秘密の部屋後にドビーはその後どこに行ったの?住んでたの?
自由になったドビーはどこへ行ったのか、誰もちゃんと教えてくれなかった
ドビーは『秘密の部屋』のラストで、靴下の力でマルフォイ家から解放されました。そのときのあの喜びは、読者にとっても忘れられない瞬間です。けれど、「じゃあそのあと、ドビーはどこで暮らしてたの?」っていう疑問って、意外と作中でははっきり描かれていませんよね。でもそれって、実はものすごく大事な問いなんです。だって、奴隷として生まれた屋敷しもべ妖精が、自由を手に入れたあと、どんな場所でどんな思いで生きていたのか。それって、彼自身の物語の続きだし、ハリーの優しさがどんな未来を生んだのかにも関わってくるはずだからです。
まず最初に言えるのは、ドビーが自由になってからすぐ「ホグワーツで働いていた」という事実です。でもそれって、「住んでた場所」ではないですよね。ホグワーツで“働いていた”のと、“住んでいた”のはちょっと違います。だから、ここではその違いも意識しながら、ドビーのその後の「居場所」を深く掘ってみたいと思います。
小説で描かれた「ドビーのすみか」ってあったっけ?
『炎のゴブレット』では、ハリーが屋敷しもべ妖精たちに会うために、ホグワーツの厨房を訪れる場面があります。そこでドビーと再会し、彼が自由の身になった後、ホグワーツに雇われて働いていることを知るわけです。そこでわかるのは、「ドビーは給料をもらって働いている、めずらしい妖精」だということ。そして、「帽子をいくつもかぶり、靴下をたくさん身につけている」という描写から、彼が自分の『自由』を象徴するように服を大切にしている様子がうかがえます。
でも、実は「ドビーはどこに住んでいるのか」という明確な描写はないんです。厨房に住んでいるのか、それとも別の部屋があるのか。ホグワーツのどこかの隅っこに、小さなドビーの部屋があったのか。詳しくは書かれていません。けれど、厨房の他の妖精たちと同じように、「厨房の裏手」や「隠れた場所」に寝泊まりしていた可能性が高いと考えられています。
また、ドビーはハリーと会うたびに「自分で作った服」や「変わった帽子」を身につけて登場していました。つまり、彼には「持ち物を保管する場所」が必要だったということ。そう考えると、彼だけの専用の小さなスペース、たとえば棚の下や厨房の片隅に自作のベッドや収納があったのではないでしょうか。ドビーの性格からして、それを誇りに思っていたはずです。
「死の秘宝」で語られた「シェルトン・コテージ」のあの夜
『死の秘宝』で、ハリーたちはマルフォイ邸から脱出するためにドビーの助けを借ります。そのとき彼が行き先に選んだのが、ビルとフラーの家「シェルトン・コテージ」でした。あの場面でドビーははじめて「外の世界」に直接関わるような動きを見せたわけです。彼は「自分の意思」で人を助け、「自由だからこそ命令されずに動けるんだ」と強く語ります。
つまりこの場面からも、「ドビーは自由になってからも、ホグワーツだけで生きていたわけではない」とわかるんです。むしろ、ホグワーツに“通っていた”だけで、「住まい」はどこか外の世界にもあった可能性すらあります。でも、それを語れる場面は、彼の死によって永遠に閉ざされてしまいました。
「呪いの子」にはドビーの名前すら出てこない理由
『呪いの子』では、ドビーの名前は一切登場しません。まるで彼の存在が忘れられたかのように。でもそれって、物語上の“わざと”なんだと思います。というのも、「呪いの子」はスコーピウスやアルバスの新しい世代にフォーカスした物語です。だからこそ、「屋敷しもべ妖精の問題」はすでに“終わった過去”として片付けられているように扱われているのかもしれません。
けれど、だからといってドビーの存在が軽くなったわけじゃない。むしろ、「語られないこと」がそのまま、魔法界がまだまだ変わっていないことを示しているとも言えます。ドビーのように勇敢で、自分の自由を武器に人を助けた妖精の物語を、誰も語らなくなっているのだとしたら、それこそが一番の問題です。
作者J.K.ローリングが描かなかった「その後」の意味
ドビーの「住まい」が描かれなかったのは、おそらく意図的です。作者は「自由を手にしたドビー」を“あえて”途中で物語から切り離したのだと思います。それは、「自由を手に入れても、簡単に幸せになれるとは限らない」という現実を見せたかったからなのかもしれません。私たち読者は、「ああ、ドビーは幸せだった」と思いたいけれど、実際の世界で“自由を得た存在”が直面する困難を、そのままドビーの描写に重ねたのではないでしょうか。
でもそれでも、ドビーは最後まで優しく、勇敢で、誇り高かった。それこそが、作者がドビーに込めた「最大の願い」だったのかもしれません。


