子育てに口出ししてくる実母――なぜこんなにもつらいのか
どうして身内の言葉なのに、傷ついてしまうのか
子育てをしているとき、実の母親から「そうじゃない」「私の時はこうだった」と言われるたびに、心が少しずつ削られていくような気持ちになることがあります。
他人に言われたなら流せることでも、実母の言葉はどうしてこんなに重く感じるのでしょうか。
それは、母親という存在が、これまで自分の人生に強い影響を与えてきたからこそ、ただのアドバイスでは済まされない重さを持ってしまうからです。
心理学では、親との関係性を「内在化された他者」として扱います。
これは、親の価値観や期待が、自分の心の中にいつの間にか組み込まれてしまい、大人になっても影響し続けることを指します。
たとえ今は自分が母親になっていても、実母の声がまるで自分の中の「正しさの基準」のように響き、それと今の自分の子育てが違っていると、自然と「自分が間違っているのでは」と思い込んでしまうのです。
特に、母から「もっとこうしなさい」と言われると、それが直接的な批判でなくても、「あなたのやり方は不十分」と言われているような気持ちになってしまいます。
このとき心の中では、自分の親としての努力や思いが否定されてしまったように感じてしまうため、ただの一言が深い痛みになるのです。
「悪気がない」から余計につらいという矛盾
実母が子育てに口を出してくる場面では、「心配しているだけ」「あなたのために言っている」と言われることが多くあります。
けれど、だからこそ反論しにくくなり、自分の中の不満や怒りを抑え込んでしまいやすくなります。
このような状態は、心理学では「感情の抑圧(Emotional Suppression)」と呼ばれ、長期間続くことで心身に悪影響を及ぼします。
「私はこうやってきたから、あなたも同じようにすればいい」と言われると、言葉の裏にある「あなたのやり方は間違っている」というメッセージを受け取ってしまう人も少なくありません。
こうした一方的な助言や干渉は、本人の意思を無視した「支配的な関わり」として、相手の自尊心や主体性を傷つけてしまいます。
特に育児は、正解がなく不安がつきまとうものです。
そのなかで、信頼している実母から否定的な言葉を受けると、自信を持てなくなり、自分自身が親としてふさわしくないのではないかという思いにまでつながることがあります。
なぜ実母は口出ししてしまうのか
母親という立場にある人が、娘の子育てに対して干渉してしまう背景には、心理的な理由がいくつかあります。
一つは、「親としての役割が終わったあとも、娘を“指導すべき存在”として見てしまっている」ことです。
これは「母娘の役割反転が完了していない状態」とも言われます。
本来、親が年を重ね、子どもが大人になるにつれて、親は一歩引いた立場から見守る存在に移行していくのが自然な流れです。
しかし、実母がこれまで家庭の中で「子育ては自分の人生そのものだった」という意識を持っていた場合、その役割を終えることが受け入れがたくなります。
すると、娘が子どもを持ったときに、その役割をもう一度取り戻そうとして、つい手や口を出してしまうのです。
また、自分がかつて経験した育児の苦労や成功体験が「正解」として強く残っていると、今のやり方が違って見えることに不安を感じ、「間違っている」と決めつけてしまう傾向もあります。
これは決して悪意からではありませんが、結果として娘の子育てを否定し、信頼関係を壊す原因になります。
「母親はこうあるべき」がぶつかる瞬間
世代によって、母親という役割のとらえ方には大きな違いがあります。
実母世代では、「母親は我慢して当然」「自分のことは後回し」「夫に頼らず自分が全てやるべき」といった価値観が根強くあります。
一方、今の育児では「完璧を目指さず無理しない」「パートナーと協力する」「育児の手を抜くことは悪くない」といった考え方が広まりつつあります。
このギャップが、母と娘の間で激しい摩擦を生むことになります。
実母は、自分のやってきた育児が否定されたように感じてしまい、それを正そうとするように「口出し」をしてくる。
娘は、自分の方法を認めてもらえないことに傷つき、拒絶感を強めてしまう。
こうした感情のすれ違いが、親子の関係を深く揺さぶってしまうのです。
解決のために必要なのは「距離」と「線引き」
この問題に向き合うとき、まず大切なのは「母親と自分は別の人間であり、子育ての責任者は自分である」という線引きを意識することです。
心理的にも物理的にも、「距離を取ること」は防衛手段になります。
具体的には、会う頻度を調整したり、育児に関する話題を避けたり、直接対立しない工夫をすることが効果的です。
また、実母の言動に対して、自分の感情を言葉にして表現することも重要です。
「お母さんの気持ちはありがたいけど、今の育児には今の考え方があるから、そっと見守ってくれるとうれしい」といった、やわらかながらも意思を伝える言い方が有効です。
ただし、どうしても伝えるのが難しいと感じる場合は、無理に言葉にしようとせず、まずは自分自身のストレスを減らすことを優先してかまいません。
必要であれば、第三者に相談することも選択肢に入れてください。
行政の子育て相談、心理カウンセラー、信頼できる友人。
誰かに話すことで、自分の感情を整理しやすくなり、「自分は悪くない」という安心感を取り戻せることがあります。
実母が孫に勝手なことをする――それがなぜこんなにストレスになるのか
どうして「ありがとう」と思えないのか、自分でもわからなくなる
「遊んでくれて助かったでしょ」「好意でやってるのに、文句を言うなんて」と言われると、たしかに助かってはいるし、ありがたいはずなのに――
どうしても素直に感謝できない。むしろ、モヤモヤした気持ちが積み重なっていってしまう。
そんな自分に対して罪悪感すら湧いてきて、「私って心が狭いのかな…」と悩んでしまう人も少なくありません。
たとえば、勝手にお菓子を与えられる、しつけの途中なのに余計な口出しをされる、禁止していることをこっそりやられる――
一見すると些細なことのように見えても、これは「子育ての方針を無視される」という、親としての尊厳を傷つける行為につながってしまいます。
心理学では、これを「境界の侵害(バウンダリー・バイオレーション)」と呼びます。
親として子どもと向き合って築いてきたルールや価値観に、他者が無断で入り込んでくることで、自分の立場が軽んじられたように感じてしまう状態です。
特にそれが、信頼していた実母から行われた場合、そのショックや混乱はとても大きくなります。
実母が「自分の孫」という立場を強く持ちすぎてしまう
実母が孫に対して「自分の子のように」接するあまり、親であるあなたの意思や判断が軽視される場面は少なくありません。
これは「世代を超えた支配欲」や「役割の取り違え」によって起きる問題です。
本来、祖父母は「親を支える立場」であるべきですが、「自分が正しい」「昔はこうだった」という思い込みが強い場合、自分が育児の主導権を握ろうとする傾向が現れます。
とくに、母親が家庭での役割や居場所を失いつつあるとき、その「空白」を孫との関わりで埋めようとするような心理が働きやすくなります。
このとき、孫は「感情を注ぎたい対象」となり、そのために娘(あなた)の立場が無意識に踏みにじられるのです。
また、「あなたも昔はこうだったのよ」という言葉で、母親自身の育児経験が絶対視されてしまうと、それが現代の子育てとずれていても、修正が効かなくなってしまいます。
そうなると、いくら説明しても話が通じず、あなたがまるで「過敏に反応している人」のように扱われてしまい、ますますつらさが増してしまうのです。
親としての領域が壊されると、自信も奪われてしまう
自分で決めた育児方針やしつけのルールを、実母に壊されるということは、単なる小さな出来事ではありません。
それは「あなたが親であるという事実」そのものを否定される感覚に直結します。
たとえば、子どもに厳しく言い聞かせた直後に「いいのよ、甘えていいのよ」と実母がフォローしてしまったとき。
子どもは混乱するだけでなく、あなた自身も「何のために叱ったんだろう」「私は間違っていたのかな」と、自信が揺らいでしまいます。
こうしたことが繰り返されることで、親としての立場が不安定になり、次第に育児そのものがつらくなっていくのです。
心理的にはこれは「役割の曖昧化」によるストレスです。
親子三世代が同じ空間で関わるとき、それぞれの役割を明確に保たなければ、混乱と摩擦が起きやすくなります。
祖父母はあくまで「補助的立場」であるべきなのに、無意識のうちに主導権を取ってしまうと、家庭内のバランスは大きく崩れてしまいます。
では、どうやってこのストレスから自分を守ればいいのか
まず必要なのは、「実母は変わらないかもしれない」という前提に立つことです。
期待を捨てるという意味ではなく、「相手を変えようとしすぎない」ことで、自分の心の負担を減らします。
そして、そのうえで、「これは私の家庭であり、私が親である」という線引きを丁寧にしていくことが必要です。
● 子どもに関するルールは事前に明確に伝えておく
● やってほしくないことは、その場でやわらかくでもはっきりと伝える
● 自分の判断や方針に自信を持つ(他人の評価を軸にしない)
● それでも繰り返されるなら、接触頻度を減らす・距離をとる
特に効果的なのは、「責める口調」ではなく、「お願いの形」で伝えることです。
「お母さんがやってくれるのは助かるけど、子どもに関してはこうしたいから、協力してくれるとありがたい」
そう言うことで、感情をぶつけすぎずに自分の意志を伝えることができます。
それでも難しい場合は、第三者の存在を間に挟むのも一つの方法です。
夫やきょうだい、保健師など、家庭外の信頼できる人から実母に話してもらうことで、言葉が届きやすくなる場合もあります。
実母との距離を取ることに罪悪感を感じてしまう――その心の背景
どうして「もう関わりたくない」と思っても離れられないのか
育児に口を出されたり、子どもに勝手なことをされたりして「もう限界」と思っても、実母との距離を取ることに強い罪悪感を抱いてしまうことは、決して珍しいことではありません。
「母親なんだから感謝しなきゃ」「育ててもらったのに冷たくしていいの?」「嫌いになりたいわけじゃないのに…」と、心の中でいくつもの葛藤がぐるぐると回り続けます。
この感情の根底には、“娘としての役割”と“母親としての役割”がぶつかり合っている状態があります。
あなたは今、子どもを育てる「親」としての立場に立っています。
でも同時に、実母にとっては「いつまでも娘」のまま。
この“二つの役割”が同時に求められたとき、人の心はとても不安定になります。
心理学ではこの状態を「ロイヤルティコンフリクト(忠誠心の葛藤)」といいます。
つまり、「親を裏切ってはいけない」という無意識の気持ちと、「今の自分を守らなきゃ」という現実との間で引き裂かれるような感覚です。
そして多くの場合、この葛藤は娘の側だけに押しつけられがちになります。
だから、「距離を取る=冷たい人間」と思われることが怖くなってしまう。
でも実際には、それは自分や家庭を守るために必要な“境界の確保”であり、「冷たさ」ではありません。
「親を大事にしなければならない」という呪い
日本の文化や価値観の中では、「親を大切にしなさい」という教えが非常に強く根づいています。
それ自体は善意から生まれた考えですが、これが極端になると、「親に逆らうことは悪」「親から逃げることは裏切り」といったプレッシャーになってしまいます。
育児で実母に苦しんでいるときも、この価値観が邪魔をして、自分のつらさを正当化できなくなってしまうのです。
「こんなことで怒っている私が悪いのかも」「母は私のためにやってくれてるだけなのに…」と、気づけば自分を責める方向に思考が流れていってしまう。
こうした状態が長く続くと、本当の意味での自立が難しくなります。
“親離れ・子離れ”は年齢とは関係ありません。
身体的に距離があっても、心がいつまでも「母の承認」を求めてしまっていると、親の言動に振り回されやすくなります。
それでも、「それをやめよう」とすることには、強い不安と勇気が必要です。
だからこそ、多くの人が「つらい」と感じながらも、関係を断ち切れずに悩み続けてしまうのです。
心の距離は“冷たさ”ではなく、“守るための壁”
実母との距離を取ることは、敵対することでも、見捨てることでもありません。
それは「子どもとしての自分」ではなく、「親としての自分」をちゃんと立たせるための行為です。
そして何よりも、自分自身を守るための「心の壁」をつくる行為です。
たとえば、連絡頻度を減らすこと。
LINEの返信をすぐにしないこと。
会う回数を月に一度に絞ること。
それだけでも、心の負担は軽くなっていきます。
もちろん、「冷たい」と言われることもあるかもしれません。
でもそのとき、「冷たい人」になったのではなく、「限界を迎えた人」がようやく自分を守ろうとしたのだと、自分に言ってあげてほしいのです。
そして、実母との関係は“永遠に今の形で続く”わけではありません。
時間とともに、伝え方を変えたり、関係のバランスが変わったりすることもあります。
今、距離を取ることが必要だからそうしているだけで、それが「最終的な関係の終わり」になるとは限らないのです。
罪悪感ではなく、「自分の人生を守る感覚」を育てること
もし、距離を取ろうとするたびに罪悪感が湧いてきたら、こう問いかけてみてください。
「私は今、誰のためにこの判断をしているのか?」
そして、「その人を守ることは、他の誰かを傷つけることになるのか?」と。
あなたが守ろうとしているのは、自分自身、そしてあなたの子どもです。
それは誰かを傷つける行為ではなく、「大切な人たちをちゃんと大事にする」という選択です。
心理学的に言えば、これは「自己主張(アサーティブネス)」の一つです。
他者を責めず、自分の立場や感情を大切にする。
そのためには、親であっても距離を取ることが必要なときがある。
それは、心を壊さないための正しい判断です。
表面上はうまくやらなきゃいけないとき――実母との「付き合い方」に疲れたら
どうして“いい顔”をしてしまうのか、自分でも苦しくなる
本当はもう無理。会いたくないし、話もしたくない。でも、表面上はにこにこしてしまう。
子どもを通じて関わらなきゃいけないし、周囲の目もあるから、波風立てることもできない。
「母親なんだから、表面だけでもうまくやって当然でしょ」と言われたら、ぐうの音も出ないけど、そんな“演技”を続けることに、心が追いつかなくなる日もある。
特に実母相手だと、「本音を言えばきっと傷つける」「そんなことしたら関係が壊れる」と思って、どんどん自分の感情を押し殺してしまいがちです。
でもそれって、本当はとても危ういバランス。
無理に笑って、無理に話を合わせて、その裏でどれだけ我慢してきたのか――その蓄積こそが、ある日突然、大きな反動になって爆発してしまうこともあるのです。
心理学ではこれは「偽りの自己(False Self)」の働きとされます。
本音を隠して他人に合わせることで、自分を守っているように見えて、実は自分を少しずつ消耗させている状態です。
表面的には「うまくやってる親子」でも、内側では苦しみが進行していることがあります。
つらさを表に出せないまま、周囲に誤解されてしまうこともある
見た目は普通に会話している。
表情は穏やか。
でも心の中では「もう無理」「なんで私だけが我慢するの」と叫んでいる。
それでも周囲は、「親子仲良さそうでいいね」「お母さん頼れていいね」と、なんの疑いもなく言ってくる。
この“周囲の無理解”が、さらにあなたを追い込んでいくことがあります。
「やっぱり私がおかしいのかな」「もっと上手にやらなきゃいけないのかな」と、自分の感覚が信じられなくなっていく。
でも、感じている違和感や苦しさこそが、あなた自身の“正直な感情”です。
心理学的には、これは「感情の自己否定(self-invalidation)」の始まりです。
本来、自分が感じているつらさや違和感は、無視すべきものではありません。
それを自分で否定してしまうと、やがて自尊心そのものがすり減ってしまいます。
だから、「見た目は仲良さそうでも、内心つらい」という状態を“矛盾”だと思わなくて大丈夫です。
それはちゃんとした心理的現象であり、むしろ正しく感じている証拠です。
無理をしないで関わる方法はある
完全に関係を断つことができない場合、無理なく距離を取る方法をいくつか試してみてください。
・会う時間を短くする(30分だけなど時間を決める)
・第三者(夫や子ども)を間に挟んで、一対一の関係を避ける
・あらかじめ「話したくないこと」を明確にして線を引く
・あえて表面的な話だけにとどめて、深く踏み込まれないようにする
・予定を“相手の都合”ではなく“自分の都合”に合わせて調整する
たとえば、「今少し疲れているから短めにお願い」と事前に伝えておくだけで、精神的な負担がぐっと減ります。
また、「ちょっとパートナーが家で待ってるから」といった外的理由をつけることで、角を立てずに会話や接触を切り上げることもできます。
ここで大事なのは、「うまくやろう」とすることではなく、「自分が傷つかないように守ること」。
関係を完全に良くしようとしすぎると、どうしても自分をすり減らす方向に向かってしまいます。
だからこそ、“付き合いの枠”を自分で決めて、守ることが大切です。
それでも演技しなきゃいけないときは、心の中で自分に味方してあげる
どうしても避けられない場面、たとえば法事、子どもの行事、家族の集まりなど――
周囲の目もあるし、そこで波風を立てるわけにもいかない。
そういう場面では、無理に本音を出さなくてかまいません。
ただし、そのあと自分をちゃんと癒してあげることがとても大事です。
たとえば、
「今日もよくがんばったね」
「苦手な人と会ってちゃんとやり過ごした自分、えらい」
そうやって、心の中で自分にやさしい言葉をかけてください。
心理学的に言うと、これは「セルフ・コンパッション(自己への思いやり)」です。
誰かに認めてもらえなくても、自分で自分のつらさを認めてあげることで、心が少しずつ回復していきます。
無理をする日があってもいい。
でもそのあとで、「自分を責めない」「ちゃんと気持ちを整理する」
それだけでも、実母との関係に振り回されすぎない自分を、少しずつ作っていくことができます。
実母との関係をどう整理していくか――これからのために、自分の気持ちと向き合う
「ずっとこのまま我慢し続けなきゃいけないのかな」という不安
子育ての最中、実母の言動にずっと悩まされていると、「この関係は一生変わらないのかな」「もう逃げ場がない」と思ってしまうことがあります。
心の中では何度も「距離を取りたい」「もう関わりたくない」と思っていても、それを実行に移すには勇気が必要だし、失うものもあるような気がして動けない。
だからこそ、多くの人が「我慢しながら、でも耐えられない」という板挟みの状態に長く苦しんでしまいます。
特に実母との関係は、“情”があるからこそ厄介です。
いがみ合いたいわけじゃない。できればうまくやりたい。感謝もあるし、恩もある。
でも、いまこの瞬間の関わりが苦しいのも、事実としてちゃんとそこにある。
それをどちらか一方に切り分けられないまま、心の中で揺れ続けてしまうのです。
だからまずは、**「両方の気持ちを持っていてもいい」**と自分に許すことから始めてほしいと思います。
母に感謝していても、同時に苦しいと感じていい。
関係を続けたくても、距離を置きたくてもいい。
矛盾しているようで、どちらもあなたの正直な気持ちです。
「親とどう関わるか」は自分で決めていい
これまでの価値観では、「親には尽くすべき」「親子は仲良くするのが当然」という前提が強くありました。
でも現代では、「親との関係をどう保つか」は一人一人が選ぶことのできる課題として扱われています。
それは決して「冷たい」とか「恩知らず」ということではなく、むしろ成熟した人間関係を築くために必要な視点です。
心理学では、こうした過程を「心理的離乳」と呼ぶことがあります。
それは、物理的な自立ではなく、精神的な独立を意味します。
親と心の距離を取ることは、親を否定することではありません。
自分自身の価値観や生活を守るための、健全な選択なのです。
たとえば、
・連絡の頻度を自分で決める
・会うときのルールを事前に共有しておく
・育児に関しては、意見を求めないスタンスをとる
・実母が不満を口にしても、それを引き受けすぎない
これらはすべて「親を遠ざけるため」ではなく、「自分を保つため」に行うことです。
その結果、関係が以前より落ち着いたり、摩擦が減ったりすることも実際に多くあります。
「どうしても許せないこと」があるなら、無理に許さなくていい
実母の言動のなかには、「どうしても許せない」「思い出すだけでつらい」というものがあるかもしれません。
その感情は、とても自然なものであり、無理に抑える必要も、消す必要もありません。
「親なんだから、許さなきゃいけない」
「自分が大人になれば、気にしなくなるはず」
そう思い込もうとすればするほど、苦しさは深くなっていきます。
心理学的には、こうした状態は「未完了の感情」として心に残り続け、時間が経ってもふとしたきっかけで再燃します。
だから大事なのは、「許すかどうか」ではなく、「その感情を自分で認めてあげること」です。
「私は、あのときあんなふうに言われて、本当に悲しかった」
「私は、母からのその言葉に今でも傷ついている」
その気持ちを、自分の中で“正当なもの”として扱うことが、関係を整理していく第一歩になります。
そして、時間をかけてもいいのです。
今すぐ関係を修復する必要はありません。
今はただ、自分がつぶれないように、自分自身の心を守ることに集中していいのです。
未来のために、「どう付き合いたいか」を自分の言葉で描いてみる
実母との関係を完全に断ち切りたいわけじゃない。
でも今のままでは苦しい。
そんなときこそ、これからどう付き合っていきたいのかを、自分の言葉で少しずつ考えていくことが、関係を整理する助けになります。
たとえば、
・「必要以上に干渉しない距離感を保てる関係」
・「会ったときだけ、子どもを可愛がってもらえる関係」
・「意見が合わなくても、それぞれの考えを尊重できる関係」
今すぐそうなれなくても、「そうなれたらいいな」と思うだけでも構いません。
その“理想のかたち”があるだけで、自分の軸がぶれにくくなり、これからの選択に迷いが減っていきます。
そしてその過程で、あなた自身がどんどん強く、しなやかになっていきます。
実母との関係を整理することは、単に“人との距離”を測るだけではなく、
「自分をどう大切にするか」を見つめ直す大事な作業でもあるのです。
最後に、自分を守るための「軸」をどこに置くか――実母との関係に振り回されないために
自分の子育ては「自分が決めていい」ことを忘れないで
どんなに実母が近くにいても、どれだけ強い口調で言われても、
あなたの家庭は、あなたが作っていくものです。
「育児に正解はない」と言われるからこそ、誰かの経験や意見にすがりたくなることもあるけれど、
それがあなたを苦しめたり、子どもとの関係をかき乱してしまうなら――それは守るべき“正しさ”ではありません。
実母の価値観も、育て方も、それは「一つのやり方」にすぎません。
それが時代に合っていなかったり、あなたや子どもに合わなかったりするのは当然のことです。
なのに、実母が「私はこうだった」「あなたもこうしていた」と言ってくると、心がぐらっと揺れてしまう。
それは、実母の言葉が“事実”だからではなく、“感情の重み”が乗ってくるからです。
だからこそ、自分の中に「判断の軸」を持つことが必要になります。
他人に説明できなくてもいい。
「私はこうしたい」「私はこれが大事だと思う」――
そう言えるようになることが、実母との関係に振り回されないための第一歩になります。
守るべきは「自分」と「子ども」――それだけでも十分
実母の顔色をうかがって、言われたことに過敏に反応して、
いつの間にか「母親に認めてもらうこと」が目的になってしまっていないでしょうか。
でも、あなたが本当に守りたいのは、「母親としての自分の在り方」だったはずです。
「これでいいのかな」「間違っていないかな」と迷う日もあるけれど、
子どもを守ろうとしているあなたの行動は、それだけで価値があるし、立派です。
心理学では、母親の自信を支えるものを「パーソナル・バリュー(個人の価値観)」と呼びます。
つまり、自分が何を大事にしているか、何に納得して子育てをしているか――その感覚こそが、自信の源になります。
それは他人の正解ではなく、自分が「こうありたい」と思う姿に沿っていれば、それでいいのです。
だから、どれだけ実母が干渉してきても、
あなたの子育てにとって大事なのは、
「実母にどう思われるか」ではなく、
「自分が納得できているか」「子どもが安心して育っているか」
それだけで十分です。
どうしてもつらいとき、自分にかけてあげてほしい言葉
実母の干渉が続いて、言い返す気力もなくなってしまったとき。
何をどう伝えても通じないと感じたとき。
そんなときに、自分を見失ってしまわないように、
心の中で、自分自身に言葉をかけてあげてください。
「私は、ちゃんとやってる」
「誰よりも、私がこの子を思って動いてる」
「たとえ母に理解されなくても、私はわたしのやり方を信じていい」
「守るべきものは、ここにある。それ以外の声は、いったん遠くに置いておく」
そうやって、自分の内側に軸を取り戻すことで、
他人の声に揺らされることが、少しずつ減っていきます。
たった一つでいい、自分の中に「これだけは譲れない」ものが見つかったら、
それが盾になってくれます。
実母との関係にぶつかっても、衝突しても、自分を見失わずにいられます。
親子の関係は“こうでなければ”に縛られなくていい
実母との関係は、良くも悪くも一生続いていくものかもしれません。
でも、その形や距離は、固定されたものではありません。
「親だからこうあるべき」「娘なんだから我慢すべき」
そういった思い込みを、一つずつ外していくことで、少しずつ息がしやすくなります。
あなたが今感じている苦しさも、その中でしてきた我慢も、
誰にも見えないかもしれないけれど、たしかに存在していて、意味があります。
そしてそれは、きっとこれから先、
あなたが誰かを守ろうとしたとき、誰かに優しくしようとしたとき、
静かに力になるものです。
今すぐ関係を変えられなくてもかまいません。
まずは「自分の気持ちに嘘をつかないこと」。
それを少しずつ重ねていくことで、
きっと、あなたの中にある「自分らしい親子のかたち」が見えてきます。
