ホグワーツの厨房にいた妖精たちって、どんな存在?
ホグワーツの厨房で働く屋敷しもべ妖精たちは、ハリー・ポッターの物語の中ではあまり目立たないけど、すごく大事な存在だって気づいた人、どれくらいいるかな。
小説を読んでいると、彼らは当たり前に厨房にいて、料理を作って、宴の準備をして、食堂に食事を運んでいる。だけど、その「当たり前」がどれだけ重たいものか、深く考えたことがある人は少ないかもしれない。
ずっと見えなかった場所、ホグワーツの「裏側」
『炎のゴブレット』で初めて、ハリーたちはホグワーツの厨房に入る。あのとき、厨房はグリフィンドールの寮の近くの地下にあって、食堂の真下にあることがわかる。
入り口は、果物の絵が描かれた大きな絵画。その中の「洋なし」をくすぐると、笑い出してドアノブに変わるんだよね。このしかけも、ちょっとかわいくて、でも少し切ない。なぜって、これは子どもたちには「隠された世界」があるっていう合図でもあるけど、それって「見なくていい存在」っていう扱いでもあるから。
厨房の中には、100体近くの屋敷しもべ妖精たちがいて、全員がホグワーツのために無休で働いている。食事の準備だけじゃなく、食器の後片づけ、食材の管理、宴の演出…全部、彼らがやっているのに、ほとんどの生徒はそれを知らずに過ごす。
これって、ちょっとゾッとする現実に近くない?
映画では見えなかったけど、でも確かにそこにいた
映画版では、ホグワーツの厨房は登場しない。
それどころか、屋敷しもべ妖精たちの働きも、ほとんど描かれていない。唯一目立ったのはドビーとクリーチャーくらい。でも、原作ではもっとたくさんの妖精が出てきて、もっとずっと深いテーマを抱えていたんだよ。
ハーマイオニーは、その「見えない働き手たち」に目を向けて、「S.P.E.W(しもべ妖精福祉振興協会)」を作るよね。周りからは笑われたり、相手にされなかったりしたけど、あれってとても勇気のある行動だったと思う。
だって、ホグワーツという「魔法の楽園」の中に、ちゃんと「不公平」があったってことを、彼女だけがまっすぐ見つめていたから。
妖精たちは、人間に仕えることを自分の誇りとしているけど、それは「そう教え込まれたから」なんじゃないかって、ハーマイオニーは疑問をもつ。
この「当たり前を疑うこと」って、子どもたちにすごく大事な視点をくれていると思う。だけど、それは映画ではほとんど伝わらなかった。原作を読むことでしか見えない、この「キッチンの真実」は、ホグワーツのもう一つの心臓なんだよね。
『呪いの子』ではどうだった?妖精たちはどこに?
『呪いの子』では、厨房や妖精たちの描写はまったく出てこない。
でも、だからこそ逆に気になる。「あれからあの子たちはどうなったの?」って。
時代が変わって、魔法界も少しずつ「変わっていこう」としている中で、あの厨房で働いていた屋敷しもべ妖精たちは、幸せになれたんだろうか。
人間に従うしかない生き方から、少しは自由に、自分の意志で動ける日々が来たのかな。ドビーのように「服をもらって自由になること」が、もっと普通のことになっていったのかな。
でも現実は、多分そんなに甘くないと思う。なぜなら、魔法界の人たちもまた、「当たり前」の世界に慣れてしまっているから。妖精たちを「ありがとう」とも言わず使うことが普通で、それを誰も疑問に思わない。
この世界は、そういう「見えない犠牲」の上に成り立っている、ってことを、作者J.K.ローリングはきっとわかっていて、あえてそのまま書いたんじゃないかな。

