ハリポッターの疑問:生徒のケンカに先生が全然介入しないのはなぜ?
あれって本当に「魔法界あるある」なの?ホグワーツってちょっと変じゃない?
ホグワーツでよく見かけるシーン。それは、生徒同士がケンカしてるのに、先生が見て見ぬふりしてる光景。
しかも、それが魔法のケンカだったり、言葉でグサッとくるようなやつだったり、割とエグいのに、誰も止めない。それっておかしくない?って思ったこと、一度はあるはず。
たとえば、
- スネイプがハリーに嫌味言ってるのに誰も咎めない
- ジェームズがスネイプをいじめてるのをシリウスもルーピンも笑ってるだけ
- マルフォイがハーマイオニーに「汚れた血」とまで言ったのに、明確な処分なし
- フレッドとジョージが校内で爆破いたずらをしても「面白いね」で済まされる
- 生徒が決闘クラブでぶっ飛ばされても、ロックハートはヘラヘラしてるだけ
普通に考えたら、生徒の安全より「おもしろさ」や「自由」を優先しすぎてない?って不安になるよね。
小説全体で見ると、「大人の責任感」がすごく薄い
『賢者の石』から『死の秘宝』までを思い返すと、ホグワーツの先生たちはすごく個性的。だけど、その「個性」が時に、生徒の苦しみを見逃してしまう原因になってる。
たとえば:
- マクゴナガル先生は「規律」は重んじるけど、感情のぶつかり合いは「子どものうちに学ぶもの」として見ているふしがある
- スネイプ先生は、自分の感情で特定の生徒を露骨に嫌っても、ダンブルドアが止めない
- ハグリッドはケンカを「よくあること」として笑って流す
- ルーピンですら、スネイプにいじめられてるハリーやネビルに対して、ちゃんと止めたとは言いがたい
特に「いじめ」に対する対応が全体的にあいまいで、「仕方ない」「子どもの世界」みたいな空気で終わってるのが現実。つまりホグワーツでは、「感情的な衝突」を止めようとするより、「それも経験」として扱われがちなんだよね。
『呪いの子』でも変わらない大人たちの無関心
『呪いの子』になると、時代が進んでもケンカに対する教師の介入のなさは変わってない。
アルバスとスコーピウスの関係がギスギスしてても、校内でトラブルが起きても、先生たちはほとんど何もしてくれない。
特に印象的なのが、
- スリザリンに入ったアルバスが孤立しても、誰もメンタルケアしない
- スコーピウスが「ヴォルデモートの子」って噂されても、それを正す大人がいない
- 教育者のはずのマクゴナガルでさえ、全体を見てるようで見ていない
このあたり、明らかに魔法界が生徒の心のケアを軽視してるってわかる。
あの世界では、「感情の衝突=魔法の練習」みたいな価値観が根底にあるように思えてならない。
じゃあ作者は何を考えてたの?わざと放置してるの?
「放置」じゃなくて「試練」として描いてる可能性
J.K.ローリングは、「大人の目線」で子どもを助けすぎることに警鐘を鳴らしてるようにも読める。つまり、「先生が何でも解決してくれる世界」はリアルじゃないと考えてるのかも。ホグワーツの放置っぷりは、逆に「子どもたち自身が乗り越える力を育てる場」として描かれてるように思える。
たとえば、
- ハリーがマルフォイに嫌味言われても、自分で言い返すようになる
- ハーマイオニーが「汚れた血」と言われても、学力で圧倒し続ける
- ネビルがずっとビビりだったのに、最終的にナギニに立ち向かえるようになる
つまり、ローリングは**「助けられない状況」だからこそ育つ強さ**にフォーカスしてる可能性がある。それがケンカでも、いじめでも。
もちろん、それは理想論に過ぎないと思う部分もあるけど、あの世界観では「自分で戦える人間」だけが最終的に生き残るような構造になってる。
なぜ魔法界の先生たちは、あえて見て見ぬふりをするの?
魔法界の「自由」主義と「結果主義」が原因かも
ホグワーツって「教育」の場というより、「実践の場」って感じが強い。
つまり、やってみて、失敗して、学ぶという文化が根強い。
魔法の失敗があっても、「それも学び」としてカバーされる風土。
魔法生物を使った授業なんて、毎回命の危険があるけど、それでも続けるのは「魔法界の常識」が違うから。
生徒のケンカも、「魔法があるなら身を守るのも練習のうち」っていう、ちょっと冷たい考えが裏にあるのかもしれない。
ホグワーツのケンカ放置は、教育の一部?それともただの放任?
ホグワーツにおける「教師の放置」は、おそらく意図的な教育方針でもあり、同時に魔法界のズレた常識の象徴でもある。
J.K.ローリングは、あえてそこを描くことで、「理不尽な世界でどう生きるか」を子どもたちに問いかけているようにも思える。
でもやっぱり、現代の目線で見ると、「もっと大人が助けてあげてよ…」って言いたくなるよね。あんなにいろんなトラウマ持ってる生徒たちが多いのに、何もケアしないのは、さすがに雑すぎる。
ハリーもドラコもネビルも、本当はもっと早く「誰かに守ってもらう」経験があってよかったはず。

