自己肯定感が低い私が、子連れの彼と(シングルファザー)【結婚したい・婚活・出会い馴れ初めエピソード】

自己肯定感が低い私が、子連れの彼と(シングルファザー)【結婚したい・婚活・出会い馴れ初めエピソード】

この馴れ初め話は著作権フリーで改変も自由・YouTubeの素材やSNSでご使用いただいても問題はありません。ただ以下のリンクを張っていただけたら幸いです。
はっくなび

だれにも必要とされていないと思ってた

こんな私が、誰かと「家族」になるなんて

福祉施設の相談員として働いて、もう十年以上が経ちました。
毎日、困っている人の話を聞いて、何か少しでも力になれたらと、自分なりに頑張ってきたつもりです。けれど――。

(私なんか、誰の役にも立ってないかもな)

そんなふうに思ってしまう夜が、いつもより多かった気がします。
家に帰っても誰もいなくて、電気をつけるのも面倒で。冷蔵庫には豆腐と味噌、卵だけ。食べる気力もなくて、そのまま布団に潜り込んでしまう日もありました。

図書館が、唯一の逃げ場所でした。
静かで、誰も私に話しかけてこない。どんなに息が詰まる日でも、本の中では誰かが誰かを大事にしていて。
ページをめくるたび、胸の奥がじんわりとあたたかくなるような気がして、帰る時間になるのが、いつも嫌だったんです。

仕事では「しっかり者の○○さん」と言われるけど、本当の私は、すごく弱くて、すぐに心が折れてしまいます。
母とは10年以上口をきいていません。
父は私が中学生の頃に家を出ていって、そのまま。兄は結婚して遠くにいて、私のことなど覚えていないようです。

「私なんて、いてもいなくても同じだよ」

…それが、私の口癖になっていました。

でも、そんなある日。

ひとりの「見学者」が、施設に来ました。
その人は、静かで、でもまっすぐで。
…そして、5歳くらいの女の子の手を、ぎゅっと握っていたんです。


登場人物紹介(ちゃんと書きます)

私(39歳・福祉施設職員)
・中堅どころの職員。誰かの役に立ちたい気持ちはあるけれど、自分には価値がないと思い込みがち。
・日々の楽しみは、図書館通いと小さな観葉植物のお世話。
・人に頼るのが苦手。強がることで自分を保っている。
・母親とは絶縁状態。恋愛は長年ご無沙汰。

(人に「優しい」と言われるのが一番つらい。自分が優しいなんて、思ったことがないから)

旦那くん(42歳・営業職・シングルファーザー)
・5年前に妻を病気で亡くし、今は娘と二人暮らし。
・寡黙で無骨。だけど、すべての行動に「思いやり」がにじむ人。
・仕事と育児に追われながらも、どこか芯のある目をしている。
・施設に興味を持ち、娘と一緒に見学に来たのが、私との出会いのきっかけ。

(言葉が少ないのに、なぜか「わかってもらえた」気になる人。あんな人、今までにいなかった)

娘ちゃん(5歳・好奇心旺盛)
・少し人見知りだけど、笑うとえくぼができるかわいい子。
・「ねえ、これなあに?」が口癖。
・母を亡くしているが、無理に我慢して笑っているようなところがある。
・ある一言が、私の心をやさしく揺らしていくことになる。


あの日、ふたりは突然、目の前に現れた

「すみません、施設見学の申し込みをしていたんですが…」

玄関の自動ドアが開いたとき、私はコピー用紙を抱えて、カウンターの奥から出てきたところでした。
彼は、少し俯きがちにそう言って、名乗りました。
その横で、小さな女の子が、きょろきょろと周囲を見渡していました。

「はい、担当の者がご案内しますね。どうぞこちらへ」

(ちゃんと笑えてたかな、私…)

自然な笑顔が出せている自信はありませんでした。でもその時、女の子がふっと私の方を見上げて――

「この人、やさしそう」

そう、小さくつぶやいたんです。
まるで、私の心の奥にある、一番暗い場所に、小さな火が灯されたような感覚でした。

(うそだよ、私はやさしくなんかない。毎日、ただ疲れてるだけなのに)

でもその時だけは、何も言い返せなかった。
彼が、照れくさそうに小さく笑ったのを見て、胸がドクンと鳴りました。

小さな手が私の手を引っ張った日

いつぶりだろう、手をつないだのなんて

見学の案内は、1時間程度。
施設の中を一通り説明しながら、部屋を回って、イベントの説明や支援内容の資料を渡すのが、いつもの流れです。

でもこの日だけは、何かが違っていました。
彼――旦那くんが、黙って私の説明を聞きながらも、ひとつひとつに丁寧にうなずいてくれる。
その横で娘ちゃんが、「これなあに?」「おとーさん、こっち見ていい?」と、好奇心いっぱいに跳ね回る。

正直、施設見学で子どもがこんなに元気にはしゃぐのは珍しくて、私も少し戸惑ってしまったのですが――

「この人、ずっと笑ってないね」

娘ちゃんがぽつりとそう言った瞬間、私は言葉を失いました。
子どもは、怖いほど、まっすぐです。

(…笑ってなかった? やっぱり私、ダメだな)

すると、旦那くんがそっと娘ちゃんの肩に手を置いて、「ごめんね、びっくりさせちゃって」と優しく言いました。
その声が、すごくあたたかくて、泣きたくなるほど優しくて。

そのとき――

娘ちゃんが、不意に私の手をつかんだんです。
小さくて、やわらかくて、体温がちゃんとあるその手が、私の指をぎゅっと握ったんです。

「ここ、また来てもいい?」

その一言に、私はなんて返したらいいのか、わからなくなりました。
喉の奥がつまって、何か言おうとしても言葉が出てこない。

(……うん、来て。来ていいよ。私なんかでよければ)

心の中では何度もそう思っていたのに、声に出せたのはたったひとことでした。

「もちろん、いつでもどうぞ」


その手のあたたかさが、胸に残ったまま

見学を終えて、彼と娘ちゃんが帰っていったあと。
私は、洗面所の鏡の前で、自分の顔を見ました。
少し前の自分なら見たくなかった、くたびれた目元、乾いた肌。…だけどその日は、なんだかちょっと違った。

(…私、今、泣きそうになってた)

子どもに手を握られるなんて、何年ぶりだろう。
そんなことで心が揺れるなんて、想像もしてなかったのに。

私は、その日の帰り道、図書館には行きませんでした。
いつもなら寄っていたはずの場所を通り過ぎて、コンビニで小さなプリンを買いました。
自分で食べるために。

(子どもの手って、こんなに小さいのか)

その感触が、ずっと手のひらに残っていた気がしました。


翌週、またふたりはやってきた

そして、次の週。
私はカウンターで事務作業をしていたのですが――ふいに、玄関の自動ドアが開いて、あのふたりが入ってきたのです。

「あ……」

気づくと立ち上がっていて、言葉が出ませんでした。
でも、娘ちゃんが私を見るなり、走ってきて、また手を握ってくれた。

「おねえさん!また来たよ!」

その無邪気な声が、私の胸を打ちました。
旦那くんが少しだけ頭を下げて、目を合わせてくれた。あの時と同じ、優しいまなざしで。

「すみません。娘が、ここにまた来たいって言い出して」

「ううん、大丈夫です。……私も、会えて嬉しいです」

自然に出たその言葉に、自分で驚きました。

(…嬉しい、なんて、私の口から出るなんて)


少しずつ、心の扉が開いていく

この日をきっかけに、ふたりは定期的に施設を訪れるようになりました。
最初は見学目的だったようですが、娘ちゃんが他の子どもたちと遊ぶようになり、旦那くんもそれを見守りながら、静かに私と話すようになっていきました。

その会話の中で、彼がぽつりと語ったのです。

「…妻を亡くしてから、娘が人と話すのを怖がるようになって。だから、ここで笑ってくれるのが、すごく嬉しくて」

(私も…この子の笑顔が、嬉しい)

ふたりの存在が、私の中で少しずつ特別になっていくのが、怖いくらいにわかりました。

「おねえさん、また来てね」

その言葉だけで、一日が変わった

「おねえさん、また来てね!」

その言葉が耳に残ったまま、私はその日、仕事が終わっても心がふわふわしていました。
普段なら、誰にも必要とされない日常に、何も感じずに帰っていくだけ。
でも今日は違った。

(また来て、って言ってくれた…)

たったそれだけの言葉なのに、どうしてこんなに胸があったかいんだろう。
涙がにじむほど、優しくて、甘くて、少しだけ痛くて。
まるで、長い冬のあとに咲いた、小さな花を見つけたような気持ちでした。

「私、こんな気持ちになること、もうないと思ってたのに…」

家に帰って、ひとりで言ってしまいました。
誰も聞いていないのに。
それなのに、自分の声が震えていたのが、なんだか恥ずかしかったです。


施設じゃない場所で会いたいと思ってしまった

日を追うごとに、ふたりが来るのが楽しみになっていきました。
娘ちゃんの笑顔、旦那くんの静かなやさしさ。
そのどれもが、私の心の乾いた場所に、静かに水を注いでくるようで。

ある日、彼が言いました。

「娘が、ここに来る日だけは、保育園に行くのを嫌がらなくなって」

そう言って、少し照れくさそうに笑ったんです。
その横で、娘ちゃんが私にぎゅっと抱きついてきました。

「おねえさん、すきー!」

(…こんな風に、まっすぐ言ってもらえる日が来るなんて)

私は何も言えなくなって、ただ笑うことしかできませんでした。

でも、その帰り際。
玄関で旦那くんが、少し言いにくそうに、声をかけてきたんです。

「……あの、よかったら……施設じゃない場所で、どこか…一緒に行けませんか?」

胸が、跳ねました。

「えっ……それって……」

「娘が……お礼をしたいって言ってて。アイスでも、どうかなって。…迷惑ですよね、すみません」

(どうしてそんなに申し訳なさそうに言うんだろう。私は、ほんとは、飛び上がるほど嬉しかったのに)

私は、顔をうまく見せられないまま、小さくうなずきました。

「…はい。よろこんで」


公園で3人、アイスを食べた午後

数日後、待ち合わせは近くの小さな公園でした。
私は、少し早く着いて、ベンチに座って待っていました。
手には、小さなハンドタオルと、緊張で震える指。

(こんな気持ち、何年ぶりだろう)

ふたりが現れたとき、娘ちゃんが駆け寄ってきて、私の手をまたぎゅっと握ってくれました。

「おねえさん、アイス!いっしょにたべよー!」

旦那くんが、コンビニの袋を提げて、私の前に立ちました。

「すみません、これくらいしか思いつかなくて」

袋の中には、チョコモナカ、いちごバー、バニラカップ。
娘ちゃんが選んだらしくて、全部カラフルで、どこか懐かしいものでした。

私がいちごバーを選ぶと、娘ちゃんが嬉しそうに言いました。

「それ、わたしのいちばんすきなやつ!いっしょだね!」

その言葉に、私の心のどこかが、ぎゅっとあたたかくなっていくのがわかりました。


小さな日常に、幸せがにじむ

3人でベンチに座って、アイスを食べる。
ただそれだけの時間なのに、涙が出そうになるくらい、やさしい空気が流れていました。

旦那くんが、不意に言いました。

「……娘が、母親を失ってから、あんなふうに人と笑ったの、初めてかもしれません」

(そんな…私なんかが、力になれてるの?)

私は、言葉が出せなくて、ただ小さくうなずくだけ。
でも、彼のまなざしはまっすぐで、真剣で――

「ありがとうございます。……本当に、感謝しています」

(そんな風に言われる資格、私にはないのに)

でもその言葉に、私は何年ぶりかで、「私でよかった」と思えたんです。


今度、夕飯でも」と言われて震える心

その一言で、世界がゆれた

アイスを食べた帰り道、もう日が落ちかけていました。
公園の木々の影が長く伸びて、肌に当たる風がほんの少し、涼しさを運んできました。

「今日はありがとうございました。娘が、すごく喜んでました」

(私のほうこそ、ありがとうって言いたいのに…)

まだ名残惜しい気持ちを胸に、私は小さく会釈をしました。
すると旦那くんが、不意に立ち止まり、ポケットからメモ用紙のようなものを取り出しました。

「……あの、よかったら、これ」

手渡された紙には、手書きの連絡先。スマホの番号と、メールアドレス。

「えっ……」

驚いて顔を上げると、彼はどこか恥ずかしそうに、でも真剣に言いました。

「今度、夕飯でもどうですか。娘も、お姉さんとちゃんとごはん食べてみたいって。俺も……もっと、お話ししたくて」

言葉の途中で、私の目を見てから、視線を少し逸らしたその仕草に、胸がぎゅっとなりました。

(…だめだ、心臓が、止まりそう)

私は、返事をする前に手が震えてしまいました。
こんなこと、慣れていないんです。
誰かに「一緒にごはんを」と言われるなんて。しかも――それが嬉しいなんて。

「……はい、私で、よければ」

それがやっと、精一杯でした。
喉の奥がつまって、声が上ずって、それでもどうにか伝えられたのは、きっと彼が優しく微笑んでくれたから。


自分の服がこんなに気になるなんて

夕飯の約束の日。
私は仕事を早めに切り上げて、家に帰りました。
何を着て行けばいいのか、わからないまま、何度もクローゼットを開け閉めして――。

(…私なんかが、こんなに服を選ぶなんて)

恥ずかしさと同時に、少しだけ嬉しかった。
たぶん私は、もう何年もこんな風に「誰かに会うための自分」を準備したことがなかったんです。

結局、選んだのはベージュのニットと紺のスカート。
地味だけど、落ち着いていて、どこかやさしい色合い。
最後に鏡の前で深呼吸をして、玄関のドアをそっと閉じました。


小さな定食屋で、あたたかい夜

待ち合わせは、彼が指定してくれた小さな定食屋さんでした。
昔ながらの木の看板、のれんをくぐると、ふわりと味噌のいい香り。
奥のテーブル席に、彼と娘ちゃんがもう座っていました。

「こんばんは」

「おねえさん、きたー!」

娘ちゃんが笑顔で両手を振ってくれて、私の緊張はすこしだけほどけました。
彼が立ち上がって、「どうぞ」と席をすすめてくれる。
その所作ひとつひとつが、丁寧で、やっぱりどこか、安心する人でした。

「ここの唐揚げ定食が、おいしくて。よく娘と来るんです」

「そうなんですね……楽しみです」

メニューを開く手が少し震えていたけれど、それを隠すために笑って答えました。


こんなふうに笑うこと、もうないと思ってた

唐揚げ定食。
味噌汁、ひじき、小さな豆腐、そしてサクサクの唐揚げ。
娘ちゃんが一口食べて、「あつっ!でもおいしいー!」と笑ったとき、彼が「ゆっくり食べな」と目を細めて言いました。

(ああ……この人、本当に、お父さんなんだな)

その様子を見ているだけで、胸がじんわりとあたたかくなって、私は無意識に笑っていました。

彼が、ふいに私を見て言いました。

「……お姉さん、いい笑顔しますね」

ドキン、とした。

(やめて……そんなこと言わないで。そんなふうに言われたら、私は、また期待してしまう)

「……笑ったの、久しぶりかも」

そう言った私の声は、少しだけ震えていたと思います。
でも彼は、それをからかわず、ただ静かにうなずいてくれました。

「また、笑ってください。……できれば、俺たちと一緒に」

(そんなの……ずるいよ。そんな言い方、ずるいよ)

目の前のごはんがぼやけて見えたのは、湯気のせいじゃなかった。


娘との会話で、自分の傷に気づいた

あの子のことばが、心の奥を揺らした

夕飯のあと、店を出た3人は、夜風の中を歩いていました。
娘ちゃんはお腹いっぱいになったのか、歩きながらふわふわと歌を口ずさんでいました。

「ごはん、おいしかったねー!おねえさんと、もっといっしょに食べたい〜!」

(こんなにストレートに想いを伝えられるなんて……)

私はその無垢な笑顔に、ただただ頷くしかできませんでした。
一緒にいた時間は短かったはずなのに、不思議と「昔から知ってた」みたいな気がして。

「また、ごはんいこうね!」
「うん。……ぜひ、行こうね」

そんな風に答えた私の声が、震えていたのに気づいていたのかどうか――
娘ちゃんは、そのあと、ふと真顔になって、ぽつりと聞いてきたのです。

「おねえさんは、おかあさんじゃないの?」

一瞬、胸がつまって、呼吸が止まりそうになりました。

(母親……)

その言葉が、心の中の封印を、静かに破ってきた気がしました。


「わかんないけど、さびしそうだったから」

私は答えに詰まって、少し笑ってしまいました。

「ううん、おかあさんじゃないよ。ひとりなんだ」

「ふーん。でもね、おねえさん、やさしいから、きっとおかあさんみたいになると思う!」

(……やさしい? 私が?)

私は、長い間「やさしい」という言葉が一番苦手でした。
なぜなら、私自身がそれを信じていなかったから。
仕事で人に優しくするのは当たり前。でも、それは職業としてのことであって――

(私自身は、そんな価値のある人間じゃない)

そうやって、自分を何度も突き放してきた。
でも、娘ちゃんは迷いなく、私のことを「やさしい」と言ってくれた。

私は、しゃがんで娘ちゃんと目を合わせました。

「ありがとう。でも、どうしてそう思ったの?」

娘ちゃんは首をかしげながら、少し照れたように言いました。

「わかんないけど……おねえさん、いつもすこしさびしそうだから。だから、やさしくしてあげたくなるの」

その言葉に、私は完全に固まってしまいました。

(……なんで、こんなにちいさな子に、私の心が見えてしまうの?)


過去の記憶が、頭をよぎる

娘ちゃんと別れて、家に帰ったあと。
私は、一人でソファに座り込み、気がつくと、小さな声でつぶやいていました。

「私……ずっと、寂しかったんだな……」

両親との関係、学生時代の孤立、恋愛での失敗。
誰にも本当の気持ちを打ち明けられないまま、大人になってしまって――
それでも「人のためになる仕事をしていれば、自分は価値がある」と思い込んで、ずっと走り続けてきた。

(でも、あの子は、そんな私の仮面の奥を、たった一言で見抜いた)

胸がぎゅっと締めつけられて、涙が止まらなくなりました。


「ありがとう」って、言いたくなった

自分の部屋で泣きながら、私はスマホを開きました。
もらった彼の連絡先――
指が震えるのを我慢して、そっとメッセージを打ちました。


「今日は、ありがとうございました。
ごはん、美味しかったです。
それと……娘さんの言葉に、気づかされました。
私、ちゃんと自分のこと、見つめていなかったんだなって。
…本当に、ありがとう」


送信ボタンを押したあと、すごく怖かった。
既読がつくまでの数分が、永遠に感じられました。

でも、返ってきた返事は、とても短くて、あたたかかった。


「こちらこそ、ありがとうございます。
娘も、また会いたいって言ってます。
……俺も、です」


(私、必要とされてる……?)

そのことが、どれほど自分の心を救ってくれるのか、
その時の私は、まだちゃんと気づいていなかったのかもしれません。

でも確かにこの夜、私は「過去の自分」に触れ、
そして少しだけ――前に、踏み出せた気がしました。


次回、「あなたは優しい人だよ」へ続きます。
感情と会話、心の機微を大切に、さらに深く展開いたします。

承知しました。
続く第6章「あなたは優しい人だよ」をお届けいたします。
ここでは、心を閉じていた「私」が、彼の真っ直ぐな言葉に触れて、優しさの本当の意味を知る重要な転機となります。


あなたは優しい人だよ

その言葉だけで、ずっと泣いていた

その日の夜、彼からのメッセージを見返しながら、私は何度も涙を拭っていました。
「娘も、また会いたいって言ってます。……俺も、です」
この「……俺も」の部分を、何度読み返したかわかりません。

(こんなに誰かの言葉に救われる夜があるなんて)

自分が必要とされているという実感。
それは、あまりに長い間忘れていた温度で、あまりに久しぶりすぎて、逆に怖かった。


数日後、ふたりがまた施設にやってきた

「あっ、いたー!」

娘ちゃんが大きな声で走ってきて、私の腰に飛びついてきたのは、金曜日の午後。
応接スペースの書類整理をしていた私は、思わずその小さな勢いにふらつきながらも、笑って彼女を受け止めていました。

「おねえさん、またきたよ!おえかきしたいの!」

「うん、じゃあ、おえかきセット持ってこようか」

(ふしぎだな、前は子どもが苦手だったのに)

娘ちゃんと一緒に色鉛筆を選びながら、そんなことを思っていました。
子どもに話しかけるのも苦手で、どうしていいかわからなくて、避けていた私。
それが今は、こんなに自然に、嬉しくて、あたたかくて。

(この子のおかげだよね。…そして、彼のおかげ)


あたたかい視線が、私を包んでいた

応接のソファに戻ると、彼がすでに座っていました。
ジャケットを脱いで、シャツの袖を少しまくって。
どこか疲れているようでいて、目だけはやさしかった。

「こんにちは。今日も、お世話になります」

「こちらこそ……来てくれて、嬉しいです」

私がそう言うと、彼の目がふっと細くなって、
まるで「よかった」と言ってくれたような顔をした。

娘ちゃんが夢中で絵を描く横で、私たちはまた少しだけ話をしました。
ほんの短い言葉のやりとり。でも、なぜかその静かな時間が、心地よくて。

「……あの」

彼が、不意に声を落として言いました。

「この前のメッセージ、嬉しかったです。
……自分の気持ちを正直に伝えられる人って、強いと思います」

(そんな……私、正直になんて、まだ全然…)

私はうつむきかけたけれど、彼がそれを遮るように言いました。

「お姉さんは、自分のことを過小評価してる。
だけど……見ていればわかります。あなたは、本当に優しい人だよ」


心が壊れそうになるほど、やさしい言葉だった

「優しい人だよ」

それは、これまで何度か人からかけられたことのある言葉でした。
でも、彼の口から聞いたその「優しい」は、何かが違っていました。
表面的なお世辞でもなく、仕事柄の称賛でもなく――
ちゃんと、私という人間を見てくれて、そう言ってくれている気がした。

「……そんなふうに思ってもらえるなんて、思ってなかったです」

喉の奥がつまって、涙がにじむのを隠すために、私は無理に笑いました。
でも、彼はまっすぐに言葉を続けました。

「娘にとって、あなたは“安心できる大人”なんです。
それって、言葉じゃどうにもならないものだと思います。
俺は、あなたに会えてよかった。……ほんとに」

(やめて、そんなにやさしくしないで)

そう思う一方で、その言葉をもっと聞きたい自分がいて。
その矛盾が、胸の奥でぐちゃぐちゃになっていきました。


小さな絵に、詰まっていたもの

「できたー!!」

娘ちゃんが元気な声を上げて、私と彼の前に絵を差し出しました。
そこには、3人が並んで手をつないでいる絵が描かれていて。
私の髪はふわふわで、横に小さな娘ちゃん、もう片方には大きな彼。

「これ、なあに?」と私が聞くと、娘ちゃんはにっこり笑って言いました。

「かぞくの絵だよー!」

(……かぞく?)

その言葉に、私の心の中の何かが、静かに崩れました。
「家族」という響きは、私にとってずっと怖いものでした。
理解し合えないもの、傷つけ合うもの、私には縁がないもの。

だけど今、目の前の子が、それを「自然に」口にしてくれた。

(私は、家族になれるのかな? 誰かと…)

この問いの答えを、私はまだ知らない。
でも、このとき、初めて「家族になりたい」と思ってしまったのです。


家族って、何?と初めて考えた夜

あの言葉が、頭から離れなかった

「かぞくの絵だよー!」

――あの日、娘ちゃんが描いた、手をつないだ3人の絵。
帰りの電車の中でも、家に着いてからも、頭の中で何度もその場面が再生されていました。

(私が……家族? このふたりと、私が?)

あり得ない。
だって私は、家庭というものに、ずっと居場所を持てなかった人間だ。

母とはもう十年以上、まともに話していない。
父は昔、私たち家族を置いて出ていった。
兄は遠い街で家族を持っているけど、年賀状すら来ない。

私は、家族にとって「いない方がいい存在」だった。
その記憶が、いまだに身体にこびりついている。


図書館に足が向いた理由

どうしても落ち着かなくて、私は久しぶりに夜の図書館へと向かっていました。
静かな場所で、自分の考えとちゃんと向き合いたかった。

お気に入りの静かな奥の窓辺の席に座り、「家族」「親子」「つながり」――
そんなキーワードで検索した本を数冊、積み上げました。

ページをめくるたびに出てくるのは、どれも「当たり前のような家族像」。

父と母がいて、子どもがいて、温かい団欒があって――
だけど、それを読めば読むほど、私は苦しくなっていった。

(私の家には、そんな時間はなかった)


過去の記憶と向き合う

「勉強してれば、それでいいの」
「うちの恥にならないようにしなさい」
「泣くのは勝手だけど、人前ではやめなさい」

母からのそんな言葉たちが、心の奥でまだ生きていました。

褒められた記憶よりも、叱られたときの冷たい目。
抱きしめられた記憶よりも、手を払いのけられた記憶。
どれも、忘れられない。

だからこそ――
私は人に近づくことが怖くて、誰かの「優しさ」を疑ってしまうようになった。

(でも、それって……)

ふと思いました。

(彼と娘ちゃんは、そんな私を責めなかった)


家族は「血」じゃなく「心」なのかもしれない

本の中に、こんな一文がありました。

「家族とは、安心して泣ける場所である。血のつながりではなく、心のよりどころ。」

(……私には、それがなかった)

でも、今――
もし、あのふたりと過ごす時間が「安心できる」と感じているのなら。
それはもう、家族のかけらなのかもしれない。

私はページを閉じて、顔を上げました。
窓の外に、夜の街の明かりが瞬いていました。


スマホに残る、たった一枚の写真

その夜、家に帰って、私はスマホを開きました。
娘ちゃんが描いた「かぞくの絵」を、こっそり撮っておいたのです。
手をつないだ3人。丸い笑顔。カラフルな服。

(私、こんな風に描いてもらえるなんて思ってなかった)

泣きそうになるのを我慢しながら、私は画面をスワイプして、最近撮った写真を見ていきました。
施設の廊下、飾りつけ、誰かの後ろ姿、そして――
ふたりと一緒に写った、ぼんやりとした集合写真。

その中で、私はたしかに、笑っていました。


初めて、心の底から願った

画面を見つめながら、私はぽつりと口にしました。

「……家族になりたいな」

小さな声。誰にも聞かれないような、囁きのような独り言。
でもそれは、今までの私が決して口にしなかった本音でした。

怖い。期待して傷つくのが。
でも――それ以上に、あの手の温かさが、あの人の声が、あの子の笑顔が、
私の「生きたい」という気持ちを育てていた。

(私、誰かと“生きていきたい”って、今思ってる)

静かな夜。
その願いは、胸の奥で、そっと小さな光になって灯りました。


3人で笑った写真、私はこの時生まれ直した

あの日、あの時間が、すべてを変えた

それは、春の陽射しがほんのり暖かくなってきた休日でした。
彼と娘ちゃんと3人で、少し遠出をしてピクニックに行くことになったのです。
彼が言いました。

「娘が、お姉さんと“外でおにぎり”っていうのを、どうしてもやりたいって」

(そんな理由、反則だよ…)

心臓がきゅっと縮むようなうれしさと、ほんの少しの緊張と。
だけどその日、私はいつもより時間をかけてメイクをして、
髪も丁寧にまとめて、小さなおにぎりをたくさん握っていました。

(誰かのために料理をするなんて、何年ぶりだろう)

レジャーシートの上、娘ちゃんが私の作った卵焼きを一口食べて、
「おねえさんのたまご、ふわふわでやさしい!」と笑いました。

彼も静かにうなずきながら「……ほんとに、やさしい味ですね」と。

(うれしい。うれしいよ、もう、なにもいらないくらい)


「写真撮ろうよ!」の声に、私は思わず戸惑った

食後、娘ちゃんがリュックから小さなインスタントカメラを取り出しました。
彼が「使い方、覚えたの?」と笑っている横で、娘ちゃんは元気よく言いました。

「だって今日、かぞくでピクニックしたから!しゃしん、いるもん!」

その言葉に、私の胸がきゅっとなりました。
“家族”――やっぱり、私はその言葉がまだ怖い。

(でも、この子が言ってくれるなら、少し信じてみてもいいのかもしれない)

娘ちゃんがカメラを地面に置いて、タイマーをセットし、
「はやくはやく!」と急かして、私と彼の間にすぽんと入りました。

「みんな、にこー!」

その瞬間、カメラが「カシャッ」と音を立てて、シャッターが切られました。


写真の中の私は、ちゃんと笑っていた

帰り道、彼がその写真を見せてくれました。
光の加減が少しまぶしくて、シートの上で笑う3人が写っていて、
私はその中で、ちゃんと“笑っている私”でした。

「…こんな顔、してたんですね、私」

「はい。すごく、いい顔してます」

彼の言葉に、私はそっと写真を受け取りました。
涙がにじみそうになるのを堪えながら、でもどうしても声が出てしまった。

「……私ね、昔、家族って嫌いだったの。
自分がいても、いなくても同じだって、本気で思ってた。
誰にも必要とされないって、ずっと思ってた」

私がそう言ったとき、彼は黙ってうなずいて、それから言いました。

「今は、違いますよ。
あなたがいてくれて、本当によかった。
俺も、娘も、きっと同じ気持ちです」


生まれ変わるって、こういうことなんだ

家に帰って、もう一度その写真を見返したとき、私は初めて自分の心の奥にある「痛み」を、
静かに受け入れられた気がしました。

家族に傷つけられたことも、長い孤独も、涙も、
全部を抱えたままでも、誰かと繋がれるということ。

(私、きっとこの日、生まれ変わったんだ)

優しさは、誰かに与えるものじゃなくて、
誰かと一緒に見つけるものだったんだって。

あの小さな手が、私の手を引いてくれた日から。
私は、確かに変わっていった。


これからも、手をつないで歩いていこう

その後、私たちは、少しずつ、でも確実に距離を縮めていきました。
ふたりと私――3人の生活が、ゆっくりと形を変えていきながら。

プロポーズなんて特別なセリフも、サプライズもなかったけど、
ある日、彼が小さな声で言ったのです。

「……もう、俺たちの家、あなたがいないと寂しいです」

私は何も言えなくて、ただ小さくうなずきました。
そのあと、娘ちゃんがぎゅっと私の手を握って、「けっこんってやつでしょ?」と笑ったとき、
私は、声を上げて笑ってしまいました。


そして、私は今も笑っている

かつて「私なんて」と口癖のように言っていた私が、
今、誰かと笑いあい、誰かのために食事を作り、
「おかえり」と言える場所を持てている。

それは、奇跡なんかじゃなくて、
ちいさな手と、真っ直ぐな声が、私の心を変えてくれたから。

私は今日も、その写真を飾っている。
3人で笑ったあの瞬間――あの時の私が、生まれ直した証として。


 

This website stores cookies on your computer. These cookies are used to provide a more personalized experience and to track your whereabouts around our website in compliance with the European General Data Protection Regulation. If you decide to to opt-out of any future tracking, a cookie will be setup in your browser to remember this choice for one year.

Accept or Deny