愛の魔法が効く人と効かない人の違いって?
『ハリー・ポッター』の物語全体を通して、一番大事にされているのが「愛の魔法」ですよね。特にお母さんのリリー・ポッターがハリーを守るために自分の命を差し出したとき、そこに生まれた“守り”が、ヴォルデモートの呪文をはね返してしまった。この出来事が、物語全体の土台になっています。
でも、ただ「大切に思ってる」とか「好き」っていう気持ちだけじゃ、それほど強い魔法にはならないみたい。リリーの愛は「自己犠牲」まで含んでいたからこそ、ハリーに特別な“まもり”が宿った。これは、“無償の愛”が魔法の力になるという、魔法界でも特別なルールなんだと思います。
たとえば、スネイプがダンブルドアに協力したのも、すべてはリリーへの変わらぬ想いがあったから。しかも、彼の愛は「一生をかけて秘密に守り抜いた愛」でした。これもまた、強い魔法の一種といえるかもしれません。つまり、愛の魔法には「自分を捨ててでも、誰かを守る」という要素が欠かせないのです。
効く人と効かない人ってどう違うの?ほんとは誰でも効くの?
守られたハリーと、愛を知らなかったヴォルデモート
ここが今回のテーマの一番大事なところです。愛の魔法が効く人と効かない人、つまり「守られる人」と「守られない人」にはどんな違いがあるんでしょうか?
まずはハリー。リリーの命がけの愛を受けたハリーは、その“守り”によってヴォルデモートの呪いから生き残りました。しかもその影響は、ヴォルデモートが復活してからもずっと続いていたんです。だからこそ、彼が再び人間の肉体を得るとき、ハリーの血を使わなきゃならなかった。あの血の中に、愛の魔法が流れていたから。
一方、ヴォルデモートはというと、小さいころから誰からも愛されたことがありませんでした。孤児院で育ち、誰も彼に優しさを注がなかったし、彼自身も誰かを心から大切に思うことがなかった。だから彼の中には「愛を受け取る器」そのものがなかったんだと思います。
これが、効く人と効かない人の一番の違いです。愛って、受け取る側にも「感じる力」「信じる力」が必要なんです。ヴォルデモートはそれを持っていなかった。だからこそ、彼にとって“愛”はただの弱さでしかなかったし、だからこそ、愛に守られた人間を理解できなかった。
呪いの子ではどうだった?愛は今も通じてるの?
アルバスとスコーピウス、親子のすれ違いから生まれたもの
『呪いの子』では、愛の魔法がちょっと違った形で描かれていました。ハリーと息子アルバスの関係は、なかなかうまくいきません。ハリーが父としてどう接していいかわからず、アルバスも「父の名前」が重すぎて苦しんでいました。
でもその中でも、やっぱり“愛”が物語を動かしていきます。たとえば、ハリーがアルバスを心から思ってるからこそ、暴走してしまう。でも最後には、その想いがちゃんと届いて、お互いが歩み寄るきっかけになります。
それに、アルバスと親友スコーピウスの間にも、とても深い絆がありました。家柄とか呪いとか、いろんな重荷を抱えていても、信じ合っているからこそ助け合えた。あれも、一種の愛の魔法だと思います。
『呪いの子』で描かれた愛は、リリーのような命をかける愛ではなかったけど、それでもちゃんと人を変えたり、救ったりする力がありました。つまり、形は違っても“愛”にはやっぱり不思議な力があるってこと。
最強の魔法は、やっぱり心からの想いだった
J.K.ローリングがどうして「愛の魔法」をここまで大きなテーマにしたのか、それは物語の中のセリフにもヒントがあります。
ダンブルドアは「人間が持つ最も強い力は、愛だ」と何度も語っていました。しかもそれは、誰でも持てる力。でも使いこなすのが難しい魔法。杖も呪文もいらないけど、勇気と優しさ、そして信じる気持ちが必要なんです。
ローリングは、戦いの物語を通して「悪を倒す力」は、怒りや憎しみじゃなくて、愛だと伝えたかったんだと思います。それは戦争や差別が続いている現実の世界に対して、彼女なりのメッセージでもあったのかもしれません。
ヴォルデモートのように、どれだけ強い魔法を使っても、誰かを心から信じたり、守ったりする力には勝てない。それが『ハリー・ポッター』シリーズのいちばん深いテーマだったと私は感じました。



