ドラコ・マルフォイの亀(バーネス)とは?何をしたの?かわいい

ドラコ・マルフォイの亀(バーネス)とは?何をしたの?かわいい

あの世界に“静かでやさしい時間”はちゃんとあったってこと

ハリー・ポッターの世界って、いつも魔法の危険や戦い、家族の問題や過去のトラウマがたくさん描かれているけど、そんな中でたった一つ、何気ないけど心にじんわりと残る場面がある。それが、スコーピウス・マルフォイが語る「バーネス」という小さな亀の話。

スコーピウスは、『呪いの子』の中で「バーネス」という名前の亀を、父ドラコが昔飼っていたと語るんだよね。すごくささやかな記憶なのに、そこにはたくさんの意味が詰まっていて、ちゃんと読んでいくと泣きそうになる。

バーネスはただのペットじゃない。あのドラコが、子どもの頃に“誰か”を大切に思っていた証拠なの。何かを可愛いと思って、何かに話しかけて、何かに癒されていた。あのスリザリンの冷たいイメージや、ホグワーツ時代の意地悪な姿からは想像できないような、あたたかい心がちゃんとあったって、はっきり教えてくれるエピソード。

そして、その記憶をスコーピウスが大事に話してくれるってことがもう、心にしみるよね。ドラコは自分の過去をたくさん悔やんでるけど、それでもスコーピウスには、やさしい部分だけを伝えようとしていたのかもしれない。戦いじゃなくて、小さな命を大事にしていたこと。それが、親としての誇りだったんじゃないかな。


原作や映画のドラコとのギャップがすごい理由

あの“嫌なやつ”にも優しい日々があったって知ると、胸がぎゅっとなる

正直、原作や映画のドラコ・マルフォイを思い出すと、みんな最初はちょっとムカつくキャラとして見てたと思う。ハリーをバカにして、ハーマイオニーには酷い言葉を投げて、ダンブルドア軍団をからかって…。なんならホグワーツを守る最後の戦いでは、明らかに逃げ腰だったよね。

でも『呪いの子』になると、ドラコは全然違う。すごく静かで、過去を反省していて、何よりも息子を大切に思っている。自分の家名とかプライドよりも、スコーピウスの心を守るために生きてるような感じなんだ。

そんな中で語られるバーネスの話は、「ドラコにも無邪気だった頃があった」っていう証拠みたいに思えてくる。つまり、彼も誰かの子どもで、誰かの小さな世界の中で生きていたんだってこと。悪い奴にも、優しい記憶がちゃんとあった。そこに、人間らしさを感じて、すごく救われる。

作者J.K.ローリングや『呪いの子』の舞台脚本家たちは、たぶんわざとこの「バーネス」という存在を出してきたと思う。あんな小さなエピソードなのに、読んでる側に「この世界にはただの悪人なんていない」と強く思わせる力がある。戦いとか呪文とかじゃなく、心の奥の記憶だけで、それを伝えられるのってすごいよね。


作者たちはなぜ“亀”を選んだのか?

いちばん地味で、でも一番「大事なもの」を表す動物

バーネスは犬でも猫でもフクロウでもなく、亀なんだよね。このチョイス、すごく深いと思う。

亀って、すごく静かで、あまり動かなくて、派手さもない。でもその分、ずっとそばにいてくれて、長生きして、ゆっくり時間をくれる。たぶんそれが、ドラコにとって必要だったんじゃないかな。プレッシャーとか、家柄とか、父親の厳しさとか、そういうものから逃げるように、バーネスと一緒にいたんだと思う。

それに、「殻にこもる」って意味もある。ドラコはまさに、自分を守るために殻をかぶってた子どもだった。だからこそ、亀っていう動物が、彼の心を映す鏡になってる気がする。

きっと作者たちは、ドラコというキャラの“救い”として、バーネスを出した。過去を悔いてばかりのドラコに、「あの頃の自分も悪くなかったよ」って言ってくれる存在として。スコーピウスがそれをちゃんと聞いて、「僕のパパは優しい人だった」と思えるように。だからバーネスは、ただのペットじゃなくて、「父と子をつなぐ魔法」だったんだよね。