計算ができなく親が怒るのは間違えた事にではなく考えなかった・適当に回答したことなら賛成
承知しました。以下より、記事「間違いを叱るのではなく、考えなかった・適当に答えたことを正す姿勢の重要性」を3回構成(各回たっぷりのボリューム)でお届けします。今回は第1回:間違いは悪ではない。考えないことが学びを止めるです。続きも順次ご案内できます。
第1回:間違えることは学びの証。怒るべきは“考えなかった”その姿勢
~計算ミスよりも「思考を放棄したこと」こそが学びを止める~
「できない」ではなく「考えない」が問題
多くの保護者が、子どもが問題を間違えたときについ感情的になってしまうのは、ごく自然なことです。
しかしここで忘れてはならないのは、子どもが「失敗した」のではなく、「考えようとしなかった」ことのほうが本質的な問題だという視点です。
計算ミスを怒ってしまえば、子どもは「間違うこと=怒られること」と学びます。
しかし、「ちゃんと考えてなかったね」と伝えれば、**「考えることに価値がある」**と学びます。
本気で考えたうえでの間違いは、叱る対象ではない
考えた結果のミスには、必ず子どもなりの道筋があります。
・順序を間違えた
・一部を見落とした
・計算方法を勘違いした
これらは、学びの中で必ず通る“試行錯誤”の証であり、
「どう考えたの?」「どこからこう思った?」と聞いてあげるだけで、子ども自身が答えを修正する力をつけることができます。
間違いは恥でも怠けでもありません。
叱るより、考えの過程を丁寧に聞き出してあげることが、子どもの考える力を育てる第一歩です。
適当に答えたときだけは、はっきりと立ち止まらせる
では、怒るべきときはいつか?
それはただひとつ、**「考えることを放棄したとき」**です。
・空欄を適当に埋めた
・数字を“勘”で並べただけ
・とりあえず終わらせるためだけに書いた
こうした行動は、本人も「考えていない」と分かっている行動です。
ここは見過ごしてはいけません。一番育てたい“考える習慣”を自分から手放した状態だからです。
保護者がとるべき対応:叱責より「考えてないことへの問い」
叱るべきときには、感情をぶつけるのではなく、姿勢を正す冷静な問いかけが最も効果的です。
たとえば:
・「この答え、どうやって出したの?」
・「見た感じで決めた?それとも順番に考えた?」
・「それって“やったことにする”ためだけの答えだったかな?」
→ こうした問いかけは、本人の中に“自分でも気づいていた手抜き”を言葉で自覚させる効果があります。
なぜ“考えなかったこと”がいけないのか?
その理由は明確です。
● 子ども自身が「考えなくても終わる」と学んでしまう
→ 考える前に投げ出すクセがつく
● 成果より姿勢を重視するという本質が伝わらない
→ 正しいプロセスへの信頼が育たない
● 「とりあえず書いておけば終わる」という態度が習慣化する
→ 将来の応用力・問題解決力に悪影響
→ つまり、“考えない”ことを許せば、子どもの思考力の根が腐り始めるのです。
まとめ:「結果よりも思考」を子どもに教える立場として
間違えることは、努力の証。
考えずに答えることは、学びの放棄。
この違いを見極めて接することが、保護者の最も大切な役目です。
大人が、「正しいかどうか」ではなく「考えたかどうか」を評価の基準にすれば、
子どもは安心して考えることに向き合い、ミスを恐れなくなります。
その環境こそが、「考える子」を育てる最高の土台になるのです。
次回(第2回)では、**子どもが考えなくなる背景にある“心理的な回避”**と、家庭でできる思考を支える声かけの工夫を解説します。続けてご希望の場合は「次」とご指示ください。
お待たせしました。以下は、記事「考えなかったことを正す姿勢の重要性」**第2回:なぜ子どもは“考えない”という選択をするのか?**です。今回は、子どもが意図的に考えようとしない背景にある心理的要因や、親の声かけ一つで思考を引き出せる実践例について、具体的に解説します。
第2回:子どもが「考えない」理由は“甘え”ではなく“防衛”
~適当に答える心理と、それを変える家庭での工夫~
子どもが考えないのは「なまけ」ではなく「逃げ」
子どもが“適当に答える”場面を見ると、「怠けてる」「やる気がない」と決めつけてしまいがちです。
しかし実際は、考えたくないのではなく、考えることに自信が持てない状態であることが非常に多いのです。
たとえば:
- 「どうせ間違える」
- 「考えてもわからなかったら恥ずかしい」
- 「親にがっかりされるのが怖い」
- 「まちがって怒られるなら、適当に終わらせたい」
→ これは**自分を守るための“先回り型あきらめ”**とも言える心の反応です。
考える前に“正しさ”を求めすぎると、思考を止める
「さっき教えたばかりでしょ」
「なんでわかんないの?」
「これくらいはできて当然」
こういった言葉は、結果だけを求められていると感じさせてしまい、考える意欲を萎縮させます。
正解だけが評価される場では、子どもは「考えるより、早く正しい答えを出すこと」に逃げるようになります。
つまり、“間違える=怒られる”と思い込むほど、思考を止める選択をするのです。
「間違えてもいい」より、「考えてくれたらうれしい」を伝える
子どもに伝えるべきなのは、以下のような姿勢です:
- 「正解じゃなくてもいいよ、ちゃんと考えたかを見たいの」
- 「まちがっても、どう考えたか聞かせてくれたらうれしいよ」
- 「前と違う考え方してたら、それだけですごいことだよ」
→ “自分の考えを持つこと”に安心感を与えることで、適当な答えを避けるようになるのです。
考えようとしない子への3つの声かけ技法
①「どこまではわかった?」
→ 一部でも理解できていることに注目し、全否定感を取り除く
②「いま、どんなふうに考えてみた?」
→ 結果よりも“思考の過程”を言語化させ、自分の頭を使っている実感を育てる
③「もし違ってたとしても、その考えを聞きたいな」
→ “正しさ”から解放し、“自分で考えた価値”を伝える
適当に答えるクセは、“すぐ怒られる経験の蓄積”で育つ
特に注意したいのが、「最初に間違えたとき、強く叱られた経験」です。
この経験があると、子どもは「間違うくらいなら適当に流した方がマシ」と感じてしまい、本気で考えることを避けるようになります。
だからこそ、最初のミスほど穏やかに、
「よく考えてみた?もしやり直したらどうなるかな?」
と、考える時間を与える接し方が非常に重要です。
考えたくなる子に変わるには、“安心して試せる環境”が必要
子どもが「試していい」「考えてみていい」と思える場を家庭で作ることができれば、
・適当な答え
・空欄で提出
・一瞬であきらめる
といった反応は自然に減っていきます。
それは、大人が
「考えた時間を認めてくれた」
「まちがっても責めなかった」
「自分の考えをきいてくれた」
という記憶を積み重ねるからです。
まとめ:考えないのは“学力の問題”ではなく“心の逃げ道”
・適当に書いた答えに怒りたくなるのは親の本音
・でも、そこで「なんで考えなかったの?」と落ち着いて問えるかどうか
・それが、子どもを“考えることができる人”に育てる第一歩です
考えることが当然で、考えることが褒められる家庭
それこそが、子どもの“思考の根”を支える場所なのです。
次回(第3回・最終回)では、**「家庭で“考える力”を日常的に育てる実践例」**を多数ご紹介し、子どもが「適当にせず、自分の考えで答えたくなる」ような環境の作り方を丁寧に解説します。続きが必要な際は「次」とお知らせください。
お待たせしました。以下は、記事第3回(最終回):家庭で“考える子”を育てる具体的な方法です。今回は、子どもが「適当に答える」のではなく、「自分の考えをもって答えよう」とするようになるために、日常生活の中で実践できる支援・声かけ・習慣づくりを具体的に解説します。
第3回:子どもが“考えたくなる家庭”は、日常の中でつくられる
~「適当な答え」から「自分の思考で答える子」へ変わるために~
子どもが考えるようになるには、「考えるのが当たり前」の空気が必要
計算ドリルや宿題の場面だけで「考えて!」と注意しても、子どもは戸惑います。
本当に効果があるのは、日常のあちこちに“考える経験”があることです。
それは、特別な時間を作る必要はありません。
家庭内での小さな会話や関わりの中に、“思考を促す仕掛け”を少しずつ入れていくことが鍵となります。
思考を育てる日常の実践例
● 買い物中
「これ、ふたつでいくらになるかな?」
「100円で買うなら、あと何円残るかな?」
→ 計算を目的にせず、“考えていい場”として扱う
● 食事中
「お皿、3人分いるね。1人2枚使うなら、全部で何枚?」
→ 数の操作が自然に出てくる会話をつくる
● お風呂・洗濯
「このタオル、3日で何まい使うかな?」
→ 生活の中で数・順序・予測を使わせる
● 遊び中
「これってどうやって立ってるの?」「この積み木、もっと高くできるかな?」
→ 構造や因果を考える力を刺激する問いかけ
効果的な声かけの習慣づけ
以下のような問いかけは、**思考の癖をつける“言葉のトレーニング”**になります:
●「どう思う?」
→ 最も基本的かつ万能の声かけ。「正解」より「自分の意見」を促す
●「どこからそう考えたの?」
→ 考えの出発点を確認し、論理的なつながりを作る習慣に
●「ちがうやり方あるかな?」
→ 1つの考え方だけで終わらせず、柔軟性を育てる
●「もう一度やってみるとしたら、どうする?」
→ 失敗に対してリトライの余地を与え、粘り強さを支える
答え合わせの前に、“考えたこと”を先に聞く
「合ってるかどうか」を先に見るのではなく、まずはこう聞きましょう:
- 「どうやってやったの?」
- 「この数字はどこから出てきたの?」
- 「最後まで自分で考えた?」
→ これを日常的に続けることで、子どもは「考えること自体を見てもらっている」と感じるようになります。
子どもが安心して考えられる家庭に共通する3つの特徴
① 結果よりプロセスをほめる
→ 「当たった」より「工夫した」「やり直した」をほめる
② まちがいを責めない
→ 「考えた上でのミス」は**“次につながる材料”**ととらえる
③ 親自身が“わからないことを考える姿”を見せる
→ 「これどうなると思う?」「お母さんも迷ってるなあ」と共有することで、考えることの価値を体感させる
まとめ:考えることは「技術」ではなく「習慣」
「考えてから答える」
「理由をもって説明する」
「わからなくても投げ出さない」
これらは、生まれつき備わったものではなく、日常の中で育てられる思考の習慣です。
親が、「正しい答え」を急がず、
「どう考えたのか」に目を向け、
「考えたことを誇らしく思う」関わりを持ち続ければ、
子どもは自然に“適当に答える子”から“考えて答える子”へと変わっていきます。
この全3回を通じて、怒るのではなく、育てる関わりとして「考えなかったことを正す」意義と方法をお伝えしました。必要に応じて、応用記事やチェックリスト、家庭用支援ツールもご用意可能です。ご希望があればお申し付けください。
ご指摘のとおり、子どもが「今、知りたい」と感じた瞬間に、親がどう応じるかは、思考力と学習意欲を育てる上で極めて重要です。以下に、その意義と背景、そして親が持つべき姿勢について丁寧にまとめた記事をお届けします。
「いま考えたい」という気持ちに、親がどう向き合うか
~“忙しいからあとで”の一言が、子どもの学びを遠ざける~
子どもが「知りたい」と思った瞬間は、心が最も動いているとき
子どもがふと、「これなに?」「なんでこうなるの?」「こうやったらどうなるの?」と聞いてきた瞬間。
それは、知識や情報ではなく、“思考の芽”が育ち始めた証です。
このときにかける大人の一言は、子どもの学び方に深く影響します。
しかし、親の多くは「忙しい」「後にして」と無意識に押し返している
・「あとでね」
・「ちょっと待って」
・「今は無理」
こうした言葉は日常でよくありますが、繰り返されると子どもはこう学びます:
- 「聞いても無駄」
- 「今考えるのはやめておこう」
- 「どうせわかってもらえない」
→ これは、思考のタイミングを奪い、疑問を持つ習慣そのものを弱らせてしまう行動です。
子どもは「言われたこと」より、「親の態度」を見ている
子どもはとても敏感です。
親がスマホを見ながら「大事に思ってるよ」と言っても、その矛盾をしっかり感じ取ります。
「今、目を合わせてくれない」
「忙しそうで、見てもらえない」
その事実だけで、「自分の疑問は価値がない」と感じるのです。
疑問に答えられなくても、共に考える姿勢が子どもを支える
「わからないことは、すぐ答える」必要はありません。
大切なのは、「一緒に考えてくれた」という記憶を残すことです。
たとえば:
- 「それ、なんでだろうね?ちょっと考えてみようか」
- 「うーん、お母さんもすぐにはわからない。でも、気になるね」
- 「あとで調べよう。でも、なんでそう思ったの?」
→ このような言葉は、思考の価値を親が認めているという強いメッセージになります。
本当に大切なのは、「すぐ応じること」より「関心を向けること」
たとえすぐに答えられなくても、
・「その疑問はすごくいい」
・「後でちゃんと一緒に考えようね」
・「わからなくても、そう感じたことがすばらしい」
こうした言葉を添えるだけで、子どもの心は満たされ、考える習慣は守られます。
まとめ:「親の姿勢」は、思考力を育てる最大の教材
親が“今この瞬間”を大切にしてくれると、
子どもは「自分の疑問には価値がある」と知り、
「考えることは、待たずにやっていいこと」と学びます。
そしてそれが、一生にわたる「学びに向かう力」の核になるのです。
忙しいときこそ、一度目を止めて、問いかけに寄り添ってください。
その姿勢が、どんな教材よりも深く、子どもの学びを支えます。
教育とは「子どもの頭で考えられるように整える」こと~“子どもに合わせる”とは教え込むことではなく、同じ目線に立つこと~
子どもは大人と“見えているもの”が違う
子どもにとって世界はまだ未整理で、経験も少なく、思考の順序もバラバラです。
にもかかわらず、大人が「こんなこともわからないの?」「これは当たり前」と言い放つのは、階段を一気に飛ばせと言うのと同じことです。
大人が考える“簡単”と、子どもが感じる“わかる”には、大きな差がある。
まずそこを、親がきちんと認識していなければ、教えるどころか、子どもの理解を止める存在になってしまいます。
「同じ目線に立つ」とは、“理解するプロセス”に並んであげること
子どもの隣に立つとは、子どもの考え方・視点・つまずき方に合わせて、順序を合わせて進むことです。
それは、
・正解を言ってあげることではなく
・先回りして答えを出すことでもなく
・つまずいたときに「どこで止まっているのか?」を一緒に探すこと
つまり、“一緒に見て、一緒に動いて、一緒に分かっていく”ことが、本当の意味での「教える」なのです。
教えるとは、言葉ではなく「学びの環境」を整えること
本来の教育は、
・わかりやすい例を用意する
・手元に考えやすいツールを置く
・試してみたくなる問いを準備する
・理解できる順序をつくる
つまり、子どもが自力で考えられる環境を用意することが教育の本質です。
ツールや工夫、声かけ、タイミング、雰囲気――
それらすべてを“整える力”がある人が、「教えられる人」です。
「任せればいい」「そのうちできる」は教育の放棄
「学校で教わるから」
「塾に行けば解決する」
「そのうち慣れるよ」
こうした“受け身の姿勢”は、子どもの学びを他人任せにするだけでなく、子どもが困ったときに支える人が誰もいない状況を生み出します。
「自分の子どもを最初に支えるのは、自分である」という覚悟がない人は、教育者になれません。
最短で身につけさせたいなら、整備と支援の設計が要る
「早く覚えさせたい」「得意にさせたい」と願うなら、
以下を“本人の思考に合わせて”準備する必要があります:
● 使える道具(数の具体物、図形カード、並べ替えアイテム)
→ 見て、触って、動かして理解できるもの
● わかりやすい順序(例から一般へ/簡単から複雑へ)
→ 子どもの今の思考範囲に合わせて積み上げていく
● 口出しではなく「問い返し」
→ 考えるチャンスを奪わず、自分でたどり着けるよう導く
● 成功体験を得やすい“簡単に気づける工夫”
→ 「できた!」が連続するよう仕掛ける
まとめ:「教える」は“共に考え、共に登る”こと
教えるとは、子どもに合わせて“考える高さをそろえる”行為であり、
「教える前に、何をそろえるか?」を親が整えることです。
整えられない親は、教えることができません。
“わかって当然”としか思えない親は、子どもの考え方を理解できません。
だからこそ、
「今、どこでつまずいている?」
「その考え方は、どう進めていけばいい?」
と問いながら、一緒に階段を登ることが、本当の“家庭教育”の始まりです。
「どうしてできないの?」の前に ― 大人と子どもの“考え方”のギャップに気づくこと
大人は、たとえば「7+5」や「10-4」といった計算を、ほとんど反射的に答えることができます。これは、長年の経験や反復練習によって頭の中に定着している「結果の記憶(暗記)」によるものです。つまり、「どう考えたか」ではなく、「もう知っているから言える」状態です。
ところが、子どもはまったく違います。彼らにとって「7+5」は、まだ頭の中で具体物や指、ブロックなどをイメージしながら、「7に何を足すと10になる?」「残りはいくつ?」と数を動かして構成している途中なのです。
それにもかかわらず、大人が「どうしてこんな簡単なことができないの?」と問い詰めてしまうと、子どもは「考えること」をやめ、「当てずっぽうで答える」「とりあえず暗記しようとする」という行動に出ることがあります。これは、子どもの思考を途中で止めてしまう大きな障害になります。
親が無意識にしている「暗記の前提」に気づくこと
多くの保護者は、自分がすでにできる計算を「自然にできた」と思い込んでいますが、それは小さいころに誰かから教わったり、何度も経験した結果、記憶に定着した「知っている答え」に過ぎません。つまり、考えているのではなく、思い出しているのです。
しかし、子どもはその「考える体験」そのものを、まさに今積み上げている最中です。「7と何で10になるか?」「5をどう分ければ使いやすいか?」という問いに、自分の力で気づいていくことで、数に対する見通しや構造の理解が育ちます。
考えさせることの価値 ―「正解」よりも「理解」が大切
大人が答えをすぐに与えてしまうと、子どもは「そういうものなんだ」と覚えるだけになります。その結果、「応用がきかない」「文章題になるとわからない」「順番が変わると混乱する」といった現象が起こります。
反対に、「どうしてそう思ったの?」「他にも考え方あるかな?」と問いかけ、考える時間を与えることで、子どもは数の意味や関係性を少しずつつかんでいきます。これが、計算力ではなく数学的な思考力を育てる鍵です。
たとえば、「9+4は?」「えーと……9と1で10、あと3……で13!」と、少し時間がかかっても、自分の頭で考えて出せた答えには「理解」が伴っています。これこそが、学力の土台であり、暗記ではたどりつけない本当の力です。
まとめ
「できないのは当たり前」と受け止めることが、実は最初の一歩です。大人が無意識に使っている「暗記された答え」と、子どもが今まさに組み立てようとしている「考える過程」には、大きな違いがあります。
答えの正しさだけを見ず、考えている途中の姿を認めてあげること。それが、子どもが「考えることを楽しい」と思える力を育て、「数を理解する力」として一生残っていきます。
子どもが何度も同じことを聞いてきたり、間違えたりするたびに、「今この子は、頭の中で数を動かそうとしているんだな」と、ひと呼吸おいて見守っていただけたら、それが何よりの学びの支えになります。
