小学校受験|願書で見落としやすい5つの落とし穴
1. 「いいこと」を書こうとして、“うわべ”ばかりになる
▼なぜ落としやすいのか
願書は“選考に関わる重要な書類”です。そのため、親はどうしても「印象のよいことを書きたい」「他の家庭より優れて見せたい」と考えてしまいます。
ですが、その気持ちが強すぎると、子どもの等身大の姿が消え、空虚な“理想の親子像”ばかりを並べてしまう結果になりがちです。
「友達と仲良くできる」「何でもがんばる性格」「笑顔が絶えない家庭」など、書いている本人は前向きなつもりでも、読み手の側から見るとどの願書も似たりよったりになってしまいます。
▼なぜそれがマイナスになるのか
学校側が見たいのは、「家庭がどんなふうに子どもを育てているか」「子どもがどんな個性を持ち、どんなふうに成長してきたか」という点です。
つまり、“家庭の言葉”で書かれていない願書は、深みがなく、心に響かないのです。
うまく整った文章よりも、その家庭でのやりとりや出来事がにじみ出る内容の方が、何倍も強い説得力を持ちます。
▼よくある例(避けるべき)
・「子どもは毎日明るく元気に過ごしています」
・「友達ともよく遊び、協調性があります」
・「我が家では笑顔を絶やさないようにしています」
これらは、どの家庭にも当てはまる「よさげな一般論」であり、個性も姿も浮かんできません。
▼どう避ければいいか
「いいこと」よりも「その子にしかないこと」「その家庭にしかない関わり方」を書く。
たとえば:
「近所のおばあさんに“おはよう”と声をかけるのが日課で、最近では“今日も元気そうでよかった”と子どもなりに思いやりのある言葉をかけるようになりました。」
このように、具体的な出来事の中に、その子らしさや家庭の育ちがにじみ出る表現を心がけることが大切です。
2. 「過去の実績や知識」をアピールしすぎる
▼なぜ落としやすいのか
特に習いごとや検定などを積み重ねてきた家庭ほど、「これだけやってきたのだから評価してもらえるはず」と考え、願書にもそうした実績をたくさん書きたくなる傾向があります。
たとえば「〇歳からバイオリン」「〇級合格」「英語も話します」など、努力の積み重ねは家庭にとって誇らしいものですし、書きたい気持ちはわかります。
▼なぜそれが逆効果になるのか
小学校受験で重視されるのは、「これまで何を覚えたか」ではなく、「入学後、どう育っていくか」です。
学校側は、「これから一緒に伸びていける家庭か」「伸びしろがあるか」「家庭との関わりが教育と合っているか」を重視します。
そのため、“すでにできること”ばかりを列挙されると、“伸び代が少ない”“詰め込み型かも”と警戒されることがあるのです。
▼よくある例(避けるべき)
・「年中から英会話に通っており、簡単な会話はできます」
・「九九を暗記しています」
・「小学校レベルの漢字まで読めます」
こうした実績の羅列は、一見すごいようで、「それがこの学校にどう関係するのか?」が伝わらないまま終わってしまいます。
▼どう避ければいいか
たとえ特技や経験を伝えたい場合でも、「その子の学び方の姿勢」や「家族との関係性」とセットで語ることが大切です。
「折り紙が好きで、手順書を見ながら時間をかけて何度も挑戦しています。最後まであきらめずに作ることが、自信につながっているようです。」
このように書くことで、「どんな子どもか」「どんなふうに成長しているか」が伝わりやすくなり、学校が求めている“伸びる力”に焦点を合わせることができます。
3. 説明会やパンフレットの言葉をそのまま使ってしまう
▼なぜ落としやすいのか
学校説明会では、校長先生の言葉や教育理念など、素晴らしい表現に触れる機会があります。そこから感銘を受け、「この言葉をそのまま使えば気持ちは伝わる」と思い、願書の中に組み込んでしまう方が非常に多いです。
また、パンフレットに書かれている教育目標(例:「自律と共生を育む」など)をそのまま引用してしまうこともあります。
▼なぜそれがマイナスになるのか
どれだけ立派な表現でも、他の家庭と同じフレーズでは“個人の声”として受け取ってもらえないのです。
先生方は何百通もの願書を読みます。その中で、まったく同じ表現を何度も見かければ、「これは借り物の言葉だな」と判断され、印象に残りません。
さらに、パンフレットの言葉を引用しただけで終わると、「この家庭は、自分たちの言葉で理念を受け止めていない」と見なされるおそれもあります。
▼よくある例(避けるべき)
・「貴校の“心豊かな人間性”を育む教育に深く共感いたしました」
・「“個を尊重し、集団を重んじる”方針に賛同しております」
一見正しいように見えますが、学校の言葉をオウム返ししているだけでは、家庭の思考が感じられません。
▼どう避ければいいか
「その理念をどう受け止めたのか」「家庭のどんな価値観とつながっているか」を、自分たちの生活の中から具体例で表現することが大切です。
例)
「子どもが“友達と相談して順番を決めたよ”と話す姿から、相手を思いやる行動が自然とできるようになってきたと感じています。貴校が大切にされている“共に学ぶ姿勢”を、日々の遊びの中で身につけているように思います。」
このように書くと、「言葉」ではなく「行動」に価値を見出している家庭であることが伝わり、好印象を与えることができます。
4. 家庭の教育方針があいまいで“芯”が見えない
▼なぜ落としやすいのか
願書では「家庭の教育方針」を問われる設問が非常に多くあります。ですが、いざ文章にしようとすると、「元気でいてほしい」「優しい子に育ってほしい」など、どうしても漠然とした理想論になりやすいものです。
その結果、何を大事にして子育てをしているのか、どんな価値観を持って子どもに関わっているのかが伝わらず、「芯のない家庭」という印象を与えてしまうことがあります。
▼なぜそれが問題になるのか
学校側は、「この家庭と6年間を共にできるか」「学校の教育と方向性が一致しているか」を見ています。
そのため、“芯が通った家庭”かどうかが非常に重視されるのです。
家庭の教育方針があいまいだと、学校と価値観がズレた時に衝突する可能性を感じさせ、選考上で不利になることもあります。
▼よくある例(避けるべき)
・「明るく素直に育ってほしいと願っています」
・「子どもらしく元気に育てています」
・「家庭でも礼儀を大切にしています」
どれも悪いわけではありませんが、中身が見えず、他の家庭とまったく差が出ないため、学校にとっては「判断材料にならない文章」です。
▼どう避ければいいか
「なぜそれを大切にしているか」「どんな行動で育てているか」を1つに絞って、深掘りすることが効果的です。
例)
「“できるまで付き合う”を大事にしています。工作がうまくいかず泣きそうになっていたときも、“少しずつやればできる”と声をかけ、途中で手伝わずに見守るようにしています。最近では、“やってみるから見てて”と自信を見せてくれるようになりました。」
このように書けば、家庭での教育が具体的であることが伝わり、「家庭と学校が一緒に育てていけそうだ」と感じてもらいやすくなります。
5. 他の家庭と比べて書いてしまう
▼なぜ落としやすいのか
願書を書くとき、どうしても「他の家庭はもっと立派なことを書いているかも」「うちの子はそこまで特別じゃないかも」という不安が生まれやすくなります。
その不安を打ち消すために、つい「周りと同じように」「浮かないように」と意識してしまい、結果的に「無難な内容」になってしまうのです。
また、中には「上の子も合格しています」「兄弟で〇〇学校に通っています」など、“他の家族”の実績をベースにした内容を書いてしまう家庭もあります。
▼なぜそれが逆効果になるのか
学校側が見ているのは、「この子自身はどうか?」「この家庭は、この子にどんなふうに関わってきたか?」です。
誰かと比べた評価ではなく、その子だけの成長・家庭だけの関わりを知りたいのです。
「兄も通っているので」「周囲でも評判がいいので」などの理由は、子どもと家庭の意思ではなく“他人の評価に依存している”と見なされる危険があります。
▼よくある例(避けるべき)
・「兄も在校しており、先生方には大変お世話になっております」
・「地域でも教育熱心なご家庭が多く、我が家も志望しました」
・「周囲の友人の多くが〇〇校を志望しています」
どれも気持ちとしては自然でも、願書では「わが子の話」から焦点が外れてしまっており、他人を軸にした説明は“家庭の主体性”を弱める結果になります。
▼どう避ければいいか
「なぜこの学校に我が子を通わせたいのか」→“自分たちの生活・子どもの姿”に引き寄せて具体化する。
例)
「息子は、どんな時でも“ありがとう”を伝えることが習慣になっており、周囲の人とのつながりを大切にしています。貴校の“人との関係性を重んじる姿勢”に強く共感し、家庭の方針とも一致するため、入学を希望しております。」
このように「わが子と家庭の方針に照らして志望理由を語る」ことが、最も納得感のある願書になります。
願書で問われる“本質”とは何か
小学校受験の願書は、「上手に書いた家庭」ではなく、「家庭と学校が“同じ方向を見ている”ことが伝わる家庭」が通ります。
以下の3つの姿勢を意識して仕上げると、願書の完成度は格段に高まります。
● 子どもを見る目線が“近い”かどうか
→ 子どもの行動を観察し、その中にある気持ちや成長の兆しを読み取ろうとしているか。
● 親の考えに“軸”があるかどうか
→ 教育方針がブレず、感情や流行に流されず、家庭の中で大切にしている価値があるか。
● “我が家らしさ”がにじみ出ているかどうか
→ 誰が読んでも「ああ、この家ならこう育ててきたんだろうな」と思える一貫した空気があるか。