マルフォイ一家はなぜ急に態度を変えたの?

マルフォイってなんで最後に優しくなったの?

最初は意地悪なお金持ち一家だった

マルフォイ家といえば、最初は「いやな金持ちの家族」ってイメージが強かったと思います。ホグワーツでのドラコは、ハリーにすぐ突っかかってきたし、ハーマイオニーのことを「マグル生まれ」ってバカにしたり、とにかくプライドが高くて性格も悪そうに見えました。

お父さんのルシウスも、すごく冷たくて、「血筋が大事」みたいな差別的な考え方をしていましたよね。魔法省にも顔が利いて、デスイーターとしてもヴォルデモートに仕えていた過去があります。母親のナルシッサも、冷静で美人だけど感情を見せない、ちょっと怖い感じでした。

でも、物語が進むにつれて、マルフォイ一家の雰囲気はどんどん変わっていきます。特に『謎のプリンス』や『死の秘宝』では、その変化がすごく目立ちました。

戦争が始まってからのマルフォイ家は「もう限界」って感じだった

ヴォルデモートが復活してから、マルフォイ家はすごく追い詰められます。ルシウスはアズカバンに送られ、そのせいでヴォルデモートからの信頼もなくなりました。代わりに息子のドラコが「ダンブルドアを殺す」という恐ろしい任務を与えられてしまいます。

ここから、ドラコは明らかに変わっていきます。いつも自信満々だったのに、どんどん顔色が悪くなって、手が震えたり、トイレで泣いたり…。本当はやりたくなかったけど、家族のためにやらなきゃいけないって思ってたんですよね。

ナルシッサも、母親としての一面が強くなります。『死の秘宝』でハリーがヴォルデモートに倒されたあと、彼が本当に死んでるか確認するために近づいたナルシッサは、あのとき「ドラコは生きてるか?」って聞いて、ハリーが生きてると分かったのに「死んでる」と嘘をつきました。これはもう、母として息子を守るための選択でしかありません。

つまり、マルフォイ一家は「純血の誇り」よりも「家族を守りたい」という気持ちの方が強くなったんです。戦争の中で、どれだけ正しいことを信じていても、命の危険が目の前にあったら、人って変わるんですよね。

結局、マルフォイは味方になったの?

『死の秘宝』のラストで、マルフォイ一家は戦いに参加せず、ホグワーツから逃げていきます。それって「戦わずに逃げた臆病者」とも言えるかもしれないけど、逆に言えば「これ以上は巻き込まれたくない」「家族をこれ以上傷つけたくない」っていう選択でもあります。

ヴォルデモートの陣営からも信用されてなかったし、味方のふりをしても敵の中に完全に溶け込むことはできなかった。だから、誰の味方でもなく、ただ「家族を守る」という立場に徹した。これは、マルフォイ一家なりの「降伏」だったのかもしれません。

『呪いの子』では、もう普通の親だった

そして、意外だったのが『呪いの子』でのマルフォイ家の描かれ方です。ドラコはもう父親になっていて、息子のスコーピウスを心から大切にしているのが分かります。スコーピウスは、見た目はドラコに似てるけど、性格はやさしくて、親友のアルバス・セブルス・ポッターと仲良しです。

ドラコは、昔のような意地悪さやプライドの高さをあまり見せません。むしろ、過去に縛られず、息子とちゃんと向き合おうとしてる。スコーピウスのためにタイムターナーを探したり、アルバスを心配するハリーに協力する場面もありました。つまり、「マルフォイ家はもう別の家族になった」ってことなんです。

ナルシッサやルシウスの描写は少ないけれど、もうヴォルデモートのような思想に共感することはなくなってるんだろうなって感じます。だから、態度が急に変わったというよりは、戦争を経て「変わらざるを得なかった」し、その中で「本当に大事なものは何か」に気づいていったのだと思います。

「悪役にだって家族がいる」って伝えたかったのかも

J.K.ローリングは、善と悪をはっきり分けて物語を書く人じゃないんです。ダンブルドアだって完璧じゃないし、スネイプもひどいことをしながらも守ろうとしてた。つまり、「人って一面だけじゃ語れない」っていう考えが、ハリー・ポッターシリーズ全体に流れているんです。

マルフォイもそのひとつだったと思います。

最初はわかりやすい「敵キャラ」として登場しましたが、実は家庭内でも複雑なプレッシャーを受けていた少年で、家のために無理をしていた。ただの「いじめっ子」で終わらせなかったのは、ローリングの描写の深さです。

そして親であるルシウスやナルシッサも、「悪の手先」じゃなく、「息子を守るために手段を選べなくなってしまった親」として描かれています。ナルシッサがハリーに命を救われたのではなく、自分の判断でハリーを救った、あのシーンこそがマルフォイ家の変化の象徴です。

「血」じゃなくて「選択」で生き方は決まるってこと

シリーズのテーマとして、「人は生まれよりも選択で決まる」という言葉があります。これはダンブルドアがハリーに言った大事なメッセージでもあります。マルフォイ一家もまた、「自分たちが純血である」という誇りに生きていたけど、その結果、命を失いそうになり、息子を壊しそうになった。

最後にはその「誇り」を捨てて、「息子を生かすこと」「家族を守ること」という、人としての当たり前の選択をした。それは、ルシウスにとっても、ナルシッサにとっても、すごく勇気のいることだったと思います。

ローリングは「悪に見える人たちにも、選択のチャンスはある」と伝えたかったのかもしれません。敵にも物語がある、悪にも愛がある。マルフォイ一家の変化は、それを教えてくれる大きな流れだったと感じます。


マルフォイ一家は結局、悪人?それとも良い人?

答えは「どちらでもない、ただの人間」

ドラコ・マルフォイが好きか嫌いかって、人によって分かれると思います。ホグワーツではイヤな奴だったけど、あの時代に「嫌な奴」で終わらず、「変わろうとした少年」だったってわかったら、ちょっと見方も変わるかもしれません。

ルシウスも、ヴォルデモートに心から従ってたわけじゃなく、支配されるのが怖くて、逆らえなかっただけのように描かれています。ナルシッサは、家族のために命がけの嘘をついた。

これって、「悪い人たち」って一言で片づけるには、もったいないくらいリアルな人間関係だと思うんです。過ちを犯しても、やり直せる。誰だって怖くなるときがある。マルフォイ一家は、そんな「人間らしさ」が見える家族でした。


マルフォイは「降伏」ではなく「変化」を選んだ

最初は「優越感」で動いていたマルフォイ一家は、戦争を通して「恐怖」に変わり、最後には「家族への愛」だけを残しました。この流れは、ただのキャラクター変化ではなく、「自分を守るために何を捨てるか?」という深いテーマに通じていると思います。

マルフォイ一家は、敗者ではないし、ヒーローでもない。ただ、自分の選択で変わろうとした人たちです。私たち読者にとって、それがいちばん心に残ることなんじゃないでしょうか。

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