小学校に入る前に、友達と仲良くできる子に育てたい(きつめ):覚えさせたいルール30

小学校に入る前に、友達と仲良くできる子に育てたい:覚えさせたいルール30

小学校に入る前に、友達と仲良くできる子に育てたい:覚えさせたいルール30

※これは「好かれるため」ではなく、「嫌われないために絶対に守るべき最低限のマナー」です。

性格や気分は理由になりません。できないまま小学校に行くと、友達はできにくくなります。


  1. あいさつをする
    黙って通りすぎるのは無礼。「おはよう」「バイバイ」は基本中の基本。
  2. 人の物を勝手にさわらない
    「ちょっとだけ」「見てるだけ」もアウト。必ず一言「かして」。
  3. 順番を守る
    先に並んでる人がいたら、後ろにつく。例外なし。
  4. 話しかけられたら返事をする
    無視は敵意とみなされる。恥ずかしくても「うん」「なに?」と返す。
  5. 遊びに入るときは一言言う
    無言で入らない。「いれて」「やろう」と伝えてから。
  6. 終わるときも一言言う
    いきなり消えると嫌われる。「おしまいね」「またね」を言って終わる。
  7. 勝ってもバカにしない
    「ざまあ」「よわっ」は禁止。相手が怒って当然。
  8. 負けても怒らない、すねない
    黙り込む、不機嫌になる、拗ねるのは“めんどくさい人”とされる。
  9. 話の途中で口を出さない
    人の話は最後まで聞く。遮られるのは誰でも不快。
  10. 暴力は絶対に禁止
    叩く、蹴る、押す、全部禁止。感情で手を出すな。
  11. 悪口・あだ名で呼ばない
    「きもい」「でぶ」「バカ」など一発アウト。冗談でもダメ。
  12. 人を笑い者にしない
    失敗や間違いを笑うのは禁止。あなたも同じ目にあう。
  13. 借りたものは返す・謝る
    壊した・なくしたときは、黙らずに報告と謝罪。
  14. 「かして」には断られても怒らない
    相手の物は相手のもの。ダメと言われたら受け入れる。
  15. 人の話を聞かないのは嫌われる
    聞いてない・覚えてないは信用を失う。
  16. 注意されたらすぐに逆ギレしない
    怒られた理由を考える。泣いたりすねたりして逃げるな。
  17. 黙り込んで空気を悪くしない
    気に入らないと黙る子は、“面倒くさい”と避けられる。
  18. 自分の思い通りにならないことを受け入れる
    「いや!」「そうじゃない!」の連発は禁止。
  19. 遊びのルールを勝手に変えない
    勝手に「今のはなし!」などと言わない。ルールはみんなのもの。
  20. 大声で叫ばない・泣きわめかない
    周りの迷惑を考える。泣けば済むと思うな。
  21. 顔や体を突然さわらない
    驚かせるのも禁止。嫌がる子もいる。
  22. 気に入らない子を無視しない
    話しかけられたら返す。冷たい態度は一番傷つける。
  23. 友達の輪から外そうとしない
    「この子はダメ」「来ないで」と言う子が一番嫌われる。
  24. 遊びの途中で不機嫌になって止めない
    感情をコントロールする練習をすること。
  25. 一人占めしない
    ブランコ、おもちゃ、お菓子などは“みんなで”使うもの。
  26. 言い訳ばかりしない
    悪いことをしたら、すぐ「ごめんなさい」。言い訳は信用をなくす。
  27. 他人のまねばかりしない
    「同じのがいい!」とすぐ言うのは不快に思われることがある。
  28. 大人の注意をすぐに聞く
    「イヤだ」「やだもん」と反抗する子は、他の子も近寄らなくなる。
  29. 人の目を見て話すようにする
    逃げるような態度は信頼されない。
  30. 感情をすぐ顔に出さない練習をする
    表情・態度で不機嫌を出すと、周囲が疲れる。

「うちの子の個性なので」ではすまされないことがあるんです

こどもの気持ちを大事にしたい。でもそれだけでは難しいこと

保育園や幼稚園、小学校の先生たちが最近とても困っていると聞くことがあります。
それは、子どもに関わるトラブルのときに「この子は個性的だから」「自己肯定感を大切にしていて」などの言葉で済まされてしまう場面が増えてきているということです。

・叩いてしまったのは、気持ちを出せたという成長だから
・順番を守れないのは、その子の性質として見てほしい
・相手の子を無視したのは、繊細な子だから配慮してあげてほしい

そう言われてしまうと、先生も、相手になった子の親も、なかなか何も言えなくなってしまいます。
でもそのたびに「じゃあ、他の子の気持ちは?」という疑問が残ってしまうこともあるのです。


自己肯定感って、まわりのことを考えなくてもいいこと?

自己肯定感を育てることはとても大事です。でも、それは「なにをしてもいいよ」という意味ではありません。
本来の意味は、「自分のことを大事に思えること」と「他の人も大事にできる心の土台」が育つことだと思います。

けれど、親が「うちの子は自分の気持ちを優先していい」「まず本人の安心が一番」と考えすぎてしまうと、
まわりの人への配慮が置き去りになってしまうこともあります。

なにかトラブルが起きたとき、「この子はそういう子だから」「感受性が強いから」とだけで終わらせてしまうと、
被害を受けた子や、その子の親が感じたつらさが残ったままになってしまいます。


他の子の気持ちは、どこへいったんでしょうか

ある親がこう言っていたそうです。

「うちの子は気持ちをわかってもらえないと崩れる」
「周りの子たちも、少しは我慢を覚えることが必要じゃないですか?」

そう思ってしまう気持ちも、わからないわけではありません。
でもそれは、「他の子が我慢してくれれば、うちの子は安心できる」ということと同じになってしまうんです。

自分の子どもばかりを守ろうとしすぎると、他の子どもの心が後回しにされてしまいます。
そして、その場の空気を読み取るのは、意外と子どもたち自身です。

「叩いても、怒られない」
「すねたら、先生や親が味方してくれる」
「相手がいやがっていても、泣いたほうが勝ちになる」

そんなルールが子どもたちの間にできてしまったら、それはとても危ういことだと思います。


親の姿勢は、思った以上に子どもに伝わっています

子どもたちは、大人が思っている以上に親の本音を見抜いています。
言葉よりも、そのときの表情や態度を見て、どんなことが良くて、どんなことが怒られないのかを学んでいきます。

・泣けば助けてもらえる
・相手のせいにしても親は信じてくれる
・注意されたら、先生ではなく相手を責めてくれる

このような経験を重ねていくと、子どもは「どうすれば親が動いてくれるか」ばかりを考えるようになってしまいます。
そうなると、協調性ではなく、操作性だけが育ってしまいます。


しつけよりも慰めを優先してしまうことの落とし穴

最近は「叱らない育児」や「共感ファースト」などが当たり前のように言われます。
もちろん、子どもの気持ちに寄り添うことは大切です。

でも、こんな場面を見たことはないでしょうか。

・泣いた子に「びっくりしたね、大丈夫だよ」とだけ言って終わらせてしまう
・ルールを守れなかった子に「気持ちが先に出ちゃっただけだよね」と許してしまう
・迷惑をかけたことに対して「うちの子は本当はいい子なので」と庇ってしまう

こうした対応が繰り返されると、子どもは「なにをしても大丈夫」と感じてしまいます。
そして、まわりの子たちは、「なんであの子だけ許されるの?」と感じてしまうようになります。

慰めが優しさだと思っていたものが、いつの間にか「わがままを通す力」になってしまっているかもしれません。


協調性って、周りがあわせてくれることじゃないんです

「うちの子は協調性がなくて困っています」と言う親御さんもいらっしゃいます。
でもその原因は、実は親自身がまわりとの協調を避けていることから始まっていることもあるんです。

・先生の注意に対して納得せずに反発する
・自分の子どもばかりをかばい、他の子には関心を持たない
・まわりとのルールよりも「うちの子のペースが優先」と思い込んでしまう

子どもは、そうした親の姿勢をよく見ています。
そして、「自分も、まわりに合わせなくていいんだ」と思ってしまうことがあります。

協調性というのは、「自分がどこまで合わせることができるか」を知っていく力です。
誰かが折れてくれるのを待つことではありません。


こどもがわがままになる前に、どう向きあえばいいか

「そのままでいいよ」では通用しない世界がある

子どもを大切に思う気持ちがあるからこそ、
「この子の気持ちを大事にしたい」「強く言って自信をなくしてほしくない」
そう思ってしまうのは、ごく自然なことだと思います。

でも、外の世界にはたくさんの人がいて、みんなが同じように気持ちを優先してもらえるとは限りません。
ときにはきちんと順番を守る必要があったり、自分の意見をがまんして相手にゆずることも求められます。

「うちの子はそのままでいい」
この言葉が、外の世界では通用しないことがある。
それを親が受け入れてあげることが、こどもを守るために必要なことのひとつだと思います。


保育園や学校の役目と、限界

保育園や幼稚園、小学校は、集団生活のなかで社会のルールやマナーを学ぶ大切な場所です。
でも、どんな先生であっても、一人ひとりの性格や気質に100%合わせ続けることは難しいのが現実です。

先生たちは、子どもの個性に寄りそいながらも、「みんなが心地よく過ごせる環境」をつくることを大切にしています。
そのためには、ときには厳しくルールを伝えたり、ときにはトラブルを起こした子にきちんと向き合うことも必要になります。

でもそこで、
「うちの子だけを怒らないでほしい」
「うちの子には合わない環境です」
と親から言われてしまうと、先生たちは何も言えなくなってしまいます。

そうして指導のバランスがくずれてしまうと、集団の中でがんばっている他の子たちの気持ちが軽く扱われてしまうこともあるのです。


家庭でできることは、すこしだけでも「がまん」を教えること

子どもにとって一番安心できる場所は、おうちです。
だからこそ、家庭の中でほんの少しだけでも「がまん」の練習ができたら、それはとても大きな力になります。

たとえば、

・親が話しているときに口をはさまず、終わるまで待つ
・自分だけの意見が通らなくても、いったん受け入れてみる
・おもちゃや道具を「順番に使おうね」と実際にやってみる
・「貸して」「ありがとう」「ごめんね」の練習を日常の中でする

これらは全部、集団の中で生きていくときに必要な力です。
難しいことではありませんが、意識して教えなければ、自然と身につくものではないのです。


「親の言い訳」は、子どもが最もよく覚えています

「感情が強い子なんです」
「この子なりにがんばっているんです」
「まだ小さいからしかたないと思っていて」
そんなふうに親が言うとき、子どもはしっかり聞いています。

そうして心の中に、

・自分は悪くない
・悪いのは相手か、先生か、環境
・泣けば親が自分をかばってくれる

そんなふうに思ってしまうこともあるのです。
これは、こどもが悪いわけではありません。
周囲の大人の反応を、子どもなりに読み取って動いているだけなんです。

だからこそ、
「自分にも悪いところがあったね」
「次はどうすればよかったと思う?」
「相手の気持ちはどうだったと思う?」

こんなふうに、親が一緒に考える姿勢を見せていくことが、とても大事になります。


だれかが悪い、ではなく「みんなで育っていく」という考え方

トラブルが起きたとき、「この子が悪かった」「うちの子は悪くない」とはっきり白黒をつけたくなることもあるかもしれません。
でも、育ちの途中で起きることには、正しい答えがひとつではないことがほとんどです。

大事なのは、「じゃあ次にどうつなげるか」ということです。
相手の気持ちを知る、自分の行動をふりかえる、関係をつなぎなおす。
そうした経験を重ねていくことで、子どもは「人の中で生きていく力」を少しずつ身につけていきます。

保育園や学校だけではなく、家庭の中でもその視点を大切にしていただけたら、
子どもたちはもっと自由に、そしてお互いに気持ちよく関われるようになると思います。


「甘やかさない」は怒ること? それとも距離を置くこと?

強く言わないといけないのか、それとも優しく見守るのか

最近よく聞かれるのが、「厳しく叱ったほうがいいのか、やさしく見守るほうがいいのか分からない」という声です。
子どもがわがままを言ったり、周りとトラブルを起こしたときに、どこまで踏み込んでいいのか迷ってしまう、という気持ちですね。

でも実は、「叱る」と「甘やかす」の間には、もうひとつ大事な段階があります。
それは「教える」ということです。

怒るでもなく、放っておくでもなく、
どうしてダメだったのか、どうすればよかったのかを一緒に考える。
それが、子どもにとって本当に安心できる対応になることが多いのです。


「叱ること=怒鳴ること」ではありません

子どもに注意をするとき、つい強い口調になってしまうことはあると思います。
でも、叱ることは決して「怒鳴る」ことではありません。

たとえば、

・順番を抜かしてしまったときに、「今のはだめだったね」と静かに伝える
・貸してと言わずにおもちゃを取ってしまったときに、「次はどう言えばよかったかな?」と問いかける
・イヤなことがあったからと叩いてしまったときに、「気持ちは分かるけど、手は出していいのかな?」と立ち止まらせる

こういった関わりは、子どもの心にとても深く残ります。
なぜなら、「ちゃんと見てくれている」と感じるからです。


甘やかすと、子どもは「正しさの感覚」を失ってしまいます

よく、「うちの子はかわいそうな環境で育ってきたから、できるだけ怒りたくないんです」という話を聞くことがあります。
たしかに、環境によって感情の揺れが大きい子もいます。

でも、だからといって「何をしても受け入れる」「気持ちだけを大事にする」となってしまうと、
子どもは「これでいいんだ」と思ってしまい、やがて自分を制御できなくなってしまうこともあるのです。

がまんすること
ゆずること
ごめんなさいと言うこと
正しいこととそうでないことを、言葉で伝えること

こうした経験を通してこそ、「自分はこのままでいい。でも、まわりのことも考えないといけない」と思えるようになります。


叱らないほうが楽。でも、それでは育たないものがあるんです

叱ることは、親にとってもエネルギーがいることです。
何度言っても直らない、言うたびに泣かれてしまう、ほかの子との違いを思い知らされて落ち込む。
そういうことが続くと、「もう言いたくないな…」という気持ちになることもあるかもしれません。

でも、だからといって「どうせ言っても無駄だし」と諦めてしまうと、
子どもは、「親は何も言ってこない=このままでいいんだ」と思ってしまいます。

本当にこたえるのは、怒られることではなく、
何も言われなくなって、見放されたように感じることです。

叱ることは、関心のあらわれでもあります。
「あなたの行動をちゃんと見てるよ」「間違ったときは一緒に直していこう」
その気持ちが伝わるかどうかで、子どもの感じ方は大きく変わってきます。


優しくすることと、甘やかすことは違います

優しさは、ときには厳しさも含んでいます。
ルールを教えることも、まわりと同じように扱うことも、すべて優しさの一部です。

子どもが困ったときに寄り添うこと。
でもそのあとに、どうすればよかったかを一緒に考えること。
それをくり返すことで、子どもは「気持ちも、行動も」整えられるようになっていきます。

「かわいそうだから何も言わない」のではなく、
「この子が困らないように、今のうちに伝えておこう」
そんな気持ちで関わることが、いちばんの支えになると思います。


親だけでがんばらなくていいということ

ここまでいろいろお話ししてきましたが、
育児は本当に毎日の積み重ねで、楽しいこともあれば、つらいこともあると思います。

でも、「うちの子だけうまくいっていない」と思わないでいただきたいです。
子どもも親も、それぞれに時間がかかりますし、まわりに頼ってもいいのです。

保育園や学校、支援センターや先生、親どうしの会話。
頼れる場面があれば、少しずつその輪を広げていってほしいなと思います。


子供が変わらないのは、親の考えが変わっていないから

くりかえされる問題には、理由があります

こどもが同じような失敗をくりかえしてしまうこと、ありますよね。
「またやってる」「また言ってる」「何度言っても変わらない」
そんなふうに感じるとき、つい「この子は聞いてないんだな」「性格の問題かな」と思ってしまうこともあるかもしれません。

でも、ほんとうに変わっていないのは、こどもだけなんでしょうか。


おやの考え方が変わらなければ、育て方も変わりません

こどもは、大人が思っている以上にまわりをよく見ています。
「どう言えば許してくれるか」
「どこまでやったら怒られるか」
「親はいつも最終的には自分の味方になってくれるか」

そういったことを、言葉ではなく態度や表情で感じ取っているんです。

どれだけ言い方や注意のしかたを変えてみても、
根っこの考え方が変わっていなければ、子どもは「本質は同じだ」と見ぬいてしまいます。

たとえば、「厳しくするって言ってたけど、泣いたらすぐやめた」
「きびしく言ったけど、そのあとでフォローしすぎてた」
「言葉は変えても、結局は許してくれた」

そんな場面がくりかえされると、子どもは「変わらなくても大丈夫」と思ってしまうんです。


親が「自分の子育てはまちがってない」と思っているときほど、危ういこともあります

こどもがトラブルを起こしたとき、「育て方のせいだと思われたくない」と感じることはあると思います。
でも、そうやって「私はまちがってない」「この子が特別なだけ」と思い続けてしまうと、
いつのまにか“育て方を変えるチャンス”を失ってしまうことにもつながります。

こどもが変わらないとき、
「この子が悪いんじゃないかな」と思う前に、
「わたしの伝え方は、ちゃんと伝わってたかな?」と立ち止まってみることも、時には必要かもしれません。


ことばではなく、親の“本心”が伝わっている

こどもは「言われたこと」ではなく、「どう思われているか」を感じ取ります。

「もうやめようね」と言いながらも、心の中では「まあ、仕方ないか」と思っていると、
その“あいまいな気持ち”がそのまま子どもに伝わってしまいます。

「本当はいい子なんだけど」「この子はこの子なりにがんばってる」
そう思う気持ちが悪いわけではありません。
でも、その思いがつよすぎると、「今の行動はよくなかった」と伝える場面がどんどん減ってしまうんです。

そして子どもは、「自分が変わらなくても、親は自分のままでいてくれる」と思い続けてしまいます。


変わってほしいと思うなら、まず親が“少しだけ”変わってみる

こどもが同じことで悩んだり、同じような場面でつまずいているとき、
すぐに変われなくても大丈夫です。でも、親の側がほんの少しでも考え方を見直してみるだけで、
子どもの反応が変わることは、実はよくあることなんです。

・今まで許していたことに、きちんと線を引く
・「かわいそう」と思う前に、「この子のために今は伝えよう」と思い直す
・失敗したときにかばうより、まず一緒にふり返る

そういった小さな変化でも、子どもはすぐに気づいてきます。
「いつもとちがうな」「ちゃんと見られているな」と思うことで、少しずつ行動も変わっていくのです。


子どものフォローが、自分のためになっていませんか?

「この子を守りたい」という気持ちが、どこかズレてしまうとき

子どもがトラブルを起こしたとき、傷ついたとき、うまくいかなかったとき。
そのそばで、どうにか守ろうとしている親の姿は、誰が見ても一生懸命です。

でも、その一生懸命さが、
「子どものため」ではなく、「自分のため」になってしまっている場面を、
ときどき見かけることがあります。


「フォローしている自分」に酔っていませんか?

「わたし、ちゃんと向き合ってます」
「ちゃんと気づいてあげられました」
「ほかの親とはちがうんです、私はわかってあげられるから」

そう言いたくなる気持ちは、誰にでもあります。
子どもがうまくいかないとき、代わりにがんばっている自分を見てほしくなるのは当然です。

でも、そこで少し立ち止まってみてほしいのです。

それはほんとうに、子どものための行動でしょうか。
それとも、「子どもを通じて、自分の頑張りを伝えたい気持ち」になっていませんか?


「守ってあげている私」が主語になってしまっていないか

子どもに対して、「この子は今こういう状況なんです」と伝えるとき、
その話の中に「子どもの気持ち」ではなく、「親である自分の感情」ばかりが多くなってしまうことがあります。

・私がつらかった
・私がどうにか支えてきた
・私なりに必死で守っているつもり

それはもう、「この子がどう感じているか」ではなく、
「親である私がどれだけ努力しているか」を見せるための言葉になってしまっているのです。


子どもは、自分の気持ちを代弁してほしいわけではない

子どもが本当に求めているのは、
「あなたのせいじゃないよ」と誰かに言ってもらうことではなく、
「どうすればよかったか」を一緒に考えてもらえることです。

でも、「私はこの子の味方です」と前に出すぎてしまうと、
子ども自身が考える余地を奪ってしまうことにもなります。

それなのに、親の側は「フォローしてる」と信じ込んでしまっている。
それは、本人の成長を止めてしまうフォローになっているかもしれません。


がんばることは悪くない。でも、見せようとする必要はありません

誰だって、「親として間違ってない」と思いたいものです。
でも、そこで「私はがんばってます」「ちゃんとやってます」と周囲に伝えたくなったとき、
その言葉は、子どものためではなく、自分の安心のためになっていませんか?

本当にこどもと向き合えている人ほど、「私はがんばってる」なんて口に出さないものです。
ただ黙って、必要なときに、必要な言葉で、必要な距離をとって見守る。
それだけで、子どもはちゃんと気づいてくれるものです。


子どもは、親の“自己満足”も、しっかり見抜いています

親がどんなに言葉でフォローしても、
その言葉の後ろにある「本音」や「目的」を、子どもは意外とよく感じ取っています。

・これはほんとうに自分を守るためなのか
・それとも、親自身が安心したいだけなのか
・誰に見せるための“がんばり”なのか

そういう“違和感”を感じながら育つと、子どもは表面的には親に従っても、
内心では「わかってもらえていない」と距離を置くようになります。

だからこそ、親がどこまで“子ども本人の視点”に立てるかがとても大事になります。

子供にルールを伝える時は?みんなと なかよく あそぶための おやくそく

あいさつを しよう

すれちがうとき、「おはよう」「バイバイ」って いえると うれしいね。だまってると、さみしいよ。

ひとのものを さわらない

「ちょっとだけ」でも、さわるとダメ。「かして」って ひとこと いおうね。

じゅんばんを まもろう

ならんでるときは、まえのこが おわるまで まとうね。ぬかしたら、かなしいきもちになるよ。

はなしかけられたら おへんじを

「うん」「なに?」って いえばいいよ。むしすると、「きらいなのかな?」って おもわれちゃう。

あそぶときは 「いれて」って いおう

だまって はいらないで、「いれて」って ちゃんと いおうね。いっしょに あそびやすくなるよ。

あそびおわるときも 「またね」って いおう

なにもいわずに かえると、「どうしたの?」って しんぱいになるよ。「おしまいね」っていってみて。

かったとき いばらない

「ざまあ」とか「よわっ」って いうと、きいたこが かなしくなるよ。やめようね。

まけても すねない

まけたら、「ざんねん」「またやろう」って いえたら かっこいいよ。くちをきかないのは、もったいない。

ひとのはなしを さいごまで きこう

はなしを とちゅうで さえぎられると、いやなきもちになるよね?さいごまで きいてあげよう。

たたいたり けったりは ダメ

かなしくても、てやあしで つたえるのは ダメ。ことばで いおうね。

わるくちや へんな あだなを つけない

「バカ」「でぶ」って いうと、きかれたこは こころがいたくなるよ。じょうだんでも いわないよ。

しっぱいを わらわない

まちがえちゃったこを わらうと、じぶんも わらわれるかも。「だいじょうぶ?」って いってあげよう。

かりたものは かえそう

こわしたり なくしたりしたら、「ごめんね」って すなおに いおうね。

「かして」に ことわられても おこらない

「ダメ」って いわれたら、「わかった」って いおうね。ものは、そのこのものだからね。

はなしを きかないと きらわれる

きいてないと、「このこは たいせつにしてくれないのかな?」って おもわれちゃうよ。

おこられても すぐ にげない

「なんで おこられたのか」って かんがえてみて。ないたり すねるだけじゃ、わからないままだよ。

だまって くうきを わるくしない

すぐに くちを きかなくなると、まわりが しんぱいになるよ。かんたんでも いいから、いってみよう。

じぶんの おもいどおりに いかないときは まってみよう

「イヤ!」「ちがう!」ばっかり いってたら、あそぶのが むずかしくなるよ。

ルールを じぶんで かえない

「いまの なかったこと!」とか、じぶんだけの ルールを つくるのは ダメ。みんなの ルールを まもろう。

おおごえで さけばない、なかない

なきさけぶと、まわりのこが びっくりしちゃうよ。おちついて いえるように してみよう。

かってに ひとのからだを さわらない

びっくりしたり、イヤなきもちになるこもいるよ。「さわっていい?」って きこうね。

きにいらないこを むししない

「なに?」って きかれたら、ちゃんと おへんじ しよう。だまると、つらくなるよ。

ともだちを のけものにしない

「このこは こないで」って いわれたら、きかれたこは こころがいたくなるよ。やめようね。

ふきげんに ならないで さいごまで あそぼう

つまらなくなっても、「またね」「もうおわりにするね」って いえると いいね。

ひとりじめしない

みんなで あそぶための おもちゃや おかし。じゅんばんこで つかおうね。

いいわけを しない

まちがえたら、「ごめんなさい」って すなおに いえると、すごく かっこいいよ。

いつも まねばかり しない

じぶんで きめるのも たいせつ。「わたしは これにする!」って いえると いいね。

おとなの ちゅういは すなおに きこう

「やだもん!」って すぐに いわないで、いちど きいてみよう。あとで きもちを つたえてもいいよ。

はなすときは ひとのかおを みよう

めをそらしてばかりだと、ちゃんと きいてくれてるのかな?って おもわれるよ。すこしだけでも、みてみよう。

すぐに かおに でないように する れんしゅう

いやなきもちのときも、「どうしたの?」って きかれたら、おはなししてみよう。おこったかおばっかりじゃ、つかれちゃうよ。