ドラコがトイレで泣いてた理由って何?
ハリー・ポッター第6巻『謎のプリンス』に出てくる、とても印象に残るシーン。ドラコ・マルフォイがホグワーツのトイレでひとり泣いている場面です。あのプライドが高くて、いつも強がってるドラコが、誰もいないところで泣いている。それだけでも、読者はびっくりするし、胸がぎゅっとなります。でも、彼がなぜあそこで泣いていたのか。理由は一つじゃないんです。いくつものことが重なって、ドラコは追い詰められていた。
ヴォルデモートからの命令が、ドラコを壊していった
「ダンブルドアを殺せ」って、言われた16歳の気持ち
6年生になったドラコは、ヴォルデモートから「ダンブルドアを殺せ」という任務を与えられます。だけどこれは、明らかに「子どもにやらせる仕事」じゃありません。ドラコはただの生徒です。しかもそれまでは「デスイーターになりたい」とは言っても、本当の殺しや命がけの任務なんて知らなかった。でも、父親ルシウスがアズカバンに入れられて、家の立場が一気に悪くなって、マルフォイ家はもう後がない。だから、ヴォルデモートの命令を断れない。
そしてこの任務、実は「もしできなければマルフォイ家ごと終わる」っていう、隠された罠でもあった。成功しても失敗しても地獄。ドラコにとってこれは「自由を奪われた瞬間」でもあったんです。こんな状況で、学校に通って、普段通りの顔をして過ごすなんて、正直ムリです。
失敗続き、でも誰にも頼れない孤独
ホグワーツの中で「ひとりだけ違う世界を生きてる」気持ち
ダンブルドアを殺す手段として、ドラコは「姿をくらますキャビネット棚」を直すことにします。でもこの魔法具、相当壊れていて、修理にはすごく時間がかかる。しかも、彼はこれをこっそり直さなきゃいけなくて、誰にも相談できない。スネイプが「手伝うよ」って言ってくれても、ヴォルデモートの命令で「ドラコが自分でやらないと意味がない」ようになっている。
失敗すれば家族が殺される。だけど手段も限られている。スリザリンの仲間にも話せない。どんどん精神的に追い詰められていくドラコは、毎日学校で笑ってるハリーやハーマイオニーたちが、自分とは違う世界の人間に見えたかもしれないです。
トイレで泣いたのは「限界だったから」
誰も見てない場所で、素の自分に戻った瞬間
そしてあのトイレのシーン。これは「もうこれ以上無理」って気持ちが溢れ出た瞬間です。ダンブルドアの殺害計画が進まず、キャビネットも直せず、家族も危ない。誰にも頼れず、誰も理解してくれない。だけど、堂々としてなきゃいけない。
そんなドラコが、誰もいない女子トイレ(ミス・ノリスが見つける場所)にこもって、鏡の前で泣いていた。それはもう、「崩れそうな自分を、自分で必死に抱きしめてる」ような時間だったと思います。あのシーンの彼は、強がってるいつものドラコじゃなくて、「まだ16歳の男の子」に戻っていた。泣くしかなかったんです。
ハリーとの衝突、それは「心が叫んだ瞬間」
セクタムセンプラでの血まみれの結末
ハリーがトイレでドラコと出くわしてしまって、言い争いになり、ついにハリーが「セクタムセンプラ」を使ってしまう。ドラコは胸や顔を切り裂かれ、血まみれで倒れます。この瞬間のことを、映画でもかなりショッキングに描かれていました。
でも、もっと大事なのは、ここでドラコが「泣いていたこと」に、ハリーも驚いていたことです。ハリーはドラコのことをずっと敵だと思ってた。でも、敵が「ひとりで泣いてる」姿を見て、混乱して、衝動的に呪文を使ってしまった。それくらい、あのシーンはハリーにとってもドラコにとっても、特別な時間だった。
『呪いの子』で見せた「過去の重み」
息子へのまなざしににじむ、後悔と罪悪感
『呪いの子』でのドラコは、すっかり大人になっていて、父親として息子スコーピウスに優しく寄り添っています。でも、その中で何度も「過去のこと」「家のプレッシャー」「失ったもの」について触れている。彼は自分が歩んできた道に、明らかに後悔している。そして「スコーピウスには、同じ苦しみを味わわせたくない」と思っている。
あのトイレでの涙は、ただの思春期のパニックじゃなくて、「この先何年も残る深い傷」の始まりだったとも言える。『呪いの子』でその傷がちゃんと描かれていたからこそ、読者は「あの時のドラコの涙」を思い出すことになるんです。
「悪役だって人間だよ」って伝えたかったのかもしれない
ドラコのトイレの涙、それを描いたJ.K.ローリングの意図。それはたぶん、「ドラコを完全な悪役にしたくなかった」という想いじゃないかと思います。子ども向けファンタジーと言われながら、ハリー・ポッターはとても現実的で、人間の複雑さを描く作品でもあります。
強く見える子が実は弱くて、いばってる子が実は必死で、泣きたくても泣けない子が、ようやくひとりで泣ける場所を見つける。そんなドラコの姿は、「悪い子だから嫌い」って簡単に切り捨てることができない理由になる。作者は、読者に「人をラベルで判断しないで」というメッセージを、ドラコの涙に込めていたのかもしれません。

