ホグワーツの戦いって誰が指揮してたの?
最後の戦いの「指揮官」って実際誰なの?って、ちゃんと見てる?
ホグワーツの戦い、それはヴォルデモートが本気で魔法界を乗っ取ろうとした最後の大きな戦いであり、そしてハリーたちの長い旅の終着点でもありました。でもこの壮絶な戦争を、いったい誰が本当に「指揮」していたのか? って聞かれると、少しだけ混乱しますよね。
映画ではマクゴナガル先生が「戦うぞ!」って生徒たちを鼓舞して防衛魔法を張るシーンが印象的。でも、原作ではその流れはもう少し複雑なんです。しかも『呪いの子』でさらに見え方が変わるんですよ。だから今回は、「誰がどうやってこの戦いを動かしたのか」を、小説・映画・呪いの子をすべて通して、深く深く追っていきたいと思います。
指揮をとったのは「一人」じゃない:群像劇としてのホグワーツの戦い
主人公ハリーは、あくまで象徴だった
まず結論から言うと、ホグワーツの戦いには「はっきりとした総司令官」は存在しませんでした。ダンブルドアはすでに亡くなっており、代わりに誰かが一人で「全体の軍を率いた」なんてことはなかったんです。
でも、これは作者J.K.ローリングの意図だったと私は感じています。ホグワーツの戦いは、「個人の英雄」ではなく、「みんなで力を合わせる」ことの象徴だったからです。
たとえば、戦闘が始まる前から、戦いに向けて動いていたのは複数の人たちでした。
● マクゴナガル先生:ホグワーツの防衛魔法の指揮、戦闘体制の整備
● ハリー、ロン、ハーマイオニー:分霊箱を探して戦局の裏で決定的な動きをしていた
● ネビル:ホグワーツ内部で生徒たちの中心として抵抗を続けていた
● ルーピンやキングズリー:外部からフェニックス騎士団を動かしていた
このように、それぞれがそれぞれの場所で、自分のできることを精一杯やっていたんです。だから、単純に「指揮官は誰?」と聞かれると難しい。でも、「全体を動かした精神的な中心は誰か?」と考えるなら、マクゴナガル先生、ハリー、そしてネビルの三人が、特に大きな役割を果たしていたと感じます。
映画ではマクゴナガル先生が堂々と指揮官
でも小説では、もっと「控えめ」な立ち位置だった
映画『死の秘宝 PART2』で一番印象に残るのは、マクゴナガル先生が「ホグワーツを守る!」と防衛魔法を張るところ。まるで本格的な司令官のような頼もしさでした。
でも、小説では少し違っていて、彼女はあくまで「一人の教師」として、教師たちをまとめたり、戦闘の準備を進めたりする役割にとどまっています。彼女が戦闘を命令したり、全体の戦略を決めたりする場面はほとんど描かれていないんです。
むしろ、戦闘中は現場ごとに皆が自律的に戦っていた。たとえば、パーシー・ウィーズリーは兄フレッドとともに冗談を飛ばしながら戦い、ロンとハーマイオニーは分霊箱を破壊し、ネビルはホグズミードで武器を集めて準備していました。
この「自律性」が、ホグワーツの戦いの特別さ。つまり、「命令を待つ戦争」ではなく、「信じるもののために自ら動く戦争」だったんです。
ハリーは「戦う者」じゃなくて「終わらせる者」だった
ハリーが司令官じゃなかったのは、ちゃんと理由がある
ハリー・ポッターは、この戦いの「鍵」ではありましたが、決して「指揮官」ではありませんでした。
彼は戦いの最中、分霊箱の残りを見つけて破壊するという、全体の勝敗を決める最重要任務に専念していました。しかもそのことを周囲には知らせていなかった。これはすごく重要で、「勝つために全体を動かす」よりも、「終わらせるために一人で動く」ことを選んだんです。
これはハリーの性格でもあり、ローリングが描きたかった「自分の使命を自分で選ぶ強さ」でもあります。彼が「死の秘宝」をすべてそろえながら、それを権力に使わず、自ら死に向かったこと。その姿勢が、ホグワーツの戦い全体に勇気を与えたのは間違いありません。
『呪いの子』での見え方:ネビルとマクゴナガルの存在感が際立つ
未来から見た「ホグワーツの戦い」の指揮者たち
『ハリー・ポッターと呪いの子』では、この戦いが「歴史の中で語り継がれる事件」として扱われています。そして、その中で特に名前が出てくるのはネビル・ロングボトムとマクゴナガル先生です。
ネビルは分霊箱のひとつであるナギニを切り倒すという「決定的な勝利の一撃」を放った存在として伝説になっています。だから「実質的な勝利の中心」として見られているのかもしれません。
一方、マクゴナガル先生は、その後もホグワーツの校長として学校を守り続けた存在。つまり「指揮」という視点だけでなく、「学校と生徒たちを守る精神の支柱」として、彼女の存在は未来において大きく評価されています。
『呪いの子』が示しているのは、「英雄とは派手な戦いで目立った者だけじゃない」ということ。それは、この戦いが多くの人の信念と勇気で成り立っていた証拠でもあるのです。



