ハーマイオニーはいつ「記憶消去」の魔法を覚えたの?

ハーマイオニーはいつ「記憶消去」の魔法を覚えたの?

小説と映画で見えるハーマイオニーの「記憶魔法」のタイミングと重さ

ハーマイオニーが「記憶消去」(Obliviate)を使ったのは、原作でも映画でも強く心に残る場面です。とくに『死の秘宝』の冒頭、彼女が両親の記憶を消して自分の存在を忘れさせるシーンは、多くのファンの心を打ちました。

でも――
「いつこの魔法を覚えたの?」って思った人、きっと多いと思います。作中ではっきり「このとき覚えた」と描かれてはいないし、授業で習う様子もないんです。そこにこそ、私たちが深掘りしたくなる余白があるのです。

まずは、原作や映画、舞台までふくめて、ハーマイオニーのこの魔法の使い方とその意味をたどっていきますね。


「Obliviate」ってそもそもどんな魔法?

この魔法は、他人の記憶を消したり改ざんしたりする呪文。魔法界では、マグル(非魔法族)に魔法を見られたときに記憶を消すために使われます。魔法省の「忘却部」に所属する専門家「忘却術士(Obliviator)」がよく使っています。

つまり、専門職の人が慎重に扱う、とても危険で強力な呪文なんです。使いすぎると、その人の人格や意識にまで影響を与えてしまうこともある。実際、ロックハート先生は暴発して自分に使ってしまい、完全に記憶喪失になりました。

そんな強い魔法を、学生であるハーマイオニーが、しかも親に対して使うという決断――この背景を追うと、彼女の成長と苦悩が見えてきます。


『死の秘宝』で突然使われたように見える記憶消去魔法

『死の秘宝』でのハーマイオニーの行動は、原作と映画で少しだけ違います。映画ではよりドラマチックに、彼女が「Obliviate」と唱えるシーンが映像として描かれます。鏡の中の自分が消え、写真からも姿が消え、両親が穏やかに本を読んでいる……。無言で涙をこらえるハーマイオニー。

原作ではそこまで詳細には描かれていませんが、手紙に「私は両親の記憶を変えて、自分のことを忘れさせて、オーストラリアに送りました」とあるだけ。でも、それだけで十分に想像できる重さがあります。

ここで疑問が生まれます。
彼女はこの魔法を誰に教わったの?
どうやって使い方を知ったの?
そもそも、学生が使っていいものなの?


ハーマイオニーはいつ、どこで覚えた?証拠と推測の間にあるもの

ここからは、はっきり描かれていない部分を、物語全体から読み解いていきます。結論から言うと、明確に「いつ覚えたか」は明示されていません。でも、いくつかのヒントは残されています。

ヒント1:彼女の本への執着と知識量

ハーマイオニーは1年生の時点で、すでにほとんどの教科書を読破していました。それに加えて、図書館の制限エリア(禁書棚)にまで興味を持っていた。記憶魔法はおそらく「防衛術」や「呪文学」よりもさらに高度で、専門的な本の中にしかないもの。でも彼女なら、制限エリアや、魔法省の制度に関する文献にも目を通していた可能性は高いです。

ヒント2:「誰かに教わった」とは描かれていない

先生の中でこの魔法を教えられそうなのは、マクゴナガル先生か、フリットウィック先生くらい。でもそんな場面は一切描かれていません。むしろ、彼女が「自学」していたと考える方が自然です。実際、彼女は「忘れられないために、愛しているからこそ、私を忘れて」といった極限の決断を、誰にも相談せずに下しています。そこがまた彼女らしい。

ヒント3:ロックハートの例から学んだ可能性

『秘密の部屋』で、ロックハートが誤って自分にObliviateをかけて記憶を失った事件――ハーマイオニーがその時にどんな教訓を得たかは描かれていませんが、ロックハートの杖が壊れていたことが原因でした。つまり「正しい手順」「正しい道具」「正しい状況」が必要。彼女なら、あの事件を見て「この魔法は危険」と思ったはずです。そして、逆に「安全に、正しく使う方法」を自分なりに調べたのかもしれません。


ハーマイオニーがこの魔法を「選んだ」ことの重み

魔法を使うという行動より、もっと重いのは「それを選んだ」ことです。

両親がハーマイオニーを愛していたのは、明らかです。だからこそ、彼女は彼らを守るために「私のことを忘れさせる」という選択をしました。これは、「命のために愛を手放す」という決断。これを17歳で下した彼女の成熟は、魔法の知識よりもずっと重く、深く、痛いものでした。

それに、Obliviateは「記憶を完全に消す」ことも、「改ざんする」こともできるはず。つまり、彼女は単に「いなかったことにした」だけではなく、「娘がいない人生の記憶」を新たに書き込んだ可能性すらあるんです。そこには、どれだけ涙を流しても足りないほどの強さと悲しみがあります。


舞台『呪いの子』や「ファンタビ」シリーズから見る記憶魔法の描かれ方

『呪いの子』では、記憶操作そのものは深く描かれませんが、「過去を変えること」への代償がテーマになっています。過去をいじれば、現在もゆがむ。ハーマイオニーが「記憶を操作した」のも、その危険と隣り合わせの行動だったんです。

そして『ファンタスティック・ビースト』では、記憶消去魔法の使用場面がいくつか登場します。特に印象的なのは、ニュートがマグルのジェイコブの記憶を消すとき。でも彼は、「思い出は完全には消せない」と言っています。これは、『死の秘宝』のハーマイオニーにも通じること。両親が「娘のいない人生」に適応したとしても、心のどこかに「消えない気持ち」が残っていたのかもしれません。


作者J.K.ローリングの意図は?「魔法は万能じゃない」と伝えたかったのでは?

この「Obliviate」の使い方は、実はJ.K.ローリングの大きなテーマを象徴しています。それは、「魔法は万能じゃない」ということ。

どんなに強力な魔法を使っても、感情や記憶の一部は残る。人の心を完全に操作することはできないし、操作すべきではない。ハーマイオニーがこの魔法を選んだことによって、彼女自身も、読者も、その重みを感じさせられるようになっているんです。

彼女の知識の深さ、判断力、そして人としての強さ。ハーマイオニーのあの場面は、「魔法を使った」よりも、「魔法を正しく使うことの苦しみ」を描いた、ローリングの最高のメッセージの一つなのだと思います。