、どうやって味を入れてるの?ほんとに魔法?
──味の呪文と、まちがいを楽しむ魔法世界の発想──
実際に作中で明確に「この呪文で味を変えます」と書かれているわけじゃないけど、魔法界では「味を加える魔法」「変化を起こす呪文」「感覚を操作する魔術」はいろいろ存在している。たとえば、魔法薬で匂いを変えたり、幻覚を見せる薬があるように、「味覚に影響する魔法」もたくさんあると思っていい。
百味ビーンズには、おそらく味を決定する「味呪素(みじゅそ)」みたいな素材が入っていて、それがビーンズの中でランダムに作用することで、1粒ずつ違う味になるんじゃないかな。魔法薬学のスラグホーン先生なら、こういう複雑な調合、楽しんでやりそうだよね。
そして、面白いのが「どの味になるかは誰にもわからない」という部分。この“予測できなさ”こそが、魔法世界の大事なルールであり、遊び心。ヴォルデモートの時代でさえも、ハニーデュークスは営業してたし、百味ビーンズも売られ続けてた。これは、どんな時代でも「ちょっとの笑いとスリル」が必要ってことなのかもしれない。
『呪いの子』での百味ビーンズの描写と、そこから見える未来の姿
──魔法のお菓子は、親子の時代を超えても生き続ける──
舞台『呪いの子』で百味ビーンズはどう扱われたの?
『ハリー・ポッターと呪いの子』は、ハリーたちが親になったあとの話。主役はその息子アルバス・セブルス・ポッターと、マルフォイ家の息子スコーピウス。この作品の中でも、百味ビーンズはちらっとだけ登場する。でも、その存在はとても意味深い。
たとえば、アルバスとスコーピウスが初めて親しくなるとき、百味ビーンズの話題が出る。スコーピウスが「お父さん(ドラコ)が昔、百味ビーンズで耳垢味を食べて絶望したって言ってた」とか話す。たったそれだけのセリフなんだけど、この中にものすごく大きな意味が込められていると思う。
だってこれ、「ビーンズの味の話」でありながら、親世代と子ども世代がつながる小さな橋になってるから。ホグワーツ特急の中で、親たちがかつて語り合ったように、今度は子どもたちがその記憶を引き継いでる。その中に、味の思い出もちゃんと混ざってる。マズかった記憶ですら、魔法界では家族の会話になる。それが「魔法のお菓子」なんだと思う。
百味ビーンズは、ただの変な味のお菓子じゃない。子どもだったころの感覚、笑いあった思い出、そして親子の時間さえもつなげてくれる。『呪いの子』はそのことを、すごくさりげなく、でもしっかり伝えてくれてる。
百味ビーンズの“未来”ってどうなるんだろう?
今後、百味ビーンズがどんなふうに進化していくのか、これもすごく気になるテーマ。もしハリーたちの孫の世代が主役の物語ができたら、たぶんビーンズは「スマート味診断機能つき」になってたり、魔法アレルギー対策がされてたりするかもしれない。
けど、一番大事なのは、「中身が何味かわからないドキドキ」が失われないことだと思う。たとえば現代の私たちの世界だって、何が起こるかわからないことがあるよね。だからこそ、ハリーたちが生きた時代にも、アルバスたちが生きる時代にも、「あててみるまでわからないお菓子」が必要なんだと思う。
それはたぶん、「生きるって何が起きるかわからないけど、笑えるかもしれないし、楽しめるかもしれない」っていう希望の象徴なのかもしれない。
それに、魔法界では「完璧」はつまらない。少しの失敗、ちょっとの驚き、そこに笑いが生まれる。それを忘れないように、ビーンズはこれからもずっと、誰かのポケットにこっそり入ってるんだろうなって思う。
百味ビーンズにこめられた、魔法界のやさしさ
耳あか味やゲロ味なんて、ふつうだったらイヤでしかない。だけど、それをあえて「商品にしちゃう」っていう発想こそが、魔法界のやさしさなんだと思う。
だって、全部が“当たり”だったら、ハズレのある人の気持ちがわからなくなるでしょ?
おいしくないものがあるからこそ、おいしさがちゃんとわかる。だから、魔法界のこどもたちはみんな、「うわ、まずっ!」って笑いながら、でもちゃんとそれを受け入れてる。
百味ビーンズは、味の世界を通して「失敗してもいい」「予想と違ってもいい」っていう、生き方のヒントをくれてるのかもしれない。こんなに小さなビーンズが、それだけの力を持ってるなんて──やっぱり、魔法だよね。


