グリップフックとの取引って、どう始まったの?
グリップフックとハリーたちの取引が始まるのは、物語の中でもかなり緊迫した時期。『死の秘宝』の中盤、ハリーたちは分霊箱を探しながら、ほとんど誰も信用できない状況に追い込まれていました。逃亡者となり、魔法省や死喰い人からも追われている中で、唯一の手がかりが「ベルのトリックスの金庫にもう一つの分霊箱があるかもしれない」という情報。
でも、その金庫に入るにはどうすればいいのか。グリンゴッツ魔法銀行は、魔法界の中でも最も厳重な場所の一つ。そこで登場するのが、ゴブリンのグリップフックです。彼は以前にも少し登場していて(『賢者の石』でハリーを金庫まで案内したあのゴブリン)、今回はビル・ウィーズリーのつてで、貝殻の家に匿われていたところをハリーたちが見つけるんです。
ハリーたちにとっては、分霊箱を破壊するという大きな使命がある。でもグリップフックにとっては、自分たちゴブリンの誇りや、奪われた歴史への怒りがずっとくすぶっている。とくに、ゴドリック・グリフィンドールの剣に関しては、「それは魔法使いたちが盗んだものだ」とはっきり言っています。
この時点で、もうすでにふたりのあいだに「信頼」はないんですよね。ハリーはグリップフックを「利用」したいし、グリップフックもまた、ハリーたちを「手段」として見ている。そんな危うい関係から、あの取引はスタートするんです。
取引のきっかけは「剣」だった
ハリーがグリップフックに求めたのは、グリンゴッツの中でも特に厳重な「レストレンジ家の金庫」へ侵入するための協力。でも、ただ頼むだけではゴブリンは動きません。彼らにとって、魔法使いとの関係は長年の不平等の歴史の中にあります。グリップフックが見ていたのは、「魔法使いがいつも都合のいいときだけゴブリンを使って、終わったら裏切る」という現実。
だから彼は、条件を出します。「グリフィンドールの剣をくれ」と。あの剣は、ゴブリンが作った芸術品。しかも、マジックで“真の持ち主のもとに現れる”という性質をもっている。この剣が象徴するのは、単なる武器以上のもの。ゴブリンの誇りそのものなんです。
ハリーはこのとき、実は「剣が分霊箱を破壊できる」ことをわかっていたし、それをグリップフックに渡したら、その後の戦いで大きな不利になるかもしれない。でも、それでも「金庫に入る」ことの方が優先だと判断する。それほど、分霊箱の破壊は切羽詰まったミッションだったというわけです。
この時の取引って、冷静に見ると「お互い裏切るつもりで握手してる」ようなもの。ハリーは「あとで返してもらうつもり」で剣を貸すつもりだったし、グリップフックも「剣を手に入れたら裏切る」って決めてた。もう最初から、信頼はゼロ。でもそれでも一時的に手を組まざるを得なかった、っていうこの危うい関係が、本当にリアルで切ない。
小説と映画の違い:グリップフックの描かれ方
小説のグリップフックは、もっと苦悩してるし、人間に対する憎しみや怒りもストレートに書かれてます。でも映画では、もう少し静かで、陰のあるキャラになってます。『死の秘宝 PART1』で、グリップフックが剣を見つめるシーンとか、すごく象徴的。
映画では、取引の場面がけっこうスッと流されがちですが、実はこの「誰も信用できない中で、敵にさえ近い存在と一時的に手を組むしかない」っていう展開は、ヴォルデモートの時代の恐ろしさや、魔法界の闇をすごくよく表しているんです。ハリーたちがそれでも使命に向かって進むしかないっていうのが、見る側にも伝わってくる。
呪いの子では、この関係はどう語られた?
『呪いの子』では、直接グリップフックの名前は出てきません。でも、あの物語全体が「過去をどう見るか」「誰が本当に正しかったのか」「信じるってどういうことか」が大きなテーマになっている以上、このグリップフックとの関係も、その流れの中で振り返られるべき一幕です。
とくに、スコーピウスとアルバスが「信頼とはなにか」を学んでいく過程の中で、かつてのハリーの選択――「裏切られるかもしれないのに、それでも進まなきゃいけない」という状況が、どれだけ重かったのかが浮き彫りになってきます。
作者はこの取引に何をこめたのか
J.K.ローリングがこのエピソードで描きたかったのは、たぶん「敵と味方、単純に分けられない世界」だったと思います。グリップフックは悪者ではありません。彼には彼の正義がある。だけどその正義が、ハリーたちの正義とぶつかる。誰かが間違っているわけじゃなくて、ただ「立場が違う」だけなんです。
この取引の場面を読んでいると、「このままいけば絶対に裏切られる」とわかっていても、そこに賭けるしかないハリーたちの状況が、胸に刺さります。友情とか信頼って、ふだんは美しいものに描かれがちだけど、現実では「信じたいけど信じられない、でも進まなきゃいけない」ってこと、ありますよね。ローリングはそれを、魔法界の中にもしっかり描いてくれたんだと思います。



