キラキラママって、どういう人のこと?
よく聞くけど、実はみんなよくわかってない言葉
最近よくSNSやネットの掲示板で目にする「キラキラママ」って言葉。なんとなく聞いたことはあっても、はっきり説明できる人って、案外少ないかもしれません。オシャレで、自分の時間もちゃんとあって、いつも笑顔で、毎日キラキラしてる。そんなイメージを持つ人もいれば、「なんか自慢っぽい人」「マウント取りがちなママ」って思う人もいます。
この言葉、いったいどういう人を指すのか。まずはそこから見ていきたいと思います。
はじめは「憧れのママ」だったはず
もともとの「キラキラママ」という言葉には、けっこうポジティブな意味が込められていました。
たとえば、赤ちゃんを抱っこしながらもキレイな服を着て、髪もメイクもバッチリ、カフェで子連れランチをして、ベビーカーもオシャレで。そういう、子育てしながらも“自分らしさ”や“美しさ”をちゃんと持っている女性へのちょっとした憧れ、そんなニュアンスで使われていたんです。
とくにSNSが発達してからは、「#キラキラママ」「#育児も楽しんでます」みたいなハッシュタグが流行りはじめて、それを見た人たちが「わぁ、素敵!」って思って憧れるようになった。ここまでは、まだ良い意味だったと思います。
でも、次第に変わっていった
けれど、時が経つにつれて、「キラキラママ」はだんだん違う意味で使われるようになっていきました。
最初はただの“憧れの存在”だったはずなのに、いつの間にか「自分をよく見せたいだけの人」とか、「周りに無言でプレッシャーをかけてくる人」っていう、ちょっとイヤな意味を込めて使われることが増えてきたんです。
どうしてそうなったのかというと、やっぱりSNSの影響が大きいと思います。
たとえば、ちょっとした日常を投稿してるだけなのに、「あれ?この人、なんか無理してない?」とか、「これって他のママに向けたマウント?」みたいに感じる投稿が増えてきた。
しかもそれが、いかにも“いいね”がたくさん付きそうな加工写真だったり、英語のメッセージが添えられていたりすると、「ああ、またか」って思ってしまう人が出てくるんですよね。
誰もが「キラキラ」を求められる時代
そして一番の問題は、こうした「キラキラママ」がどんどん“普通”のことのように扱われて、
「自分もこうならなきゃダメなのかな」って思わせるようになったこと。
それってすごくしんどいことですよね。
たとえば、毎日バタバタでメイクする時間なんてない、疲れて夕飯は冷凍食品に頼る日だってある、
そんな“リアル”な育児のほうが大多数なはずなのに、SNSではまるでそれが“ダメなこと”のように見えてしまう。
結果、「私ってちゃんとしてないのかも…」「もっと頑張らなきゃ…」と、自分を責めるママたちが増えてしまった。
見えない圧力が苦しい
つまり、「キラキラママ」って言葉は、本当は誰かを悪く言いたいわけじゃないのに、
気づかないうちにまわりのママたちを苦しくさせる言葉になってしまっているんです。
しかも、自分では「キラキラママ」のつもりがなくても、
「他人からそう見られてる」と気づいた瞬間、関係がギクシャクしてしまうこともあります。
自分のちょっとした発言や投稿が、誰かを嫌な気持ちにさせてしまっているかもしれない…そんなふうに思うと、だんだん本音が言えなくなってきてしまいます。
キラキラママは「いる」のか、それとも「つくられた存在」なのか
ここでちょっと立ち止まって考えたいのが、本当に「キラキラママ」って、現実にたくさんいるのか?ということです。
SNSやメディアで見かけるから「いっぱいいるように感じる」だけで、実際にはごく一部の人たちなのかもしれません。
そして、私たち自身が「キラキラ=良いこと」というイメージを強く持ちすぎて、
無意識に他のママをジャッジしてしまっているのかもしれない。
もしかすると、「キラキラママ」という存在は、ネットや社会が勝手につくりあげた“理想像”なのかもしれません。
キラキラママの特徴って、ほんとにそんなにすごいの?
ぱっと見は完璧。でもその中身って、どうなってる?
キラキラママって聞くと、まずどんな姿を思い浮かべますか?
いつも明るくて、服もメイクもきちんとしてて、子どももオシャレで清潔、ランチはカフェで、SNSのストーリーにはキラキラした日常が流れてる。そんな“見た目”がパッと浮かぶ人が多いと思います。
でもその特徴って、ほんとうに全部が“すごいこと”なんでしょうか。少しずつ深く見ていきましょう。
外見から伝わる“わたし、がんばってます”感
まず一番わかりやすいのが見た目。
キラキラママの特徴としてよく言われるのは、いつも整った服装、髪型、メイク。まるで雑誌のモデルみたいなママ。
保育園や幼稚園の送り迎えのとき、動きやすいパーカーやスウェットで来るママが多い中、ひとりだけワンピースにパンプスだったり、アクセサリーをちゃんとつけていたり。
赤ちゃんを抱っこしながらも、ジェルネイルは完璧で、髪はカラーも巻きも崩れてない。
その姿を見て、「すごいな、ちゃんとしてるな」って思うと同時に、「なんでそんなに頑張れるの?」って、ちょっとモヤッとする気持ちもわいてきます。
でもそれはたぶん、「わたしにはそんな余裕がない」「子どもと格闘してる毎日なのに、なんでこの人はそんなにキレイでいられるの?」っていう、自分との違いに苦しくなってしまうからかもしれません。
SNSに並ぶ「丁寧な暮らし」と「育児の正解」
キラキラママの中で、とくに目立つ特徴がSNSでの発信です。
Instagramやブログ、ストーリーなどに毎日のように投稿される、手作りのオーガニックごはん、かわいいキャラ弁、おそろいコーデ、知育遊びの様子。
そこには「今日も◯◯ちゃんと笑顔で過ごせたことに感謝」「育児って尊い」なんて言葉が添えられていて、見た人は「ああ、ちゃんとやってるなぁ」「私、全然できてない…」と落ち込んでしまうこともある。
でも、その投稿が“現実のすべて”じゃないことも、私たちはどこかで知っています。
一番きれいに見える角度で撮った写真。たまたま機嫌のよかった瞬間。加工アプリで色を整えた日常。
それなのに、それが“育児の正解”みたいに見えてしまうのがSNSの怖さです。
「私らしく」を連発するけど、みんな同じ方向を向いてる
キラキラママの特徴としてよくあるのが、「自分らしく」「私のペースで育児を楽しんでます」という言葉。
だけどその“私らしさ”が、なぜか似たような価値観やアイテムに偏っていることがあります。
たとえば、
- 北欧風の家具とおしゃれなベビーグッズ
- ナチュラル系のブランド(オーガニック・天然素材)
- 知育教室やベビーヨガの投稿
- 英語育児やプログラミング教育へのこだわり
どれもそれ自体は悪くないし、こだわって選んでいるんだと思います。
でも、そういう情報があまりにたくさん見えることで、「私もそこまでしなきゃ育児に遅れるの?」っていう焦りやプレッシャーを感じるママが増えてしまいます。
なんとなく「優越感」を出してしまってる発言
キラキラママの中には、悪気なく発している言葉が、まわりをイラッとさせてしまうことがあります。
たとえば、
- 「うちはテレビ見せない主義なんだ〜」
- 「ファーストフードはちょっと抵抗があって…」
- 「子どもには手作りのご飯しかあげたことないかも」
こういう言葉が出てきたとき、「すごいね」って表面上は言いながらも、心の中では「なんか私の育児を否定された気がする…」って感じる人も少なくありません。
本当に自分のポリシーでやっているならいいけれど、それをあえて口に出すことで、無意識にまわりと線を引いてしまっている。それが「なんか感じ悪い」と思われてしまう理由の一つなんだと思います。
子どもも“キラキラさせなきゃ”ってなってる
キラキラママの特徴として、子どもの外見や行動にもこだわりが見えることがあります。
服は海外ブランド、名前入りの持ち物、誕生日はプロカメラマンを呼んでの撮影会。
もちろん、それがその家族にとっての楽しみなら何も問題はありません。
でも、まわりのママたちは「そんなふうにしてあげなきゃいけないのかな」「うちの子が見劣りしないかな」って、不安になることもあるんです。
子どもが子どもらしく、汚れて遊んでもいいはずなのに、“キラキラ”を維持するために、親も子も気を張っているように見えてしまう。
キラキラママって、なんでこんなにイラっとされるの?
別に悪いことしてないのに、なぜか嫌われる不思議
「キラキラママって、別に人に迷惑かけてるわけじゃないよね?」
そう思うのはもっともです。誰かを傷つけているわけじゃないし、子どもにちゃんと愛情を注いで、家族のために頑張っているママもたくさんいます。
でも現実には、「なんか苦手」「ちょっと無理かも」と感じる人がいるのも事実。
その理由って、ただの嫉妬だけじゃないんです。もっと複雑な気持ちが絡み合ってるんですよね。
「完璧なふり」がしんどいって思わせる
キラキラママが一番イラッとされやすいのは、たぶん“完璧そうに見えるところ”です。
家もキレイ、子どもも元気、ママも美人でスタイルも良くて、毎日が楽しそう。
そういう姿を見ると、「なんでこの人、こんなに何もかも上手くいってるの?」って思っちゃう。
しかも、その“完璧さ”に限って、あえて口に出さず、ただ投稿や雰囲気で見せつけてくるように見えることがある。
たとえば、「朝5時起きでお弁当作ったのに寝坊した旦那のせいで保育園ギリギリ〜!」っていう投稿に、しっかり詰められたキャラ弁の写真がついてたり。
「共感」のようで「自慢」にしか見えないそのギャップが、「わざと?」って疑われてしまう。
自分との違いを見せつけられると、比べたくなくても比べてしまう
キラキラママの存在は、知らないうちに「私と違う」と思わせてくるものです。
こっちは朝から子どもがぐずって髪もボサボサ、朝ごはんも冷凍チャーハンで済ませたのに、SNSを開いたら「今日は手作りパンで朝食♡」みたいな写真。
比べたくないのに、無意識に比べちゃう。そして落ち込む。
それが一度ならまだしも、毎日毎日流れてくると、「この人の存在がもうしんどい…」ってなってしまう。
嫌われるというより、「見てると自分がつらくなる」から、距離を取りたくなる。
そうして“苦手”って気持ちが育っていくんです。
「わたし、余裕あるんです」って態度に見えてしまう
キラキラママって、見た目にも言動にも「余裕」があふれてるように見えることが多いです。
それが逆に、今にも崩れそうなギリギリの毎日を送っているママにとっては、とてもまぶしすぎる。
- 何かと「大丈夫〜?」って聞いてくるけど、その口調がなんとなく上からっぽい
- 困ってることを話すと、「うちは逆にこういう方法で乗り越えたよ!」って“助言”が返ってくるけど、実は求めてない
- そもそも、話すたびに“何かしらアドバイス”してくる
本人は親切なつもりかもしれないけど、それがいつも「私はできてる」「あなたは足りてない」ってメッセージに聞こえてしまうんです。
本音を出せない空気をつくってしまう
もうひとつの問題は、「キラキラママの前だと、素直になれない」ということです。
たとえば、育児でイライラしたとか、泣きたくなる夜があるとか、そういう弱音って、誰かに話すことで少し楽になれることがありますよね。
でも、相手が「わたし育児って幸せって感じてる♡」みたいな人だと、「こんなこと言ったら引かれるかも」って思ってしまう。
それが続くと、もうその人とは“本音の関係”が築けなくなります。
ただの知り合い。表面だけのママ友。弱い自分を出せない相手。
それって、すごく孤独で、寂しいつながりだと思いませんか?
「イラッとする」って、ただの嫉妬じゃない
よく、「キラキラママにムカつくのは嫉妬だよね」って言われます。
たしかに、自分にないものを持ってる人を見たら、ちょっと羨ましくなることってある。
でも、それだけじゃないんです。
「無意識に誰かを追い詰めている空気」「わざとじゃなくても他人に劣等感を与えてしまう影響力」
それこそが、イラッとされる理由なんです。
つまり、問題は“その人個人の性格”じゃなくて、“その人が放っている雰囲気”や“他人との距離感”にあるんですよね。
だから、「悪い人じゃないのに、なんかモヤモヤする」って気持ちが生まれてしまう。
キラキラママって、本当はしんどいの?
みんなに“すごい”って言われてるのに、なんで疲れてるの?
キラキラママって、ぱっと見はとても充実して見えますよね。
子どもも育てて、自分の見た目も整えて、趣味や習い事も続けているように見える。
SNSではいつも笑顔で、丁寧な暮らしをしているように感じる。
でも、実はその裏で「疲れてる」「苦しい」「孤独」って思っている人も、たくさんいるんです。
「ちゃんとしてるね」って言われ続けるプレッシャー
キラキラママって、よく「すごいね」「ちゃんとしてるね」「どうやって時間つくってるの?」って言われます。
一見それは褒め言葉。でも、毎日それを言われるうちに、「私はちゃんとしてなきゃいけない」「ちゃんとしてると思われ続けなきゃいけない」って、無言のプレッシャーを感じるようになっていくんです。
少しでもメイクを手抜きしたり、服装がラフだったりすると、「あれ?今日はどうしたの?」って聞かれてしまう。
そうなると、「もう、気を抜けない…」って、心が休まらなくなります。
最初は好きでやっていたはずのオシャレや料理が、「やらなきゃいけないこと」に変わってしまうんです。
SNSに縛られてしまう気持ち
キラキラママの多くはSNSを活用しています。
もともとは「日記代わりに」「家族の記録に」と軽い気持ちで始めた人も多いはず。
でも、見られる投稿が増えていくうちに、いつのまにか「今日は投稿しないと落ち着かない」「いいねがつかないと不安」っていう状態になってしまうこともあります。
子どもとの日常が、カメラを通した“素材”になってしまう。
「この瞬間を記録しなきゃ」「映える写真にしなきゃ」って思って、自然な時間を楽しめなくなる。
それってすごく、悲しいことですよね。
自分を褒めてくれるのは“他人”だけになっている
もうひとつ見逃してはいけないのが、キラキラママたちの“自己評価の低さ”です。
どれだけ周りから「すごい」と言われても、自分では「まだまだ」「もっとちゃんとしなきゃ」と思っている人が多い。
だから、外からの評価や“いいね”に頼るしかなくなっていく。
夫や家族から「いつもありがとう」って言ってもらえるならまだしも、
そうじゃない場合、「SNSだけが私を肯定してくれる場所」になってしまうことがあるんです。
他人の目を気にして、自分を演じ続けて、気づいたら本当の自分をどこかに置き去りにしていた。
そんな感覚に襲われることもあるのが、キラキラママのしんどさです。
“キラキラ”は本当にやりたいことだった?
本当に自分がやりたかったことって、何だったんでしょうか?
手作りの食事や完璧な部屋、子どもの習い事の送迎…それは本当に自分が心からやりたくてやってること?
それとも、他人にどう見られるかを気にして、続けてきた習慣?
もし後者だとしたら、それはいつか、心も体もつかれてしまう日が来てしまいます。
どこかで「もうやめたい」「ちょっと休みたい」って思うこともあるでしょう。
でも、“キラキラ”な自分をつくりすぎてしまった人ほど、そこから抜け出すのがとても難しいんです。
誰かの「すごいね」が、重荷になることもある
人に褒められるって、本当はうれしいことです。
でも、それが毎日続いたら、それは“プレッシャー”に変わっていきます。
特に、キラキラママは「すごい」「尊敬する」と言われ続けて、そのイメージから降りられなくなっていることが多い。
「今日の夕飯、冷凍餃子だったんだ」って、気軽に言えない空気。
「今週、洗濯物たたんでない」って、弱音を吐けない関係性。
そういう“完璧でいなきゃいけない空気”に、キラキラママ自身も縛られて苦しんでいます。
だからこそ、「私は私でいい」って思える時間が必要
キラキラママだって、一人の人間です。
疲れる日もあるし、手を抜きたい日もある。
でもそれを許される空気がなければ、どんどん苦しくなってしまいます。
他人と比べるのをやめること。
見せるためじゃなく、自分が心地よい暮らしを選ぶこと。
「キラキラしてるかどうか」じゃなくて、「心が元気かどうか」を大事にしてほしい。
そう思います。
キラキラママとうまく付き合うにはどうすればいい?
無理に仲良くしなくてもいい。でも、避けるだけじゃもっと疲れる
キラキラママに対して、「正直ちょっと苦手かも…」「本音が言いづらい」と感じたことがある人は多いと思います。
でも、同じ園や学校にいる限り、顔を合わせる機会は避けられないし、完全に無視するのも逆に気を使って疲れてしまう。
だからこそ、“ちょうどいい距離感”でうまく付き合う方法を知っておくことが大事なんです。
無理に合わせなくていい。違いをそのまま受け入れる
まず大切なのは、「自分と価値観が違っても、仲良くしなきゃいけないわけじゃない」ということ。
キラキラママは、オシャレや育児へのこだわりが強かったり、見せ方が上手だったりするけれど、それが合わないと感じるなら、無理に共感する必要はありません。
たとえば、オーガニック育児を熱く語られても、自分がそうじゃないなら「へぇ、すごいね」で済ませていいんです。
心の中で「私には合わないな」と思っていても、それを無理に否定したり、合わせたりしない。
「それはその人のやり方」「私は私のやり方」で、心の中でしっかり線を引いておくことが大切です。
比べるのをやめる。見てもしんどくならない方法をつくる
キラキラママにモヤモヤするのって、結局は「自分と比べてしまうから」なんですよね。
「なんであの人はできて、私はできないの?」
「私の育児、なんか地味すぎるんじゃない?」
そんなふうに感じてしまうなら、まずは「見ない工夫」もひとつの手です。
SNSならミュートしたり、ストーリーを見ないように設定したり。
リアルでも、話題にのらないように距離を取ったり。
そうやって、“心の安全地帯”を自分でつくってあげることが、すごく大事です。
そして、「私は今、子どもと過ごせている。それだけで十分なんだ」って、
自分の今を肯定してあげるようにすると、少しずつ心が軽くなっていきます。
「キラキラ」にムリして合わせると、自分がしんどくなる
一番つらいのは、「自分もキラキラしなきゃ」「ダサいと思われたくない」と思って、無理して合わせてしまうこと。
たとえば、ちょっと背伸びしてブランドの服を買ったり、子どもの誕生日に高い装飾を頑張ったり。
それが本当に“楽しんでやってる”ことなら全然いいんです。でも、「見栄」のためだけなら、その負担はどこかで限界を超えてしまいます。
自分が自分らしくいられる暮らし、自分が心地よいと感じる育児。
そこを大切にすることが、キラキラママに振り回されない一番の方法です。
合わない人とは“あいさつだけ”でも十分
「キラキラママと話すと疲れるけど、無視するのも気まずい…」
そんなときは、“あいさつだけの関係”で十分です。
お迎えのときに「こんにちは」「お疲れさまです」って声をかけるだけでも、冷たい印象にはなりませんし、余計な会話をしなくても気まずくなりません。
仲良くならなきゃいけないなんて思わなくていい。
自分が無理なく付き合える範囲で、距離を取っていくこと。
それが、自分を守ることにもつながります。
共感できるママ友を見つけると、安心できる
どんな人とも仲良くしようと頑張るより、自分と似た感覚を持つ人とつながるほうが、ずっと心が楽です。
たとえば、「朝ごはんバナナだけで済ませた」って笑い合えるようなママ友。
「今日も疲れたよね」って共感し合える相手。
そういう関係がひとつあるだけで、キラキラママに振り回されることも減っていきます。
自分を飾らずにいられる関係は、数が多くなくてもいい。
少しのつながりでも、そこに安心感があれば、それで十分なんです。

