ハグリッドのペットは毎年誰かを食べている

ハグリッドのペットは毎年誰かを食べている

了解しました。以下より「ハグリッドのペットは毎年誰かを食べている」という恐ろしくも不思議なテーマについて、小説・映画・呪いの子までをもとにした総評から始め、鋭く深く、でも感情に寄り添うような視点で書いていきます。


ハグリッドのペットって、いつも誰か食べてない?って思ったことある?

最初は「ちょっと変わってる」だけの優しい飼い主。でも…

ハグリッドって、ホグワーツでもすごく人気のあるキャラですよね。大きくて怖そうだけど、本当は優しくて動物が大好きで。でもその「動物好き」が、どう考えても“度を超えてる”んです。というか、彼の飼ってる生き物たち、ほんとに毎年のように誰かが怪我してたり行方不明になってたりしてませんか?

小説を読み返してみると、たとえば『賢者の石』で登場した「ノーバート」はノルウェー・リッジバックっていうドラゴン。普通の人が赤ちゃんのうちに火を吹く生き物なんて家で飼おうなんて思います? しかもそのドラゴン、他の生徒にバレてしまい、ハリーたちは罰則で禁じられた森に連れて行かれることに。で、その森で出会うのが「ケンタウルス」や「何かを食べてるヴォルデモートの残りカス」。この時点でもう危なすぎます。

そして2作目『秘密の部屋』では、ついにハグリッドの“本命ペット”のひとつ、巨大蜘蛛の「アラゴグ」が登場します。アラゴグは昔ホグワーツで人が死んだ事件の原因として追い出されたんですが、実際にはシリウス事件にも劣らない冤罪。でも、ハグリッドが育ててた事実は変わりません。そしてアラゴグの子どもたちは、ハリーとロンを「完全に食べようとした」んですよ。

この時点で「いやいやいや!ペットに食べられるとかあり得ないから!」と、叫びたくなったのは私だけじゃないはずです。


生徒が消えた…それでもハグリッドは反省しない

さらに4巻『炎のゴブレット』では、三大魔法学校対抗試合で登場したのが「人食い可能性MAX」の生き物たち。湖の底にいた“マーピープル”も怖かったけど、本当の恐怖は3つ目の課題の迷路。ここで襲ってくるのが「アクロマンチュラ(アラゴグの仲間)」です。いや、あれハグリッドがホグワーツに連れてきてたでしょ? もはや誰かが食べられてもおかしくない配置。

5巻『不死鳥の騎士団』では、ついに“自分の弟”という言い訳でジャイアントの「グロウプ」を連れて帰ってきます。こいつ、言葉も通じない、暴れる、木を投げる。どう見てもホグワーツに置くような存在じゃありません。しかもこの間、魔法省の取締りを逃れるために生徒たちにも協力させてました。これもある意味で、子どもたちを「ペットの餌」に差し出してるのと同じ。

6巻『謎のプリンス』でも、アラゴグが死ぬシーンがありますが、その時にスラグホーンが密かに毒液を採ってる描写は、ハグリッドの「大切な友だち」でも結局は魔法界の“部品扱い”されてるっていう皮肉にも見えます。


でも「呪いの子」でも似たことが続いてる…

『呪いの子』では、ハグリッドは直接出てきませんが、彼の“遺産”はしっかり残っています。たとえば禁じられた森に入る場面や、得体の知れない魔法生物が登場するたびに、「あ、また誰か食われるな…」って読者は思うようになってしまった。それくらい、ハグリッドのペットっていうだけで、「誰か死ぬかも」って雰囲気が漂うようになっちゃったんです。


作者(J.K.ローリング)はなぜこんな“狂気の愛”を描いたのか?

優しさと狂気は、紙一重なんだと思う

ここでちょっと真面目な視点も入れてみます。J.K.ローリングがハグリッドというキャラを作った時、「大きくて見た目が怖いけど、本当は優しい」という“反転の愛”をテーマにしてたのは間違いない。でもその優しさがどこかズレてて、愛が暴走してる感じもあります。

自分が「大好き!」と思ったものを、他人に理解してもらえなくてもかまわない。むしろ、自分の気持ちだけが大事。その結果が、「誰かが食われるかもしれない危険な生き物でも、愛し続ける」という姿勢なんです。これは、ローリングが「愛って、必ずしも正しいとは限らないよ」ってことを描こうとしたんじゃないかと思っています。