ハーマイオニーの家庭ってどんな感じだったの?両親の記憶を消したその後は?

ハーマイオニーの家ってどんな家だったんだろう?

魔法界にいない「普通の両親」って、どんな意味?

ハーマイオニー・グレンジャーの家庭は、魔法界では「マグルの家庭」と呼ばれます。マグルというのは、魔法を持たない人たちのこと。つまりハーマイオニーの両親は、魔法とはまったく関係のない世界で生きてきた、いわば“ごく普通の人間”たちなんです。

でも、この「普通」が、魔法の世界ではすごく特別に見えるんですよね。だって、ホグワーツにいる生徒たちの多くは、親も魔法使いで、魔法のある暮らしが当たり前。そんな中に、いきなり「歯医者をしているマグルの両親に育てられたハーマイオニー」が現れるんです。

しかも、小説でも映画でも、彼女は魔法に関しては誰よりも知識があるし、成績もトップ。そんな彼女がマグル家庭出身ということは、ただの背景設定じゃなくて、ハーマイオニーというキャラの「芯」みたいな部分になっていると感じます。

ハーマイオニーが本の中でしばしば怒ったり、泣いたり、周りの無理解に悩んだりするシーン――それって実は、魔法界から見た「自分の家庭のルーツ」があまり尊重されてないことへの怒りだったりするんですよね。

映画や原作ではあまり映らないけど「消されてはいない家庭」

映画では、ハーマイオニーの家庭はあまり描かれません。ちらっと映るのは、『死の秘宝Part1』の冒頭だけ。そこでは、ハーマイオニーが両親の記憶を消す呪文を使って、自分の存在そのものを消す場面が出てきます。

これは本当に胸が締め付けられるシーンです。ハーマイオニーの両親は、ハーマイオニーをとても大切に育ててきたのに、彼女は戦いの中で、自分の命だけじゃなく「家族の安全」を守るために、自分のことを忘れさせる決断をします。

この決断って、言葉にするとシンプルだけど、実は誰よりもハーマイオニーの「家族愛」が深い証なんじゃないかと思います。親が魔法使いじゃなくても、誰よりも自分の家族を大切にしている彼女。そんなハーマイオニーの姿勢は、ダンブルドアやスネイプのような魔法界の複雑な人間関係とは、真逆に見えるほどまっすぐです。

小説ではどう描かれていた?地味だけど強く描かれた家庭像

小説ではもう少しだけ、ハーマイオニーの家庭について語られます。たとえば、彼女がホグワーツからの手紙を受け取ったとき、両親は驚きながらも「受け入れた」こと。ハリーが「そんな世界の存在を知ったら、ふつうならパニックになる」と言う場面もあるくらい、やっぱりマグルの親にとって、魔法界って“異世界”なんです。

でもハーマイオニーの両親は、娘の道を止めなかった。むしろ、本や知識が大好きな彼女の性格をちゃんと理解して、見守っていたように思います。

また、クリスマスに実家に帰る描写もあったりして、魔法界にどっぷり浸かっているハリーやロンよりも、ずっと「現実世界」を背負っているのがハーマイオニーなんです。だからこそ、魔法界の理不尽や差別に対して、誰よりも怒りを感じていたのかもしれません。

なぜハーマイオニーは、両親の記憶を消したの?

あれはただの魔法じゃなくて、「覚悟」のしるしだった

『死の秘宝』の映画冒頭、ハーマイオニーは自宅の居間で、静かに「オブリビエイト」と呪文を唱えます。両親は、笑いながら新聞を読んでいます。でも、呪文をかけられた瞬間、その目から「ハーマイオニー」という存在が消える。そして写真立ての中からも、彼女の姿がすうっと消えていく。ほんの数秒のシーンですが、ファンの間でもずっと語り継がれている、涙なしでは見られない場面のひとつです。

あの呪文の意味は、「記憶を消す」こと。でも、ただの記憶操作じゃないんです。ハーマイオニーにとって、それは「親を戦争から守るための、最終手段」でした。

魔法界では、ヴォルデモートの勢力が日に日に強まっていました。マグル生まれの魔女や魔法使いは、とくに狙われる存在。だからその家族も、命の危険にさらされる可能性が高かった。彼女はそれを理解していたし、自分がホグワーツに残ることで、家族が巻き込まれることを何よりも恐れていたんです。

そして彼女は、自分のために両親が苦しむくらいなら、自分の存在そのものを忘れてもらった方がいい、そう考えた。たった17歳の女の子が、です。泣きたくなるような、でもとても強くて深い決断だと思います。

原作では描かれなかった「呪文の裏側」

このシーンは、実は映画オリジナルです。原作にはこの描写は出てきません。でも、小説の中でも、ハーマイオニーはロンに「記憶を変えた」と話しています。「彼らは今オーストラリアにいる。自分たちには娘がいないと思ってるわ」そう語るその表情は、原作でも重く、切実です。

映画ではその台詞をさらに深めて、視覚的に描いた。それは、ハーマイオニーというキャラクターがただ賢いだけじゃなく、「愛されて育った女の子」であり、「その愛を誰よりも守りたかった」ことを強く見せたかったからじゃないかと感じます。

家族を忘れさせるという決断は、一見すると“冷たい”ようにも見えます。でも本当はその逆で、「どうかこの世界の苦しみから解放してあげたい」と願った、ハーマイオニーなりの愛のかたちなんですよね。


その後、両親との関係はどうなったの?

再会したのか?それとも、戻らなかったのか?

一番気になるのはその後――ハーマイオニーが両親と再会したのかどうか、ですよね。でも残念ながら、原作小説にも映画にも、はっきりと「再会した」とは書かれていません。『死の秘宝』のエピローグでも、彼女の家族については何も語られていません。

ただ、ファンの間では「きっと再会した」と信じられています。なぜなら、ハーマイオニーはそれができるほどの魔法の知識を持っているし、彼女の性格を考えると、「一度消した記憶を、戻す努力をしなかった」とは考えにくいからです。

『呪いの子』では、ハーマイオニーは魔法大臣にまでなっています。そんな立場にある彼女が、もし両親との関係を取り戻していないとしたら、あまりにも不自然。でも、ここでもやはり明言はされていません。

じゃあ、なぜ「描かれなかった」のか――これは私たちに、考えさせる余白を残しているんだと思います。家族を守るために自分を消す。戦いが終わったら、また家族に自分を届けに行く。その姿こそ、ハーマイオニーという存在の“強さ”と“優しさ”の象徴なんじゃないでしょうか。


作者はなぜこの設定を入れたの?

ただの感動ではなく、「戦争の現実」として描かれた

J.K.ローリングは、ただ感動させたかったわけじゃないと思います。ハーマイオニーが記憶を消すという行動には、戦争が人に与える「取り返しのつかない何か」が込められていたと感じます。

戦争中の子どもたちは、時に自分の家族を捨てなければいけないこともある。命を守るために、笑顔の思い出を断ち切らないといけないこともある。そんな現実を、ファンタジーの中にこっそりと入れ込んでいたんじゃないかと、私は思っています。

そしてもう一つ大きなテーマが「記憶」。この物語の中では、記憶がよく魔法で操作されます。でも、記憶って本当は、愛とつながっている。だからこそ、失うのがこんなにも辛くて、戻すために人はどこまでも努力する。ハーマイオニーの行動は、そのすべてを背負っていたんじゃないでしょうか。