ダンブルドアって、グリンデルバルドと恋人関係だった?
小説では名前だけ?いや、違う。深い関係がにじんでる
『ハリー・ポッターと死の秘宝』では、グリンデルバルドの名前はかなり早い段階から出てきます。でも、本当に登場するのは終盤の少しだけ。彼が「ニワトコの杖」の秘密を握る存在として登場し、ヴォルデモートに対して毅然とした態度を取る場面が印象的でした。
けれど、読者にとってもっと気になるのは、ダンブルドアと彼の「過去のつながり」。ダンブルドアが十代の頃、グリンデルバルドとゴドリックの谷で出会い、知的でカリスマ性のある彼に強く惹かれたという描写があります。この頃のダンブルドアはまだ兄のアバーフォースや妹アリアナの面倒を見ながらも、内心では自由や名声を求めていた。それをグリンデルバルドに見抜かれ、魅了されたのです。
彼らは数週間、熱心に魔法や思想について語り合い、「死の秘宝を集めて新しい魔法社会を築こう」と語り合いました。この情熱的な関係が、普通の友情に思えるでしょうか?ダンブルドアがアリアナの死をきっかけにグリンデルバルドと決別し、その後一生を通じて悔いていたという描写もあります。それは「友人を失った」後悔ではなく、「愛した人を止められなかった」悲しみのように感じられるのです。
リタ・スキーターの伝記が「深い友情」「危うい魅力」など、ぼかした言葉を使っているのも、当時の魔法界においてその関係がスキャンダラスだった可能性をほのめかしています。だからこそ、はっきりとは書かれていないけれど、読者に「これは恋だったのでは?」と思わせる描き方になっているのです。
映画ではあっさり?それが逆に違和感を生む理由
映画『ハリー・ポッターと死の秘宝』シリーズでは、ダンブルドアとグリンデルバルドの関係は、かなり控えめに描かれています。グリンデルバルド本人が登場するのも一瞬で、彼の性格や過去について掘り下げられることはありません。あくまでも「ヴォルデモートが杖の情報を聞き出す対象」でしかなく、観客はダンブルドアとの関係を想像するしかないようになっています。
でも、だからこそ原作ファンは強い違和感を抱いたんです。あのダンブルドアが、生涯で最も後悔している相手、そして数十年間思い続けた人物との関係が、どうしてここまで省かれるの?と。
映画には尺や年齢制限、公開国による制約もあったのでしょう。でも、それにしても「心の深い部分」が全く見えなかったのは惜しい。特に、ホグワーツ時代や若き日の姿、アリアナとの三者関係などは、丁寧に描かれればもっと感情移入できたはずなのです。
ダンブルドアが「理想の指導者」「すべてを見通す存在」として描かれがちな映画シリーズの中で、唯一彼を「過去に囚われた人間」として描ける機会がこのグリンデルバルドとの関係だったと思うと、そこに踏み込まなかった映画の選択は少し寂しく感じられます。
『呪いの子』では完全にスルー…でも隠されたテーマに通じている
舞台『ハリー・ポッターと呪いの子』でも、グリンデルバルドの話は一切登場しません。ダンブルドアはホグワーツの肖像画としてハリーに語りかけ、父と子の葛藤や、自分の弱さを告白します。「私は君に荷を背負わせた。君を愛していたがゆえに」と言うセリフは、とても感動的でした。
この「愛していたがゆえに、苦しめた」感情――これが、実はグリンデルバルドに対しても通じているのではないかと感じます。ダンブルドアは、かつての恋に似た感情があったからこそ、グリンデルバルドの思想を止められなかった。そして、同じようにハリーにも真実を隠し、遠ざけた。
『呪いの子』では、アルバス・セブルス・ポッターとスコーピウス・マルフォイの関係性も描かれますが、これもまた「親友以上」に感じる人も多く、友情と愛情の境目のような、繊細であいまいな関係がテーマになっています。これらは、ダンブルドアとグリンデルバルドの関係性にも重なってくるのです。
だから、『呪いの子』では直接的には語られませんが、テーマの本質としては「愛が人を動かすこと」「けれど、その愛が必ずしも良い結果を生むとは限らない」という問いかけが一貫して続いているのです。
作者ローリングが発した衝撃の一言「彼はゲイで、彼を愛していた」
すべてを明言したのは、小説でも映画でもありません。J.K.ローリング本人の言葉です。2007年、アメリカで行われた読者イベントで、ひとりの若者が「ダンブルドアには恋人がいたのか」と質問しました。そこでローリングがあっさりと、「彼はゲイで、グリンデルバルドを愛していた」と明言したのです。
この発言は世界中でニュースになり、喜びと驚き、そして戸惑いの声があふれました。なぜかというと、物語の中でそのような描写は一切なかったから。つまり、読者が読んで感じる余地のある「曖昧な愛」が、はっきりと定義されてしまったのです。
もちろん、彼がゲイであることに対する偏見ではありません。それよりも、「作者が後出しでキャラクターの設定を変えていいのか?」という戸惑いでした。でも、ローリングはさらにこう言いました。
「彼は若い頃、グリンデルバルドに恋をした。けれどそれは悲劇だった。なぜなら、グリンデルバルドはそれを利用し、彼を操ったから」
つまり、両思いだったというよりは、「片思い」であり、しかも「裏切られた恋」だったというニュアンスです。これは、普通の失恋よりもずっと痛い。なぜなら、その恋が結果的にアリアナの死や、自分の道徳の崩壊にまでつながったのですから。
ローリングのこの発言が与えた影響は、作品に描かれていない「心の背景」を読者に提供し、新しい視点で物語を読み直すきっかけをくれました。たとえば、ダンブルドアの優しさ、迷い、ハリーに対する距離の取り方も、すべてこの「失った愛」の影響があると考えると、彼のすべてがもっとリアルに感じられるのです。
ファンタビのダンブルドアとグリンデルバルドって、本当にお互いに惹かれてたの?
初めて映像で語られた二人の「過去の約束」
『ファンタスティック・ビーストと黒い魔法使いの誕生』の中で、ファンが最も息を呑んだ場面のひとつが、ダンブルドアが「私は彼とは戦えない」と言った瞬間です。その理由が「血の誓い」という強力な魔法によるものだと分かった時、初めて多くの人が「これはただの友情じゃなかった」と気づきました。
あのペンダント型の契約は、彼らがまだ十代のころに交わしたもの。しかも、お互いに「絶対に戦わない」と誓い合ったほど、強い信頼と結びつきがあった証です。この「誓い」は、他のどんな魔法よりも重く、ダンブルドアが自分で壊せなかったことが、その重みを物語っています。
そして、その「戦えない理由」を語るときのダンブルドアの目。明らかに「過去の想い」がにじんでいました。あれは、ただの後悔や友人に対する懐かしさではなく、もっと深い「愛してしまったことへの痛み」だったように感じませんか?
ホグズミードのカフェでの衝撃の会話
『ファンタスティック・ビーストとダンブルドアの秘密』で描かれる冒頭、二人がカフェで向き合って話すシーンは、あまりにも静かで、でもとても濃密でした。グリンデルバルドが「君が私を愛していたからだ」と言い、ダンブルドアがそれを否定しない。そのやりとりは、世界中のファンにとって胸が締めつけられるような瞬間でした。
あのシーンが印象深いのは、言葉にされた以上の「空気」があったから。ダンブルドアは視線をそらすようにしながら、でもグリンデルバルドの言葉に真正面から向き合っていました。そしてグリンデルバルドは、どこか勝ち誇ったような顔で「君がまだ忘れていない」とでも言うように笑っていた。
ここでわかるのは、グリンデルバルドはその愛を知っていたということ。そして、おそらく彼もまた、少しは惹かれていたということ。ただ、彼の愛は「利用」と「理想」が混ざっていて、純粋な愛とは少し違っていたかもしれません。それでも、二人の間には確かに**「恋に似た何か」**があった。そう思わせるには十分なシーンでした。
ダンブルドアの手に残った傷が語る、心の中の戦い
『ダンブルドアの秘密』の中で、ペンダントの契約を壊すためにダンブルドアが見せた「魔法の逆流」のような演出も、象徴的でした。彼が戦いを避けようとしたこと、でも内心では「もう止めなければならない」と強く思っていたこと、その葛藤が魔法に現れたかのような表現です。
さらに、契約が壊れた後、ダンブルドアの手には傷跡が残りました。これは、彼がただ契約を破ったというだけではなく、自分の「過去の想い」をも引き裂いたという証のように感じられます。恋心だったのか、理想だったのか、全部を失っても、彼は戦う道を選んだ。
つまり、グリンデルバルドを止めるという選択は、「かつて愛した人に自ら剣を向ける」ような行為だったのです。その重みは、誰にも理解できるものではありません。でも、観客としてその姿を見るとき、ダンブルドアがどれほど苦しみ、どれほど覚悟をしたのかが、ひしひしと伝わってくるのです。
映画があえて語らない「余白」に見えるもの
『ファンタビ』シリーズの美しさは、「あえて言わないこと」にあります。ダンブルドアもグリンデルバルドも、決して「恋人だった」とは言わない。でも、ふとした目線や言葉の間に、それを匂わせる。あの静かな演出は、原作では語られなかった二人の「もしも」を観客に想像させてくれました。
ローリングが「ダンブルドアはグリンデルバルドを愛していた」と公言したことで、作品全体が急に色づきました。そして、ファンタビシリーズは、その「愛したけれど別れた過去」を、丁寧に映像で補ってくれたのです。
特に、『ダンブルドアの秘密』のラスト、ダンブルドアが一人歩いて去っていく姿は、「愛も終わった」「戦いも終わった」ことを、静かに告げていました。でも、それは敗北ではなく、すべてを抱きしめて前に進むという決意のように感じられました。
二人は恋人だったのか?――答えは言葉よりも、あの沈黙にある
では、結局のところ、ダンブルドアとグリンデルバルドは恋人だったのでしょうか?
明確に「付き合っていた」「両思いだった」と言える描写はありません。でも、ダンブルドアが惹かれていたのは確かです。そして、グリンデルバルドもそのことを知っていたし、たぶん、自分でも「少しだけ」その気持ちに応えていたのだと思います。
ただ、それが恋として報われたことはなく、むしろ悲劇と破滅につながってしまった。だからこそ、ダンブルドアはその想いを封印し、誰にも言わずに背負ってきた。その切なさと、強さこそが、ダンブルドアという人の本質だと私は思います。

